第68話 カース出発

 冒険者組合での手続きを終えた時に、なんだか変な雰囲気になっていることに気付いた。

 ……組合員達が、やたら丁寧だ。


 変わらないのは、この組合長だけだ。

 愛想笑いと全く本心が読めない表情は、見ていてあまり気分の良いものじゃない。


「君が帯刀していなかった訳が、やっと納得できたよ」

 表情を崩さずに喋れるのは特技なんだろうな、組合長こいつの。

「あんな凄い魔法があるなら、剣なんか要らないもんなぁ。まさか、二番がこうも早く、しかも単独で踏破されるなんて思っていなかったけど」

 そうか、『育成』に掛けた手間と時間より、実入りが少なかったってことか?


「もう一度聞くけど、本当に迷宮核、売ってもらえないのかな?」

「ああ」

 組合長はふぅーっと大きく溜息をつくが、こいつを儲けさせてやる気は更々ない。


 もう一度適当な場所に取り出した迷宮核を埋め込めば、必ず『上級迷宮』ができるってことだろう。

 上手くいけば『名付き』にだって、なるかもしれない。

 それが可能ならば、一から迷宮を育てるよりかなり時間も掛からず効率がいい。


 だが、迷宮で手に入れたものは冒険者自身の所有物で、買い取りや譲渡の強制は一切できない。

 魔具や貴石付きのものだと他国に持ち出せるようにするには、諸々の手続きがいるらしいが今回はまったく取ってきていないからな。


 そして『迷宮核』だけは、記章を持って来ていれば、何であるか教える必要も、見せる必要もないらしい。

 理由は……よく解らないが。


「それより、こっちを頼む」

「まだ他に採って来た物があるのかい? 他の部屋で、いい魔具でも見つかった?」

「『この間戻ってこなかった三人』のものだ」


 遺品と遺体の一部を渡す。

「まだ『人』の部分が残っていたんで、名前と在籍地だけは読めた。『還して』やってくれ」

「まさか、これのために翌日になんて入ったのか?」

「ただのついで、だ。俺は一日も早く踏破したかっただけだ」

「……魔虫は?」

「その階層は、全部焼いた」


 そうか、と少し目を伏せた組合長に、ほっとしたような表情が浮かぶ。

 不思議な話だが『人』に植え付けられた魔虫の卵は、迷宮が閉じ土中に深く沈んでも必ず孵化して這いだしてくると言われている。

 他の獣や魔獣が苗床になっているものは、埋まってしまうと殆ど孵化しないというから、『人』のもつ魔力はやはり特別なのだろう。

 迷宮内以外で孵化する魔虫なんて、害でしかない。


 渡す物も渡したし、手続きも全部終わったし、次の迷宮の地図も持っている……

 この町からもそろそろ発つ頃だ。



 宿に戻って、ラウルクと親父さんから無事帰還のお祝いを言われた。

 そして、俺が明日にでもこの町を発つ……と告げると、ラウルクの機嫌がめちゃくちゃ悪くなった。

「まだ、カースにだって沢山迷宮があるんだから、もっとここにいればいいのに!」

 こいつは、カバロと離れたくないだけじゃないんだろうか。


「俺はもうひとつ、上級迷宮に行きたいからな。もう、カースに上級はない」

「……中級だって……古くていい魔具がありそうな迷宮は、沢山あるじゃないか」

「俺は、魔具が欲しくて潜ってるわけじゃないから」

「じゃあ、なんで迷宮に行くんだよっ?」


 高額で売れる魔具は、確かに魅力的だろうが……それは『理由のひとつ』で、全てではない。

 それが全て、というのは、俺がなりたい冒険者の姿ではない。

「俺は『不殺』に入りたいんだよ」

 ラウルクの表情が、更にきつくなる。

「……『死にたがり』が、馬なんか飼ってんじゃねーよ!」

 そう言い捨てて、走り去ってしまった。

 多分、厩舎に行ったんだろうな。


「悪ぃな……あいつがこんなに懐いた冒険者なんて、初めてだからよ」

 親父さんにも微妙な顔つきで、なんで『不殺』なんだ? と聞かれた。

 なんで?

 そんなことは……あれ?

 当たり前だと思っていたが、言葉にできるような明確な理由が思いつかない。


「理由がないと行っちゃいけないのか?」

 俺が答えたのは、それだけだった。

 親父さんはそうだな、冒険に理由はねぇか、と、笑ったがどこか困ったような顔だった。


 俺には……よく解らない。

 どの迷宮だって、どんなに低い難易度だって死ぬ奴はいる。

 迷宮になんか潜らなくったって、地上で魔獣や魔虫に襲われて死ぬことだってある。

 危険だから行かないという選択も、危険など関係なく何処へでも行くという選択も冒険者であるかないかに関係なく、誰だってどちらを選んだっていいはずだ。



 厩舎の前で、ラウルクの姿を見つけた。

「なんでおまえが怒るのか、全く解らないんだが……」

 俺がそう声をかけると、思いっきり睨まれた。

「『不殺』なんて、絶対に死ぬに決まってる! そんな所に行きたい奴の、気がしれないって言ってるだけだよっ」

「……絶対とは、言い切れないだろ。中級迷宮だって『絶対に生きて帰れる』とは限らねぇんだから」

「でも、名付きよりは全然、簡単だって……!」


「おまえは俺に『簡単で楽な迷宮』で我慢してろって?」

「そういう……訳じゃ……」

「明日の朝、ダフトに向かう」

 俺は多分、あんまり上手く自分の言いたいことを話せていない。

 そして、人の気持ちを推し量るということも、きっと下手なのだと思う。


 この日のこの会話以降ラウルクと話すことはなく、俺は翌朝カバロと共にカースを離れた。

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