第8話 ナフトル村へ-2
ここの宿の一階には、食堂がある。
俺は、その食堂の隅でその娘から話を聞いた。
名前はタニヤ、まだ成人したばかりで彼女の村はこの町の南東にあるナフトル村。
そんな場所に迷宮ができたら……この町の奴等は、大喜びだろう。
冒険者がこの町に留まり、迷宮へ通う。
町は賑わい、冒険者達から買い取る魔具で更に儲けられる。
村のひとつくらい潰したってなんとも思わないだろう。
「迷宮ができたのは、多分十年くらい前って言ってた。最近、人が入れる大きさくらいまでになったらしくて、何人かが見に行ったり、魔獣を討伐しようとしたんだけど……」
そこまで言って、彼女は唇をぎゅっと噛み締めて黙る。
泣くのを堪えているのだろう。
「誰も、戻らなかったのか?」
「ふたり……帰ってきた。何があったかを話してくれて……でも、その日のうちに亡くなったの」
「あんたの身内か……」
黙って頷く彼女は、きっと居ても立ってもいられずに冒険者組合に来たのだろう。
多分、誰にも相談せずに。
いや……相談できる者がいなかったのかもしれない。
「ナフトルは、畑しかないの。他にはなんにも。だから、畑を取り上げられてしまったら、誰も生きていけなくなっちゃう」
「俺は、そんなに強い冒険者じゃない。あんた達の助けになれるか解らないし、歯が立たない魔獣だったら申し訳ないが逃げる。それでもいいなら、様子見に行かせてくれ」
助ける、なんて約束はできない。
期待もさせられない。
「それでも、来て欲しいです……っ!」
彼女の強い思いは故郷への愛情なのだろうか、それとも亡くしてしまった家族への餞の気持ちなのだろうか。
いや、魔獣……迷宮への復讐かもしれない……
ナフトル村までは、馬で行けばさほど時間は掛からない。
俺達は、馬を借りて村へと向かうことにした。
借り賃は彼女がどうしても払うと言うので、甘えさせてもらった。
「え、ガイエスさんって魔法師なんですか?」
「そうは見えないみたいだが、そうだ」
「あたしの知ってる魔法師はもっと偉そうにしている人が多いし、ガイエスさんは剣を持っているから絶対に違うと思っていました」
「魔法師だからって、誰もが杖とか
本当に強い魔法師は、杖なんか持たない。
杖は魔法の指向性を高めたり、杖に付けた貴石などで魔力が少ないのを補うためだ。
ナスティは見栄を張って使っていなかったが、炎の威力が弱くて『強化の方陣』で支援を入れてたんだよな。
服や外套を洗った時に方陣を描いておいて、予め魔力を溜めておけばすぐに発動できるからそういう『準備』をみんなにしておいた。
だけど、上手く発動できない場合もあるから、難癖をつけられたくなかったから……言わなかった。
だけど、あまりに酷く無能扱いされた時に……うっかり支援していると口にしてしまったことがあった。
そう言っても、ナスティは絶対に認めなかったけど。
「あ、見えてきました。あの柵が村の入口です」
木で作っただけのたいして丈夫そうではない柵に囲まれた、小さな村だった。
俺とタニヤが入っていくと、すぐに数人の村人達が寄ってくる。
どうやらタニヤを心配していたようだ。
見回すと、男達は殆どおらず女性と子供、そして年寄りがやたら多かった。
「男達は、だいたいが出稼ぎに行っちゃうんです。帰って来るのは冬になってから。畑はあたし達で守っているの」
「大変なんだな。セイストからさほど離れていないってのに、随分と違うものだ」
「この辺は砂漠と少数民族の国が近いせいもあって、今までは魔獣なんて殆どいない土地だったんだけど最近とっても増えたの。それで、移住してしまう人がもの凄く多くなって」
そうか、その魔獣が増えたっていう原因が、きっと今、顔を出した迷宮なのだろう。
まだ名前すらない、たいして育っていない迷宮。
そんな迷宮を、冒険者であるなら絶対に潰したりしないだろう。
これから、どんなお宝が隠されるか、心待ちにしているに違いないから。
それに冒険者にとって、このナフトル村はなくてもいいものだ。
拠点は、距離的にも全く問題ないセイストで充分だから。
だからこそ、俺にとっては良い機会だ。
この迷宮はまだ育っていないということは、たいして大きくない、大きくてもさほど強くない魔獣ばかりのはず。
タニヤの話で戻ってきたふたりっていうのは、毒にやられたのだろうと容易に想像できる。
だとすれば、俺には全く問題ない。
そして、一番最初の踏破者には『迷宮からの贈り物』と呼ばれる新しい魔法や技能が目覚めることがあるのだ。
誰も触れていない迷宮奥の魔力に触れることで、なんらかの変化が起きるのだろうがよくは解っていない。
これを逃す手はない。
俺は早速迷宮の場所を聞き、偵察へと向かった。
本格的に潜るのは、明日になってからだ。
少数民族領へと続く森のすぐ脇に、ぽっかりと洞の口が開いている。
こんなに人里近くの迷宮は初めてだ。
しかも、周りに魔獣らしき足跡が無数に残っている。
だが、やはり人ひとりが入れるギリギリくらいの大きさ。
「このくらいの大きさだと、まだ五階層もないはずだ。俺でもいけるか……?」
奥にいる魔物もまだ弱いだろうが、俺ひとりということを考えると……今しかないかもしれない。
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