2―1 初心者勇者、悪巧みをする


「あのね、リリィちゃん、相談があるんだけど……」

 【魔法使い】リリィがミナに声をかけられたのは、偽の聖剣クエスト事件から五日ほど過ぎた頃だった。

 リリィが植物辞典から顔をあげると、ミナはきょろきょろと室内を見渡して「シャノちゃん達には内緒だよ」と、机にこそっと緑色の宝石を置く。

 魔法石。

 魔力付与の調合に使う、ちょっと高価なアイテムだ。

「これ、あげる!」

「……?」

「秘密だよ。ワイロだよ。本当はイケナイことなんだけどね……これで共犯だよ……」

 ふふふと口元を緩めたミナは、ちょこんとリリィの隣に座って耳打ちする。

「あのね、リリィちゃん。ユルちゃんとシャノちゃんに内緒で、勇者パーティ結成三周年サプライズをしたいんだけど……」

 初心者の館はパーティ登録制を採用している。

 メンバーは交代自由だが、ミナ達は結成当初から今の四人だ。

 じきに結成から三年が経つらしい。

 そこで、ぱーっとお祝いしたいたいけど、何をするか悩んでいるという。

「美味しい料理を出したいけど、ユルちゃんもシャノちゃんも料理上手だし、あたしリリィちゃんみたいにお菓子作りも上手くないし……だからリリィちゃんを買収して、こっそり手伝って貰おうって思ったの!」

 ひそひそ話をするミナ。

 相変わらず突然の思いつき……と思うリリィだが、パーティは楽しそうだ。

 ミナのやることは、大抵面白くなる。

「いいけど……何をするの……?」

「まずは美味しいものでしょ? あと、勇者らしい贈り物!」

「……具体的には……」

「まず、みんなをぱーっと喜ばせたいの。どどどーって感じでびっくりしながら、でも気持ちがふわぁふわぁってなって、おおおー、みたいな!」

 ミナは腕を大きく広げて謎の表現をした。

 リリィは黙って魔法石をお返しした。

「見捨てないで、リリィちゃん!」

 むぎゅーとミナに抱きつかれたので、黙ってしまう。

 リリィはなんだかんだでミナが好きだし、ミナに甘い。

「ん……じゃあ、ミナが貰う側だったら……何だと、嬉しい?」

「お菓子! やっぱり甘い物が幸せだよね。焼きたてアップルパイとか、ふっくらパンケーキも美味しそう……こう、ハチミツをとろーっとかけて、ナイフを入れたら生地からふわぁっと甘いにおいがして……あ、でも最近ちょっとご飯が美味しすぎて、お腹のおにくが……」

 ミナが自分の脇腹をぷにぷにつまみ、溜息をつく。

 それからリリィのおなかを、服の上からつんつん、つついた。

「お菓子マイスターなのに、あたしより細い! ずるい!」

「作るのは私……食べるの全部ミナ……」

「ずるくなかった……役割分担って残酷だね……」

 ミナは「自重しなければ、勇者として大切な何かが失われちゃうよ……ぽっちゃり勇者伝説……!」と悶えたものの、すぐにぱあっと顔を明るくする。

「でも今回お菓子を送る相手はユルちゃんとシャノちゃんだから、大丈夫だね。シャノちゃんは細くて美人だし、ユルちゃんは、食べものぜんぶ胸にいってるかも……大丈夫だよね。うん。なら、スペシャル美味しいお菓子にしよう!」

 ふふん、とミナが鼻歌交じりに計画を考える。

 できれば王都で見られない、珍しいお菓子がいいな。

 追加効果があると面白いかもしれない。

 食べるだけでレベルアップ! とか。

「もうちょっと考えてから相談するね。とにかく秘密だよ! あとでまた相談するね。今日もがんばろうね、リリィちゃん!」

 そしてミナは今日のクエストに向け、装備を調えるべく自分の部屋へと戻っていった。


 その背中を見送りつつ、いい機会かも、とリリィは思う。

(三周年……みんなに、お礼……)

 リリィはかなりの口下手だ。

 知識欲が深く、研究熱心な一方、子供のころから友達がほとんどいない。

 ミナに誘われなければ、今も読書好きな引きこもり少女だっただろう。

 そんな生活も、悪くはないとは思うけど……

 ミナ達との冒険は、楽しい。

 本だけでは知ることのできない、新しい植物。

 新しい魔物。

 新しい世界に触れることは、彼女の知識を豊かにしてくれた。

 前からずっと、ミナや仲間達にお礼を言いたいな……と思ってたけど。

 面と向かっていうのは、恥ずかしいものである。

(私も、みんなに贈り物しよう。あと、ちゃんとお礼を言いたい……)

 そう悩んだリリィはふと、先日本屋で買った本をアイテム袋から取り出した。

 『必見、会話下手を直す魔法使いの道!』という本だ。

(これを勉強すれば、私もお礼を言える……完璧コミュ強な魔法使い……)

 さっそく、一ページ目を開いてみた。

『魔法使いのコミュ障を治す方法は、とっても簡単! 魔法詠唱が上手くなること!』

「ぶふっ」

 リリィは本に突っ伏した。

『格好良い魔法を決めれば、君もその日からヒーローだ! 仲間達にちやほやされるぞ!』

 実はその雑誌、どこかの誰かが適当に書いた三流エセ本であった。

 が、元から詠唱が苦手で、しかも会話下手だと悩んでいたリリィは、

(最初は嘘っぱちと思ったけど、もしかして、詠唱が上手くなったらお喋りも上手になれる……?)

 うっかり信じてしまった。

 それに、三年過ぎてもファイアボール以外の詠唱ができないのは悩みの種だ。

 なので、リリィは決意する。

(次のクエストでは、魔法詠唱をがんばる。大変だけど、私、がんばる……!)

 いつもは大人しいリリィだが、内面は妄想豊かな少女だ。

 たまに自分を励まそうと踊ったり「私は伝説の魔法使い、すごい魔法を使えるのだ……」と最強魔法使いごっこをしている。

 今日も気合いを入れるべく、ひとり拳を振り上げるリリィ。

 こうすると元気が出るのだ。

 ……が、彼女が居たのは自室ではなく、四人共同の居間である。

「リリィさん、頼まれていたお砂糖を買ってきたのですが……」

 帰宅したシャノが見たのは、居間にて「栄光をわが手に」と、無言で拳を突き上げるリリィであった。

「…………」

「…………」

 ドアがそっと閉じられた。

「!!!!!!」

 リリィは涙目になりながら、シャノの誤解を解きに向かうのだった。

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