第14話 読むなら、ここからがいいんじゃない?

 × × ×



 お兄ちゃんは、S市の国立大学へ進学した。



 どうやら、S市には少年犯罪を犯した人の更生を支援するNPO団体の本部があるらしく、そこで働きたかったらしい。



 大学へ行ったのは、自分の罪の金額を支払う為の投資。当然のように新聞奨学生として入学した為、進学にお金は掛かっていないって。



 過去への囚われ度で言えば、私なんかよりお兄ちゃんの方がよっぽど酷い。本気で、未来を生きるつもりは無いのだろう。



 そんなんだから、直前まで好かれてるって気づかないんでしょうが。



 ばか。



「ミコ、大学はどうするんですか?」


「S市のT大を受けるよ」


「旧帝大じゃん、受かんの?」


「分かんない、模試だとC判定」


「センターまで半年よ、厳しいんじゃない?」


「やるって決めたから」


「そ、そっか。なら、応援するよ」



 みんなは、都内の私立大学に進学するようだ。遠回しに、「ミコもそうしなよ」と言われてるんだろうけど、そういうワケには行かない。



 まぁ、都内に住んでるのに、研究したい分野があるワケでも無くT大に行きたいだなんて、トチ狂ってると思われるに決まってる。



 おまけに、C判定だし。ここから合格ラインへのし上がるのも、並大抵の努力では足りないだろう。



 でも、やらないと。お兄ちゃんと生きるなら、相応の努力は必要だ。



 ……というワケで、私はチヅルとサクラに勉強を教わる事にした。



「まさか、私たちを頼るなんてね」


「いいじゃん、別に」


「コウ君、元気してる?」


「知らない。忙しいらしいし、私も2年からずっと勉強してるから」



 言うと、二人はあの日と同じように私の頭を撫でた。



「何よ」


「別に」


「うん、なんでもないよ」



 二人は、私が思ってるよりもずっと頭が良かった。教え方も上手だし、何よりも身に覚えのある優しさを感じる。



「会長の教え方だから」


「まだ、会長呼びなんだ」



 どうやら、高校にいる間は交友を続けていたらしい。まぁ、全ての関係を無かったことにするのも、それはそれで女々しいし。別にいいと思う。



「大学で、彼氏出来た?」



 設問を解きながら、そんな事を聞いた。



「出来たわ」


「出来たよ」



 当たり前だ。二人とも、こんなにかわいいんだもん。



 普通に考えて、出来ない方がおかしい。



 羨ましくって、仕方ない。



「どんな人?」


「優しい人よ、私のことを好きって言ってくれたの」


「ボクも、好きだって言われたから。頼りないけど、かわいい人なんだ」


「ふぅん」



 それ以降、私は口を開かなかった。何となく、お兄ちゃんとその人たちを比べて欲しくなかったからだ。



 もちろん、同性として過去は過去だと割り切れるのは分かってるけど。



 でも、一応ね。



「ところで、どうして法学部なの? 会長は理学部でしょ?」


「数学が苦手だから」


「嘘つき、むしろ得意じゃない。何なら、公民が一番点数低いわ」


「古典も悪いけど、まだ何とかなりそうだしね」



 勉強を教わり始めて、既に二ヶ月。



 今まで何も訊かずに教えてくれていた二人だけど、私の文系科目の出来の悪さに業を煮やしたのか、とうとう疑問をぶつけられてしまった。



「兄と恋愛したがってる妹が、まともな倫理を答えられると思って?」


「自分で言う事じゃないよ」



 かと言って、地理はもっと絶望的だし、公民を突破するしか方法はない。



「とにかく、法学部が一番都合いいの」


「何か、因縁があるの?」


「まぁ、手っ取り早く力が手に入るからかな」


「力って何よ」



 化け物を殺す武器。



 なんて表現をしたら、二人は笑うだろうか。



「お兄ちゃんは、理系でしょ?」


「うん」


「それで私も理系に進んだら、一生敵わないじゃん。知識や知能じゃ、肩を並べられないし」


「まぁ、そうかも」


「だから、別の道を進む意味でも苦手に挑戦してる。お兄ちゃんと同じだけ努力したって思えれば、同じ苦悩くらいは味わえるんじゃないかなって」



 言うと、二人は息を呑んでから、一斉に私に抱き着いて頭を撫でて来た。



 なんなのよ、まったく。



「会長の妹ね」


「ほんとほんと」


「暑いよ」



 しかし、二人はしばらく離してくれなかった。



 もう時間も無いのに、遊んでる暇があるなら受験テクニックの一つでも教えなさいよね。



 ……。



 合格は、別にドラマチックなモノではなかった。



 自分の限界を超えて努力をしたのだから、むしろ当然の結果だ。



 当日に起きた出来事も、サイトの更新ボタンを連打して、無機質に記されている私の番号を見ただけ。



 確かに、確認するまで足が震えて、リンナに支えてもらわなければ立っていられなかったし。アマネやゾーイやユウコが一緒に喜んでくれて、ようやく離れ離れになるのを実感して、やっぱりS市に行くのが不安になってきたし。



 チヅルとサクラまで泣いて喜ぶから、それに釣られて顔中ベトベトになるまで泣いちゃったし。今まで、こんなに頑張れたのはみんなのお蔭だって、受験中に漏らしたら心が折れそうだった本音も言っちゃったし。



 それでも、ここまでの全てでようやく、私の恋愛のプロローグに過ぎないんだって思い直して。何だか、凄く虚しくなったりもしたけど。



 とにかく、私の高校生活は終わりを迎えた。



 今日からは、お兄ちゃんとの同棲が始まるのだ。



「久しぶり、大きくなったな」



 開口一番、駅まで迎えに来てくれたお兄ちゃんは、そう言って私に微笑みかけた。



 二年ぶりに見る姿は、高校生の頃とは比べ物にならなくて。もう、絶対に寝てないんだろうなってくらい、真っ黒なクマのある不健康な顔をしていて。



 髪が、少し長くなってる。前髪を垂らして、前よりも額が狭くなったからか、もっともっと大人っぽくなっていて。



 それでも、どうしてこんなに安心するんだろって不思議に思えるくらい、優しい雰囲気が漂っていて。



 だから、私は耐えきれなくて、思わず抱き着いてしまった。



「私、頑張ったよ」


「分かってる」



 お兄ちゃんは、頭を撫でてはくれなかったけど、少しだけ抱き寄せて優しく包んでくれた。



 私の二年間は、この瞬間だけで満足だって言えるくらい幸せだ。



 目的の『も』の字も達成してないのに、こんなに幸せになっちゃうなんて。この先の生活が、少しだけ恐い。



 私ってば、大丈夫かしら。

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