第13話 だから、私だけが残った

「やっぱ、ミコはコウ君の事が好きなの?」


「うん」



 ……え?



「やほ。歩くの疲れちゃったから、一緒にサボらせてよ」



 顔を上げると、隣にはサクラが居た。



「生徒会長なのに、サボっていいの?」


「働く気は、最初っから無いよ。ボク、コウ君と一緒に居たかっただけだし」



 赤いツインテールが、風に靡いて揺れた。



 もう、この子たちに誤魔化す必要も無いか。



「私、サクラもチヅルも敵だと思ってる」


「ボクもだよ。やっぱり、独り占めしたいもん」


「なら、どうして話しかけてくるの?」


「こうやって傷を舐め合えるのも、二人だけだからだよ」 



 子供達の声が、何だか遠く聞こえる。



「ボクね、本当は生徒会長なんてガラじゃないんだ。引っ込み思案だし、頭もよくないし、自分に自信も無いしさ」


「じゃあ、どうして?」


「コウ君と初めて会った時、ボクも彼みたいになりたいなって。最初は、ただカッコいいなって。ボクも生徒会長になれば、コウ君と同じ景色を見れるかなって、そう思ったから」



 でも、実際にはみんながお兄ちゃんを会長って呼んでる。隣に立ってるとは、言い難い。



「結局、どれだけ頑張っても追いつけなかったけどね。ボクは、ずっと憧れてるだけ」



 小さく、ため息が聞こえた。



「そこまでは良かったんだ。でも、期待しちゃうとさ、女ってやっぱダメだね」


「期待?」


「うん。辛いとき、どうしても甘えたくなるんだもん。それを、しかも弱ってる時に叶えてくれちゃったらさ、もう好きになるしかないじゃん」



 サクラは、困ったように笑った。



「そのせいで、ボクはコウ君に惚れるのが少し遅かったから、好きだって思われちゃダメだって気づいたんだよ」


「サイアクだね、それ」


「うん、サイアク。でも、フラれるのはもっとサイアクだから。こうして、見てる事しか出来なかった」



 サクラの目線の先には、川から戻って来たお兄ちゃんの姿があった。



「それでも、ボクは告白しようと思ってるんだ。もう、我慢出来ない」



 放っておけば、勝手にライバルが減るのに。



 アマネの時と同じで、やっぱり黙っていられなかった。



「フラれちゃうよ」


「ちゃんとフラれないと、また期待しちゃうもん」



 ……サクラは、もう疲れたんだ。



 絶対に叶わない、片思いに。



「抜け駆けというワケ?」



 二人で黄昏ていると、チヅルが隣に座った。どうやら、お兄ちゃんの言う通りに見回って帰って来たらしい。



 律儀な子だ。



「抜け駆けとは、少し違うんじゃないかな。ボク、フラれちゃうんだし」



 否定も肯定も、してあげられない。多分、チヅルも私と同じこと、考えてるんだと思う。



「会長も、酷な人ね。私たちが、かわいそう」


「ホント、かわいそうだよね」



 言って、二人は小さく笑った。



 どうやら、チヅルも同じ気持ちでいるらしい。今日の夜にでも、想いを告げるのだろう。



 でも、それって当たり前か。



 だって、二人はお兄ちゃんが恋人を作らない理由、知らないんだもん。おまけに、夏休みが終われば受験だし。他にも、やる事はたくさんあるだろうし。



 そりゃ、疲れちゃうよね。



「……もっと早く、二人と知り合いたかったな」



 思わず、口をついて出た言葉。



「お互い様」



 ずっと、独占したいって想いが強すぎて、全然気が付かなかった。



 そっか。



 私、本当は仲間が欲しかったんだ。



 絶対に叶わない片思いを共有出来る、弱い仲間が。



「ミコは、どうするの?」


「行かない」


「妹だから?」


「……うん」



 呟くと、二人は私の頭を撫でて、どこかへ行ってしまった。



 その時、二人の後ろ姿を見て、ようやく分かった。



 だから、お兄ちゃんはいつもみたいに断らなかったんだ。



 今日の二人が、いつもよりかわいく見えたから、遠ざけたりしなかったんだ。



 本当に、かわいそう。



 あの子たちも、私も。



 ……その日の夜。



 旅館の外に出てみると、二人は泣いていた。きっと、お兄ちゃんに告白して、フラれたのだろう。



 もしかすると、二人で一緒に告白したのかもしれない。お兄ちゃんを失って空いた穴を埋める為、二人で寄り添い合ったのかもしれない。



 きっと、前を向いて歩く為の失恋だ。



 過去を捨て去って、未来へ向かって歩き出したのだ。だから、二人は私よりも遥かに強くて、かっこいい恋をしていたに違いない。



 ……なら、私は弱くていい。カッコ悪くてもいい。



 後ろ向きでも、過去にしがみ付いてでもいい。下を向いて、涙を溢してもいい。ずっと苦しくて、笑えなくたっていい。



 お兄ちゃんに見てもらえるなら、情けなく縋りついて弱音を吐いてやる。みっともなく嫉妬して、救われない同情を抱きしめて、女々しく愛情を求めてやる。



 だって、他に何も要らないって、そういうことだから。



 私が一番、お兄ちゃんを大好きなんだ。

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