4―2 初心者勇者、僧侶を闇落ちさせる作戦を考える


「……つまり、シャノちゃんの魔力の元は【闇魔力】だから、悪口を言わないと詠唱できない。

 詠唱をすると、相手に怖がられちゃう。

 だから詠唱をしないで魔法を発動するために、他に悪いことをして【闇魔力】を高めよう、と」

「はい。私の詠唱は……独特なので……」

 シャノの話を聞いたミナは、うーん! と腕組みをして考え込んだ。

 魔法詠唱が体質やイメージに左右されること。

 シャノの詠唱は、リリィと根本的に異なり改善が難しいことの説明を改めて聞き、ミナはおそるおそる確認する。

「で、シャノちゃん。どれくらい悪いこと、するのかな? ……も、もしかして……クエストの報酬を独り占め、とか……!」

「そんな悪逆非道なことは致しません!」

「じゃあ半分占め! ううん、四分の一締め! ……だと普通か。うーん、どれくらい?」

「それが……分からなくて」

「えっ」

「ミナさん。悪いことってそもそも、どうやればできるんでしょう?」

「うーん……それは難しいね……」

 人のよい【勇者】と【僧侶】は、うんうんと唸り始めた。

 これは難題だ。

 マグマゴーレム退治より、手強いかもしれない。

 とはいえ仲間のために、ミナは知恵を振り絞る。

「シャノちゃん。例えば、落とし物の500ベルクを拾わない、とか? わざと無視するんだよ!」

「ミナさん、それは悪質すぎて私の心が痛みます……それに、他の人に拾われてしまうと大変ですし」

「そ、そうだよね。勇者が落とし物拾わないなんて失格だよね……でも『勇者物語』の勇者は、民家のタンスを勝手に漁って、薬草とか持って帰ったらしいよ?」

「ふつうに泥棒じゃないですか!」

「た、たぶん家の人の許可取ったんだよ……もしくは寄付なのかも……?」

 昔の勇者にも事情があったのだろう。

 善意で貰えたとか。

 装備品が買えないので、恵んで貰ったとか。

 決して手癖が悪いとか、金欠で条件反射的に、と調べた訳ではないと思いたい。

 ミナはうーん、と首をひねる。

 悪くないけど、悪いこと。

 他人に迷惑をかけないギリギリの悪。この絶妙なバランスを突破するには……

「シャノちゃん。こういうの、どうかな? クエストに遅刻しそうなくらい、ギリギリまで寝坊する、とか。ギリギリなら遅刻じゃないよね?」

「あっ、それは丁度いいくらいに悪いことな気がします」

「うんうん。じゃあ具体的な計画を立てよう! まず寝坊するには、きちんと夜更かししないとダメだよね。そのために、夜に、こっそりお茶会をしないと」

「夜にお茶会……なんて罪深い……!」

「ふふ。勇者だって、やる時はやるんだよ?」



 という訳で。

 その夜は久しぶりに、ミナとシャノの二人お泊まり会を開くことにした。

 深夜、いちご模様の寝間着姿でやってきたシャノに、ミナは紅茶とクッキーでおもてなしをする。

 ナプキンを添えた夜食の準備に、シャノは目を丸くする。

「ミナさん、このお菓子は……」

「ふふ。深夜のお夜食だよ……夜に食べるお菓子は一段と美味しく、そして罪深いんだよ」

「なんて恐ろしいことを……!」

「さあ、お食べ。たーんと、お食べ」

 ミナに勧められ、シャノはごくりと唾を飲む。

 お夜食! 体重を気にするお年頃の彼女達にとって、恐るべき大敵!

 これは大変に悪いことだと思ったシャノは、さらなる罪に気づく。

「ミナさん、このクッキー……冒険者が携帯する、魔力回復アイテムでは?」

「よく気づいたね、シャノちゃん。そう、睡眠で魔力を回復する前に、意味もなく魔力を回復する! しかも携帯用! 冒険に持って行けるものを、自宅で食べる!」

「そんな……!」

「しかも、あたしの自腹だよ」

「ひ、人の金を無駄遣いするなんて!」

「これが真の悪だよ、シャノちゃん……!」

 あまりの非道に凍りつくシャノ。

 でも、彼女自身が望んだことだ。

 悪の道を歩むことで魔力をパワーアップさせるための手段なのだ。

 覚悟を決めて、挑まなければ!

 そう自分に言い聞かせるシャノだったが……

 どうしても指は動かず。

 シャノはがくっと項垂れて敗北した。

「……すいません。私、分かってても手が出ません。これは、初心者にはレベルが高すぎたようです」

「うん。実はあたしもちょっと思ってた……クッキー戻しておくね?」

 それから二人は紅茶を楽しみ、計画通りに夜更かしお喋り大作戦を始めた。

 久しく二人だけの話題に花が咲き、程よく夜が更けた頃、ミナは眠たげに呟く。

「でもさ、シャノちゃんは魔法はきちんと使えるんだから、急がなくても大丈夫じゃない? それにあたし、シャノちゃんの詠唱、好きだけどなぁ」

「いえ……やっぱり人に怖がられてしまうのは、好きではありませんから。……それに」

 お布団に寝転がりながら、しょんぼりと落ち込むシャノ。

 やがて寂しそうに微笑んだ。

「最近、ミナさんもリリィさんも成長してますし、ユルエールさんも鎧を使わず戦おうと決意して……だから私も、負けずにパワーアップしたいな、って」

 ミナはふと気づく。

 クエストは変わらず失敗続きだけれど、最近確かに、小さな一歩を踏みしめている感覚があった。

 ミナは聖剣スキルを取得し。

 リリィは一度だけ、詠唱を完全成功。

 ユルエールも鎧を脱いでパワーアップを……

「シャノちゃん、ユルちゃんは別にパワーアップはしてな……」

「しーっ。ダメです、本当のことを言っては」

「そだね。秘密、秘密」

「それに鎧を脱いで通常攻撃を当てられたのは、大きな一歩だと思いますし」

 羨ましい、と彼女はそっと呟いた。

 温厚なシャノにも、みんなに遅れたくない、という反骨心があるのだ。

「……そっか。うん、分かるよ。あたしも勇者なろうって頑張っても、失敗ばかりで慌ててたから」

 そしてミナはにこっと笑って、

「じゃあ明日、まずは頑張って朝寝坊、しよう。先に起きた方が負けだからね!」

「はい!」

 ぐっと拳を握り、布団に入るミナ達。

 もふもふの温もりに包まれながら、彼女のために何かしてあげたいな、と夢の中で思うのだった。



 で、翌朝。

 リリィが朝食の準備に起きてくると、ミナとシャノが揃って部屋から出てきた。

「リリィちゃんおはよー」

「おはようございます、リリィさん」

「ん。……同じ部屋に寝てたの?」

 リリィは不思議そうに目をぱちくりさせて、

「ミナ、今日は早起き。シャノと一緒だったから……?」

「「はっ!?」」

 ミナ達ははたと気付く。

「普通に起きてしまった……!」

 作戦は見事に失敗したのであった。


     *


 その後もミナとシャノは「悪いこと」に挑戦するものの、なかなか上手くいかなかった。

 良い人すぎたのである。

 三日ほど過ぎて結局「悪いこと作戦は無しにしましょう……」というシャノの一言で作戦は流れたものの。

 ミナは彼女のお願い事を、きっちりと頭の片隅に留めていた。

(シャノちゃんのお願いだし、うん、どっか別の形で、協力しよう!)

 悪いことはできなくても、闇魔力のパワーアップができればいい。

 そう考えたミナは密かに調査を行い、次のクエストに混ぜ込む機会を狙っていたのである。

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