第49話 デルムト-2 迷宮『五番』入口

 この季節、ストレステでは全く雨が降らないらしい。

 コーエト大河から水を引いているというが、やはり水は不足気味だという。

 水系の魔法を持っていなければ、地上でも迷宮でも苦しいだろう。


【浄化魔法】が使えないと身体を洗うことができないから大変だ……と、朝食の時に別の宿泊客がぼやいていた。

 だから門前町であんなにも、浄化の方陣札が高額だったのか。

 あの辺りは山からの水源があるから、少し離れただけで水が不足しているなんて思いも寄らなかったよな。


 暖かくなってきたとはいえ、外を歩くとまだ風は冷たい。

 このシータベル大陸でアーサスと並んで最も北にある国だから仕方ないのだろうが、マイウリアのような南からやってきたのであろう冒険者達はやたら震えている。


 意地を張らずに、着込めばいいものを……

 誰も彼もが、周りから舐められないように必死なのだろう。

 俺はそんな奴等の横を、分厚い外套を着込んだまま通り過ぎる。


 地図によると……ここだ。

 針葉樹林の入口付近にあるその迷宮には、扉が取り付けられており魔獣が飛び出してこないようになっているらしい。

 門番はふたり。


「この迷宮に入りたい。いくらだ?」

 ストレステの迷宮には、その規模や難易度、魔具の育ち具合などで入場料が変わる。

「ここは百二十だよ」

 皇国貨だと五十五……銅貨五枚・銭貨せんか五枚だが、皇国銭貨は持っていない。


 銭貨は、他国通貨との両替時に発生する端数の支払いだけに使われるような硬貨だ。

 イグロスト国内では殆ど使われていないから、持ち歩いていなかったんだよな。

「皇国貨でいいか?」

 そう言って、六枚の銅貨を渡す。


「……多いぞ? 両替も釣り銭も出せないが?」

「今、手持ちはそれしかない。差額はあんた達で取っておけばいい」

「ふん、ありがとよ」

 遠慮なんてまったくせずに受け取ってくれるのは助かる。


「ああ、水は持っているか? 持っていない奴は入れないぞ」

 入れない訳ではないだろう。

 だが、彼等なりに気を遣ってくれているのだ。

 迷宮では飲み水が絶対に必要だぞ、と。


 俺はひとりの門番の腰に下がっていた水筒を奪う。

「おいっ、きさま……!」

 そしてその場で『清水の方陣』で、ほぼ空っぽだった水筒を満たして投げ返す。

「水は、問題ない」

「……そのようだな。ほれっ」


 俺に向かって投げられたのは……今し方俺が渡した銅貨の一枚。

「水は貴重だからな。買いに行く手間が省けたぜ。悪ぃな、今手持ちがそれしかなくてよ」

「ああ、構わん」

 なる程、水の代金をくれた訳だ。

 両替で差額をちょろまかすより、水代の方が高い…ってことなのかもしれないな。



 迷宮の中は少し蒸し暑い。

 外套を収納し、剣を……と思ったが結構狭い。

 まぁ、まだ十一階層と言うから、たいして大きくはないと思ってはいたが、予想より幅がない。

 ただ、天井は割と高いが……『光の剣』だけでいいかな。

 どうせ、剣は牽制だけだ。

 攻撃は魔法ですればいい。


 一階層目は魔獣が扉のある入口からの出入りするのを防ぐためか、人の手で掘られた小部屋がありその先が迷宮本番だ。

 長い一本道が続く。

 完成する頃にもう一度来てみたいが、二十年くらいはかかりそうだよな。


 迷宮内の魔獣を倒したら、その特徴となる一部分を持ち帰れと冒険者組合で言われた。

 現在どんな魔獣がいるかの調査、という名目で確認部位を持っていけば報酬が出る。

 対象は魔獣だけ。

 魔虫はどんなに倒したとしても金にはならない。


 その金にならない魔虫が……第三階層に、やたらといる。

 光の剣の三段階目がなかったら、とっくに逃げ出していただろう。


 幅びろの光が魔虫を掠めるだけで失速するので、すぐさま二撃目を入れられる。

 階下へと続く部屋に充満していた魔虫を全て麻痺させ、ゆっくりと『炎熱の方陣』を展開して焼き尽くす。

 魔力の節約にもなるし、確実に焼けるし、剣自体が軽いから全く負担がない。


 そろそろ魔獣に出て来て欲しいが……ここにはどんな奴がいるんだ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る