第53話 デルムト-6 冒険者組合
「すみませんでしたぁっ!」
冒険者組合で受付に着くなり、地図を買う時にいた組合員の娘が大声で詫びてきた。
耳が痛い。
魔猩の叫びよりも強力だぜ。
「あたし、ま、間違えてしまってっ! 初心者用の『三十五番』と『三十一番』じゃなくて、中級の『五番』と『一番』の地図をお渡ししてしまいましたっ!」
えー……そーだったのかぁ……
道理で、魔獣の数が多かったよなぁ。
「でもよかったですっ、行く前で……」
「いや、今朝行ってきたが?」
「……そうでしたかっ、でも途中で引き返してくださったんですね? よかったですっ! 見極めに優れているのは、冒険者として優秀だという証ですもんね!」
「いや、踏破、してきた」
記章と、門番からもらった踏破証明の金属板を差し出す。
「それから、中にいた魔獣の討伐確認部位だ。査定を頼む」
うん、もうその吃驚顔は見慣れた。
でもこの子が一番、目がでっかいな。
「く、くみあいちょお、を、よんでまいり、ます……ね」
急に低い声になり、ぎくしゃくとした動きで奥へと消えていく。
どうやら踏破証明と登録は、組合長でなければできないらしい。
受付にいた若い男が、ふぇ〜という不思議な音を出しつつ記章と証明を眺めて言う。
「五番を単独踏破っすかぁ……昨日入った連団なんて五人もいたのに、四階層までしか降りられなかったんすよぉ」
へぇ……まぁ、逆に人数が多すぎると、あそこは戦いづらそうだけどな。
「魔虫の囮になったふたりが今も病院で動けずにいるし、他の奴等も魔猿に手も足も出ずに逃げ帰ってきたって話だったんすよ」
……先にその話を聞いていたら、絶対に行かなかったぜ。
お、組合長ってのがお出ましのようだ。
小太りのちっさいおっさんだな。
「君っ、君ですかっ? ガイエスくん? 凄いねっ!」
ニコニコとして短い足で走り寄ってきた組合長は、俺の手をがしっと掴んでブンブンと振り回すように握手をする。
「うんっ、うんっ! 凄いよっ! 五番はね、なかなか行く人がいなくてね、魔虫が多くて困っていたんだよっ! 助かったよっ!」
「そ、そうなのか、それならよかったが……すまんが、もう手を放してくれねぇか」
ごめん、ごめん、コーフンしちゃって、と悪びれる様子もない謝罪の言葉を口にしながら、まずは討伐部位確認をしてくれるようだ。
「おや、魔猩! 五番に魔猩が来たね! うんっ、ミナレスくんっ、五番の難易度上げておいて! えーと、ふたつ、ね!」
さっきの受付の男は元気よく、はいっ、と返事をしながら掲示板の表示を変えていく。
……こんな掲示板があったのか。
昨日は気付かなかったな。
「おおっ! 魔猿、多かったんだね! 凄いねっ! 全部で……四十一だねっ! 単独なのに本当に凄いねっ!」
組合長の査定は続く。
「うん、凄いっ! 中級以上は、初単独だと追加報酬も付くよっ! 『踏破』だから、皇国貨で五千六百だね!」
どうやら『踏破』した場合は皇国貨で、そうでない場合はストレステ硬貨で支払われるというのが、暗黙の了承らしい。
ただ単にストレステ硬貨だと数量が多くなって大変だから……ってことかもしれないが。
「それなら、五千を皇国貨で、六百の分はストレステ硬貨に換えてくれ」
「いいのかい? 皇国貨で持っていた方が、値上がりするかもよ?」
「ああ、ストレステ硬貨を一枚も持っていなくて不自由していたんだ」
「ふっふーん、流石イグロストの二等位魔法師さんは違うねっ! うんっうんっ、いいよっ、君っ! あ、今『踏破徽章』あげるねっ!」
踏破徽章っていうのは、迷宮奥から持ってきた記章に、踏破証明の金属の一部をくっつけた胸章のことらしい。
踏破証明の金属板は、予め徽章用に一部分が外れる仕組みになっていたようだ。
「はいっ! これに君の魔力登録してねっ!」
徽章と、部品を外した踏破証明の両方に魔力を流す。
そしてそのふたつと、身分証を鑑定板の上に乗せて、登録が完了するようだ。
「あ、これからはね、踏破したら記章にはすぐに魔力を通しておいてねっ! そしたら盗られてもなくしても踏破証明できるからねっ!」
それは、もっと早く教えておいてくれよ。
踏破徽章は見せびらかすように着けていてもいいし、しまっていてもいいらしい。
……しまっておくか。
迷宮に入る度に、着け外しをするのも面倒だしな。
そうだ、組合長がいるなら確認しておこう。
「不殺と毒霧にはいるために、条件はあるのか?」
「おやおやおや、随分と急ぎますねぇ。駄目ですよぅ! 急ぎすぎは駄目、ですっ!」
「今すぐ入るとは言っていないだろう? 条件を聞いているだけだ。どっちが急ぎすぎだよ」
組合長はあらあらこれは失礼、などと戯けたふりをしながらも、俺を牽制するようにいくつかの迷宮の地図を取り出した。
「どちらの迷宮も、踏破者のいない最難関。そこに入るためには、皇国貨で五万は必要ですよ?」
口調と声色が変わりやがった。
「それだけか?」
「当然、実績も。上級迷宮を三カ所以上踏破した冒険者だけが、挑戦できるのですよ。もう少し、時間をかけて挑んでください……ね?」
なるほど……皇国貨など、持っている冒険者はあまりいない。
皇国には冒険者の仕事は殆どないし、運良く仕事にありつけたものは態々
安全な皇国から出ることもないのだから、この国に来る者も少ないだろう。
そして冒険者としてここに来ても、上級迷宮を三カ所踏破する前に皇国貨の蓄えが尽きてしまうということか。
つまり、不殺と毒霧は『踏破されてはいけない』迷宮なのだ。
初踏破を狙って多くの連団に挑ませるために、客寄せのためにそれらは存在する。
「今、あんたが広げている三カ所の地図は……上級迷宮のものだな?」
「はい、はい。この三つが踏破できれば文句なく! でも、単独では無理です。無理、無理っ!」
俺は用意された報酬金を受け取り、その三枚の地図をひったくるように奪う。
「買うよ」
「皇国貨で三千ですが……ああ、今なら払えますね?」
……馬鹿にしてんのか?
俺が稼いだ金をここで吐き出させるために、この地図を出したんだろうに。
あいにくだが、この程度じゃびくともしないけどな。
俺の所持金を聞いたら、絶対に腰を抜かすぞ。
言わねぇけど。
どのみち、地図は必要だ。
条件はおそらく本当のことだろうし、上級迷宮にも興味がある。
冒険者組合を去る俺の背中に、組合長の楽しみにしているよ、という声と、死体確認は必要ないと伝えておいて……というミナレスへの指示が聞こえた。
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