第64話 『カース上級二番・藍迷宮』へ

 カースの町で昼飯を食べてから、冒険者組合で踏破徽章と討伐報酬を受け取った。

 ……どうやら、デルクという衛兵はまだカースに来ていないようだ。

 十三番の迷宮も単独踏破は初めてらしく、なかなかの金額が支払われた。


 宿に戻るにはまだ早いし、上級二番の迷宮まで様子見に行ってみよう。

 ここから馬で行くより、十三番から西に歩いて行った方が早そうなのですぐさま方陣門で移動してしまう。


 十三番の門番達が首を傾げつつ、話しかけてくる。

「あれ? あんた、カースに戻ったんじゃ?」

「二番の場所を確認しておこうと思ってな。ここから歩けるだろう?」


「さっきの衛兵、必死にあんたのこと追いかけて行ったが……途中で会わなかったか?」

「会わなかったな」

「はははっ、すれ違いかよ! ああ、二番は西に行ってすぐの森の入口だ」


 西側を見ると小さそうだが、森が見える。

「あそこは多分、今、一組入っているはずだから、ちょっと待つと思うぜ」

「どれくらいかかる迷宮なんだ?」

「三日前に入った奴等は四人って言ってたから、途中で引き返してこないなら、早くて二日後かな」

「もしそいつ等が踏破してしまったら、すぐには入れないのか?」

「二番は『育成終了迷宮』だから、踏破した時に核が取り出されていれば閉じちまうな」


 そうか……そうなったら、別の上級迷宮の地図が必要になるな。

 場所だけ確認して、デルムトで買ったもうひとつの『ダフト上級七番・黒迷宮』の方に先に行くか……

 そうなると、一度カースを離れることになるな。

 そんなことを考えながら二番に向かって歩いていると、馬に乗った必死の形相の衛兵達が正面から走ってきた。


「君っ! すぐに引き返して、北へ逃げたまえ! 迷宮が『溢れた』!」

「溢れた……?」

「ああ! 入っていた冒険者が逃げ出て来たのはいいんだが『境界の扉』を壊して、開け放ったまま外に出てしまったんだ。迷宮内から、大量の魔虫が飛び出して南に……カースに向かっている!」


 なんだと?

 城壁で魔獣は防げても、飛んでいる魔虫は防ぎきれない。

 あの町には……ラウルクとカバロが居る!


 待て! と叫ぶ衛兵の声を後ろに、俺は走る。


 カースに戻って迎え撃つのは危険だ。

 炎も雷光も、町の奴等まで巻き込むだろう。

 魔虫がカースに辿り着く前に、焼き払わなければ!


 どうしてだろう。

 俺は『英傑』なんかじゃない。

 町を護るなんて、ガラじゃない。

 だが、足は魔虫の群れに向かって走り出している。


 強化、そして俊敏の方陣で走る速度を上げる。

 目の前の空の向こうから、真っ黒な波が押し寄せてくる。

 魔虫の群れの先頭まで……ここからなら、もう届く。


 右手に書いた方陣に溢れんばかりの魔力を注ぎ込み、雷光剣で一気に雷を放つ。

 迷宮内よりはるかに大きい雷が魔虫の群れを眩しく包み、光の後に大きな破裂音を響かせる。

 間髪を入れず、『炎熱の方陣』を発動!

 森の手前の草原に堕ちた魔虫共も、まだかろうじて飛んでいた個体も全て巻き込んで……緑の炎が大地を燃やす。


 ……間に合った。


「緑の……火?」

「なんだ、この炎……初めて見る……」

 逃げ損ねたのか、それともこの事態に対処するためだったのか、数人の衛兵達が目の前で燃えさかる炎を見つめている。


「あなた、何者なの?」

 ひとりの衛兵が声をかけてきた……女性?

 俺は、冒険者だ、とだけ答える。


「あなたの魔法なの? この炎も、あの雷光も」

「ああ」

「……あなたね? 『イグロストの二等位魔法師』って」

「そうだ」

「ふふっ、魔法師っぽくない」


 くすくすと笑いながら、その女衛兵は馬上から俺を見下ろす。

 冒険者ぽくなくて、魔法師っぽくもないなら何に見えるってんだろうか。

「デルクが撒かれちゃう訳だわ。すっごく速かったもの」

「あのおしゃべりのことを知っているのか?」

「ええ、あの子、あたしの弟だから」


 姉弟揃って衛兵団か。

 随分といい家柄なのかね。

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