第29話 エデルス-4

 翌朝、朝食までご馳走になって、俺はバーラムさんの依頼達成の報告に魔法師組合を訪ねた。

「ああ、ガイエス! 待っていたよ!」

「え?」

「まずは、礼を言わせておくれ!」


『女将さん』組合長は、今回の依頼の達成だけでなく魔虫の卵の発見や駆除に感謝する、と俺に深々と頭を下げた。

「自警団と衛兵隊は周辺の魔虫の卵の駆除に、農耕組合では作った堆肥の毒を消す作業に入った。この時期に対応できて、本当に助かったよ!」


 そう言われて渡された報酬が、依頼達成のものよりはるかに多い金額だった。

 多すぎるだろう? と俺が慌てていると、『女将さんくみあいちょう』はまた、大声で笑いながら適正金額だよ、と遠慮なく背中をバンバン叩く。

 ……痛ぇ。


「それと……実は頼みたいことがあるんだよ」

 改まってそう言う『女将さん』を制して、俺は乗合馬車に乗る時間だ、と告げる。

「悪いが、俺はなるべく早くストレステに入りたいんだ」

「……そうかい。今日の移動は、ロンドストのシクレの町までかい?」

「次の乗合馬車の一番東側の町がそこなら、そうだ」

「ならば、あたしがシクレの先、エルエラまで早馬車で送ってやる。その分の時間をもらえないかい?」


 シクレまで行くのに、夕方までかかると言っていたのは『普通の馬車』だからだ。

【強化魔法】が掛けられた馬を使う『早馬車』なら、その先の町でもおそらく半分の時間で辿り着くだろう。

「俺に何をさせたいんだ?」


 思わず身構える。

 こうやって引き留められる時ってのは、大概ろくでもない目に会う。

 ちょっと使える奴だと思われると、とんでもない案件を押しつけられたりする。


「方陣札を作って欲しいんだよ」

「……は?」

 どっか面倒な場所に行けとか、塩漬け案件を押しつけられるとか……ではないのか?

「あんたの【方陣魔法】で浄化したバーラムの畑を、今朝早く見せてもらった。隅々まできちんと、均一に魔法が行き届いている。この町の方陣札であそこまで強いものはないんだよ」


「浄化の札を作る……だけか?」

「できれば、治癒と回復も頼みたいんだけどね。魔虫の卵が町中で見つかるなんて、かなりまずいし。もうすぐ、ここいらでも雪の季節になる。そうなったら卵も巣も、探し出すのは困難だ。残っていた奴が春に孵ってしまったら、治癒魔法師がいないこの町じゃ薬が足りない」


 え、それだけ?

 それだけで、早馬車で……送ってもらえちゃうのか?

 しかもそれ以外にも、ちゃんと報酬の支払いを約束してくれた。


 俺……本当に今まで、ろくでもない所にいたんだなぁ。

 方陣札は無理矢理ただで書かされていたし、もっと効き目を伸ばせとかもっと大量に書いておけとか言われるだけだったよなぁ。

 あげくに『やっぱり方陣なんて役に立たない』……だもんなぁ。


「判った。送ってもらえるなら……作ろう。ここでやらせてもらっていいか?」

「ああ、勿論だとも! こっちの部屋を使っておくれ! 昼食の後で出発できるようにしておくよ!」


 部屋に通されると……ここ、組合長の部屋じゃねぇのか?

 すっげー座り心地の良い椅子と、でかくてゆったりした机……!

 えっ、羊皮紙も用意してくれてるのか?

 なんだこの、至れり尽くせりな感じ!


 俺は用意された羊皮紙全部使って、浄化・回復・治癒の方陣札を作りまくった。

 全ての札に九割ほどの魔力を込めておく。

 俺自身の魔力が増えているせいか、以前より全然つらくない。

 だって果汁の飲み物を持ってきてくれたり、菓子を用意してくれたりしてるんだぜ?

 こんな良い環境の所でなら、一日中作ってたって疲れねぇよ。


「えっ! もうできたのかい?」

 俺はできあがった札を持って、昼ちょっと前くらいに『女将さん』に渡しに行ったらこんなに早く……と、吃驚された。

「俺も、ここまで早くできるとは思ってなかったが……菓子が旨かったんで、な」

 胡桃がいっぱい入ってて、サクサクの焼き菓子は今まで食べた焼き菓子でも最高と言える旨さだった。


「気に入ったのかい? あたしの弟が医者で、セイリーレで働いててね。時々買って来てくれるんだよ」

 またしても、セイリーレか!

「こんなに早く作ってくれたんなら、早めに移動しようか。エルエラで宿探しするんなら早い方がいいだろうからね」


 なんでも、エルエラは隣の領地、セーラントのリグナという町に入れる馬車が出ているらしい。

 すげぇ、順調なんてものじゃないぞ。

 セーラントの北に行けば、ストレステへの国境がある。


 広いロンドストとセーラントを抜けるには、馬車を乗り継いでも十五日くらいはかかると思っていたのに。

 馬車方陣なんて、高いから一度くらいしか使えないだろうし。


「おい、ちょっと! なんだい、この方陣札は!」

 札を検分していた『女将さん』が、大声を上げた。

 ……俺の方陣札……もしかして、全然ダメ……とか?


「あんた、どの札にも殆どいっぱいになるほど、魔力が込められてるじゃないか!」

「ああ、その方が早く発動するから、使いやすいかと……思ったんだが……」

『女将さん』は、大きく溜息をつく。


「こんなにまでしてくれなくたって、良かったんだよ。気を遣わせちまったねぇ……」

 いや、方陣札作る時はギリギリまで魔力入れておけって……連団ではそう言われてたぜ?

 ちょっとでも少なめにすると、リーチェスとオーデンに殴られた記憶が……


「普通、方陣札には作ってくれた魔法師の魔力なんて三割くらいだって言うのに、こんなにしてもらっちゃって……本当にお人好しだねぇ」

 ええええー……そうなのかー?

 もしかしてイグロスト人は魔力が多いから、全然気にもせず使えるのか?

 だから方陣札に少ししか魔力入ってなくても、構わないってことなのか?


「まぁ……使い易けりゃいいじゃねぇか」

 ぶっきらぼうにそう答えたが、やたらめったら感謝されて照れくさくなったってのもある。

 俺の知ってる冒険者の生活って、随分と世知辛いことばっかりだったんだな……と泣きたくなってしまった。

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