第9話

「ははははははは」

 

 僕は村から離れた大樹の下で、笑う。

 実に見覚えのあるエンブレムが刻まれた鎧をまとう騎士団がゴブリンを殲滅している様子を魔力によって強化された視力で確認しながら。


「は、ははは。なんという……なんというめぐり合わせか」

 

 なんで僕は五年間も無駄にしてしまったのか。

 五年という月日が酷くもったいない。

 

 禁忌ノ哭ク頃にという作品の世界は残酷なまでの才能主義の世界だ。

 才ある者が極限まで強くなり、弱者はどれほど努力したところで才ある者には敵わない。

 だが外道の、禁忌の技を使えば才なき者でも才あるものに近づくことができる。

 

 僕はまごうことなき才なき者だろう。

 転生したのは背景にすらなれないようなモブ、ただそこの世界に住んでいるだけの住人。

 しかし、僕にはこの世界の全ての知識がある。

 ありとあらゆる知識がある。

 強くなるための外道の術は、強くなるための禁忌の術は。

 その知識は全て僕の頭の中にある。

 五年経っても色褪せない絶対的な知識がある。


「はははははははははははははははははははははは」

 

 僕は笑う。

 胸が熱くなる。

 

「はははははははははははははははははははははは」

 

 僕は笑う。

 思考が極限まで研ぎ澄まされる。

 

「はははははははははははははははははははははは」

 

 僕は笑う。

 そして手元にある小さな宝石……ゴブリンの魔石を飲み込む。

 

 ドシンッ

 

 その瞬間に僕の体が跳ね、想像を絶するような激痛が走る。


「はははははははははははははははははははははは」

 

 僕は嗤う。

 どれほどの激痛が走っても。


「最高だ。最高だ。最高だ」

 

 思い出す。

 彼女を救うためにゲーム史上最高難易度だと言われるゲームをクリアし、全てのENDを開放した日々のことを。

 あぁ……胸が熱くなる。尽きぬことなき情熱が湧き上がってくる。


 激痛に身を揺られながら僕は嗤う。

 

 ゲームパッケージに描かれていた木の下から見る双極の太陽を眺める。

 だから僕はここに、無意識のうちに散歩で通い続けたのだ。

 知っている景色だったからこそ。


「あぁ……」

 

 僕は血管が浮き上がり、うねり、変色していく腕をゆっくりと持ち上げ、双極の太陽へと伸ばす。

 変色している腕は時とともに元の色に戻ってくれるだろう。

 魔石によって変わるのはとある一定のラインを超えるまで、最初のうちだけだ。一時間もすればもとに戻るだろう。

 魔物の魔石を飲み込むことの代償……それを今、気にする必要はないだろう。


「絶対に魔王様を……僕が幸せにしてみせる」

 

 ゲームで達成出来なかった目標を……この世界で達成してみせると、双極の太陽の下。

 僕は一人、木の下で誓った。

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