バグチェッカーズ編5話 光と陰
朝の雨に濡れたアスファルトは乾き始めていた。
「あ~あ、見失っちまったな」
オサムとアカネはカゲロウに連れ去られたハチの後を追っていたが、住宅の真ん中に迷い込んでしまった。ハチがどこへ行くか分からない以上、探すことは不可能に感じられた。しかし、ここで諦める二人ではなかった。シドー先生の思い、クラスメイトとしての思い、そして何より友達としての思いがそこにはあった。
アカネは思考を巡らせた。
「スマホは? 持ってないの?」
「電話したとしても場所はわからんくないか?」
「そっか……。ハチくんを連れ去っていった子が電話を許さないかもだしね」
数秒の沈黙が続いた。
「オサムくんはバグ使えないの? ほら、相手の場所が分かるバグとか」
「普通の人はバグは使えないし、バグはそんなに万能じゃないよ」
「でもハチくんはいつも使ってるよ?」
「それはあいつが変態なだけだよ。あんなに研究熱心で現実にまで落とし込めるやつなんていないよ」
「ふーん……。じゃあさ、そこら辺にハチくんがバグで何か手がかりを残してるとか」
「バグを使うには予備動作がいるんだ。少しでも変な挙動をしたらカゲロウが許さないと思う」
「あーあ。アタシもバグが使えたらなぁー」
「そんな簡単に使えてたまるかよ」
「無敵モードになって、周りの家を壊しながらハチくんを探せるのになぁ」
「バグってんのお前の頭」
「壊した家はちゃんとバグで直すよ」
「まず家を壊すっていうモラルから直してもらえる?」
ここで手詰まりかと思われたその時、お団子頭の女の子が目の前を横切った。
「ふえ~ん! カゲロウどこ~?」
カゲロウと一緒に居た女の子だった。彼女はリンリンと呼ばれていた。彼女ならハチの行方を知っているかもしれない。
「あの! え~と……リンリンちゃん……だっけ?」
「ぐすん……誰?」
「アタシはアカネ。ハチくんのクラスメイト」
「……カゲロウの敵?」
アカネはしまったと思った。ここで敵だと思われると協力してくれなくなるかもしれない。
「あぁ……いや……ほら……アタシたちもハチくんをボコボコにするために追ってるの」
「アカネさんって結構パワフルだよな」
「よかったら、ハチ――カゲロウくんがいる場所に案内してくれない?」
リンリンは泣き止んだ。
「それが分かったらワタシも迷子になってないネ」
((た、確かにー!!))
迷子が三人に増えただけだった。
「リンリンちゃんはバグは使えないの?」
リンリンはうつむいた。
「使えないネ、あんなもの」
アカネとオサムは顔を見合わせた。何か事情があるようだった。
「リンリンちゃんの話……聞いてもいいかな」
どうやらリンリンもバグによって不幸になった一人らしい。
コンピュータの仕事をしている父と二人暮らしだが、仕事の最中にデータがバグってしまった。いつもと変わらない作業にもかかわらず、突然挙動がおかしくなったのだ。
会社全体でも同じようなことが起こっており、ついには倒産してしまった。3ヶ月ほど前の出来事だった。
それから父は姿を消し、様子を見に来た近所のおばさんの世話になるという生活が続いた。
「全部あのバグが悪いヨ。パパから仕事を奪った。そして、ワタシからパパを奪ったヨ」
アカネは拳を強く握った。
「アタシ、さっきまで浮かれてて、バカみたい」
「アカネさん……」
「もっと便利な魔法かと思ってた。でも違った。何が起こるか分からない危険なものだって。早くハチくんに知らせないと!」
「待て」
オサムはアカネの腕を掴んだ。
「心配な気持ちは分かるが、あいつはそんなこと言っても止まるタチじゃない」
ある日、ハチは目の周りを青くして登校してきた時があった。
「どうしたんだその目! パンダみたいだぞ!」
「しくじった。やっぱあそこの手順はリスクあるから別のやり方の方が安定するかも……」
「その顔は全然反省してないな。死んでもしらねーぞ」
ハチは鼻で笑った。
「オサム氏はブランコに乗ったことある?」
「……ないな。あのテープでグルグル巻きにされてるやつだろ?」
近年、公園や学校の遊具の見直しが行われ、ケガの恐れがある遊具が次々に撤去されたり、使用禁止になっていたりしている。時には使用できないように立ち入り禁止のテープがグルグル巻きにされているが、ブランコも例外ではなかった。
ハチは続けた。
「ブランコは確かに危ない。でも鉄棒だってヘマしたらケガするのは同じなのに禁止されていない。結局、危ないかどうかは遊ぶ人が決めるものだと思うんだ。危ないからやらないのは自由だけど、やってみたら楽しいこともある。それでケガしたら自分の責任。それはバグも同じ。何が危険で何が安全かは手探りしながら学んでいくものなんじゃないかな。それに――」
「それに?」
「ブランコは楽しいぞ」
「マジ?」
「マジ。ブランコ漕ぎながら靴飛ばすとめっちゃ飛ぶ」
「なにそれやりたい」
「ただし人がいない場所でやるんだぞ」
「――ハチはただバグで遊んでるだけなんだ。俺たちには止められない」
リンリンがゆっくりと口を開いた。
「……実はワタシ、そこまでバグを憎んでないネ」
「え?」
「パパがいないのは寂しいけど、バグが起こるのはしょうがないことヨ。それに、最近はカゲロウや蝉丸がいて楽しいネ。でも、今日のカゲロウは少し怖いヨ。みんな、カゲロウを止めて欲しいネ」
アカネは深く頷いた。
「……分かったわ。そのためにも早く二人の元へ行かないとね!」
「でもどうすんだよ。あいつの居場所が分からなくて困ってるんだろ?」
「……確かに」
アカネは辺りをウロウロ歩き回った。アスファルトに溜まった水溜まりがキラキラと輝いていた。
「……分かったかも」
「!!」
「ほら、見て」
アカネは地面を指さした。よく見ると地面に一筋の線が描かれていた。水溜まりの水で描かれた線だった。
「確かハチくんは傘を持っていたわよね?」
「そうか! 水溜まりの水で地面に跡をつけていったんだ!」
「そういうこと! さぁ、乾く前に行くわよ!」
リンリンは立ち止まっていた。
「何してるの? 早く行くわよ」
「……ワタシ、一緒に行っていいノ?」
「何言ってんのよ、当たり前でしょ? カゲロウって子が心配なんでしょ?」
リンリンは黙って頷き、アカネの手を取った。
ハチは傘をカラカラと引きずっていた。カゲロウに左腕を掴まれ、ギリギリと痛む。
「ついたぞ」
見上げると、そこに大きな研究施設が建っていた。入口には大きくこう書かれていた。
『B.U.G. Laboratory』
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