第22話 セイリーレ-2

 すぐに宿屋に行って、取りあえず三日間だけ泊まることにした。

 ここで食料を買い足して、森で使いすぎた剣の整備もしないと……

 それと『不殺の迷宮』用の武器を作ってもらえるか、確認しなくてはいけない。


 セイリーレの鍛冶師は、どの国のどの町で聞いても最高級だという話だった。

 ここでできなければ、別の手を考える必要がある。

 麻痺とか動かなくさせることのできる方陣なんかが、あったらいいんだが……


 もう、昼を過ぎて随分経つ。

 腹が減っていたのを思い出した俺は勧められた南・青通り三番の食堂にやってきた。

 凄く繁盛している店だ。

 可愛い店員でもいるのか?


「いらっしゃーい。あいてる所に座ってー」


 男だった。

 客をよく見ると、半分以上が女性だ。

 なるほど、あの店員の男目当てか。

 まぁ……そこそこいい男だし、強くはなさそうだけど優しそうではあるからな。

 女の子は、優男が好きなものだ。


「食事、だよな?」

 他に何があるって言うんだ?

 隣を見るとなんだか旨そうな……菓子?

 菓子も出しているのか、この店!

「食事とあの……菓子も」

「はいはーい」


 菓子なんて贅沢品、こんな食堂で出しているのか?

 ガエスタじゃ考えられないぞ!

 あ、もしかして高いのか?

 確かめなかったけど……大丈夫か?



 運ばれてきた食事は、信じられないほど旨かった。

 この季節に野菜がこんなに沢山あるなんて……しかもこの肉めちゃくちゃ旨いし!

 香辛料も結構使われていて、マイウリアの味を思い出す。

 今までの俺の食事が、どれほど侘びしいものだったかを思い知らされて哀しくなった。


 菓子も見たことのないもので、店員に聞くと『ココアと玉子を使った焼き菓子』だそうだ。

 こんな辺境の町でもこんな旨いものが食えるなんて、そして、あの味であの量で信じられないほど安かった。

 素晴らしい国だ、イグロスト皇国!



「え? これから食料買うの?」

 俺は店員に市場への道順を聞いたら、今からでは全く食材など買えないということを聞かされた。

 なんでもこの町では秋の終わりに春までの食材を買って保存しないと、市場には全然食材が並ばなくなるというのだ。

 本当に、来る季節を間違えてしまった……


 春までまだ四ヶ月もある。

 この町はイグロストでも北の方にあるから、秋が短く冬が長いのだろう。

 冒険者組合では全く依頼などないと言っていたので、仕事がない。

 ここにいる間の金はなんとか足りそうだが、路銀が全くなくなってしまう!


「計画性がなさ過ぎだよ。旅をするならちゃんと調べないと」

 店員にそう呆れられたが、後の祭りだ。


「ガエスタにはろくな情報がなかったんだよ……」

「……?……あっ『ガエスタ』って言ったのか! 悪い、聞き取れなかった」

「この国の言葉は、発音が難しくてよ……」


 そうなのだ。

 北側の言葉は、俺達マイウリア人に発音しにくい単語が多い。

 特に皇国の言葉は、俺には聞き取ることも難しいのだ。

 だから当然、口に出すとおかしな発音になってしまうことが多い。


「これでも随分マシになったんだ。地名は、特に言いにくいんだよ」

「そうだよな、確かに地名は独特だからな」


 あれ?

 今まで俺の訛りをあざ笑う奴はいても、こんな風に言う奴はいなかった。

 ……変な奴。

 ああ、でもミトカもなんも言わなかったな。

 セイリーレの奴はそういうことを気にしないのだろうか。


「食料が欲しいならこれ、買っていけよ」

 奴が勧めてきたのは、この店の料理を詰めてあるという『保存食』とかいうものだった。

 なんと二百日ももつのだそうだ。


「袋を開けてそのままでも食えるけど、開ける前にお湯に入れて少し温めるともっと旨い。ひとつ五百で五種類あるけど、どう?」

 こいつ、なんて商売上手なんだ。

 しかも、俺が両替した金が少ないというと、手持ちで珍しいものがあったら物々交換でもいいと言った。


 ……珍しいもの?

 できたて迷宮で核を掘り出した時の土塊や石を、そういえば【収納魔法】で持ってきていたと思い出した。

 この国は迷宮がないというから、もしかして『珍しい』かも。


『迷宮で採った岩石』だ、と渡したら……なんてことないものなのにスゲー喜んで、とんでもない価格で買い取ってくれた。

 ……あんな何の変哲のない石、十個ほどが皇国貨で十五万にもなった……


 その上、この保存食は安いし作る手間もない上に長持ちなんて、こんなものまで売ってるのかこの国の食堂は。

 俺は勧められるままに五種類を十個ずつ買ってしまった。

 しかもパンや野菜まであるというから、それも併せて。


 でも多くの食材を買うより、かなり安く済んだ。

 これで迷宮内でも、問題なく食事ができる。

 いちいち方陣門で外に出てもいいんだが、魔力をそんなことで使い過ぎたくはない。


「沢山買ってくれたから、この袋と匙もつけてあげるねー」

 本当に、商売が巧い……これにつられて沢山買う奴もいるに違いない。

 匙と突き匙は助かる。

 大きめの手提げ袋に入れてくれた保存食とやらを、俺はその場で【収納魔法】でしまい込んだ。


「おお、【収納魔法】使えるのかぁ! 初めて見たよ、しまうところ」

「旅をするには便利だ」

「旅かぁ。俺はこの町から出たくない方だから気持ちは解らないけど、楽しいのかい?」

「楽しいことも、嫌なこともある」


 それならどこにいても同じだな、とそいつは笑った。

 ……そうだな。

 同じなのかもしれない。

 でも、俺はやっぱり旅が好きだ。

 だから、旅を、冒険者を続けているんだと思う。


 ふと、食堂の横に看板を見つけた。

『修理・右手奥の工房へ』


「ここでは修理もやっているのか?」

「ああ、父さんが鍛冶師だからな」

 なんてついているんだ!

 武器の修理が頼めるか聞いてみよう。



 その修理屋の入口に回ると、さっきの店員がいた。

「いらっしゃーい」

「あんた、食堂の店員じゃねぇのかよ」

「父さんが外している時は、俺がこっちもみるの。魔法師だからね、俺は」


 魔法師なのに、なんであんなに商売上手なんだ。

 この皇国で魔法師ってことは、こいつの魔力量はとんでもなく多いんだろうな……


「武器の修理を頼めるか?」

「あ、悪い。うちは武器はやってないんだ。修理は日用品専門」

 そうそうは上手くいかねぇか。

「じゃあ、修理は別の所に行くよ」

「でも今日は多分、もうどこもやってないよ」

「え?」

 まだ昼過ぎだぞ?

 店じまいが早過ぎねぇか?


 どうやら寒い時は客が少なく、ましてやこの町の人間は殆ど武器を持ち歩かないから、武器屋も武器の修理屋も午前中だけしか開いていないらしい。

 午前中だけでも開けている店は、衛兵隊や自警団の使う武器を扱っているからだそうだ。

 いくら冬だからって、ここまで開けてねぇ店ばっかりなのはどういうことなんだよっ!

 本当にこの時期は、旅人なんて来ないんだな。


「解った。修理は明日、持っていくよ」

「うちで見てあげられなくてごめんな。俺、武器って好きじゃないからさ」

「好き嫌いでやってんのか、あんたは」

「当然だろ? 俺が修理なんてしたら『絶対に殺せない剣』とかにしちゃうよ」


 え……?

『殺せない剣』?

「……つくれるのか? 『殺せない剣』」

「ああ、多分ね」

「作ってくれ! その『殺せない剣』が欲しくて、この町に来たんだ!」


 そいつは面食らったような顔をした。

 当然だよな、剣は『殺す道具』だ。

 相手を切れない剣なんて、なんの役にもたたないと思うのは当たり前だ。


 俺は『不殺の迷宮』の話をした。

 そこの魔獣は一匹たりとも殺してはいけないこと、殺してしまうと逃げることも進むこともできなくなってしまうこと、そして、まだ誰ひとりその迷宮を踏破したことがないということ。


「へぇ……変な迷宮があるんだなぁ。『不殺の迷宮』か」

「ああ、だけど殺さなくても退けなくちゃならない。動きを止めるとか、追って来られないようにしないといけないんだ」

「殺さず、止めるだけ……か」


 俺は考え込んでいる彼の次の言葉を待った。

 どうか、できる、と言ってくれ。


「できるかどうかわかんないけど、やってみてもいいかな?」


 そうか……そうだよな、やってみなきゃわかんねぇな。

「頼む」

 俺がそう言うと、奴はにっこり笑って小声で言った。


「『殺さない剣』を頼む冒険者なんて初めてだな」


 ……冒険者って気付かれてる……

 でもそいつは笑いながら誰にも言わないよ、と言って俺の肩を二度叩いた。

 思っていたより痛かったので、こいつ結構力があるんだなと驚いた。



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 連載中の『カリグラファーの美文字異世界生活』第268話と連動しております。

 別視点のお話も是非。

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