3
しっとりとして甘い焼菓子。それをひとくち食べて、無糖の紅茶で流し込む。
なんともお高い味がするそれを容赦なく頬張りながら、アケビは「そういえば」と呟いた。
「〈魔導具〉ってさあ、食べ物にでも同じような呼び方になるの?」
「――ふむ。面白い着眼点だな」
眼鏡を拭いていたカイが顔を上げる。どうやらこの話題は彼の興味を惹いたようだった。
「頭いっぱい使ったんだし、そのぶん栄養補給が必要だと思う」というアケビの主張に「根を詰めすぎてもよくないよね」とヨクが同意し、ハナが「どうせしばらく暇になるしいいでしょ」と言ったことがトドメになり始まったお茶会。
ちょうどおやつ時だから、とバロンが用意した備え付けの茶菓子も出し、現在〈研究室〉に集まっていた面々は、隣接して作られた休憩室でテーブルを囲んでいた。
「最初、魔導具って道具がつくから物に対してだけなのかなーって思ったんだけど、いや、魔法かかってる食べ物あるじゃん? それはどうなの? って思って」
「ああ、たしかに。この世界、魔法がかけられた食べ物あるよね」
ハナも心当たりがあるのか、うなずきながら、
「少し前にソウスケと謁見したとき、お茶会にもそういう触れ込みのお菓子出されたわね。何かあったら困るから、最小限しか食べなかったけど」
「あとさ、バロンさんに言うのもアレかな~って思って黙ってたけど、正直いまだに『魔法使い』と『魔術師』の違いもあたしはあんまりわかってないです!」
「堂々と言い切っちゃいましたねぇ」
「素直でいいんじゃないかな」
微笑ましげなミヤコとヨクの視線を受け止めアケビは胸を張った。
ひととおり説明は受けたものの、うまく噛み砕けずにいたところである。初対面のバロンに質問しなおすのも気が引けて、なあなあのまま今日まで来てしまった。
わからないものはわからない。〝質問することを恐れるな〟が家訓なのだ。ここぞとばかりにアケビは頭の良い仲間に訊くことにした。
「――なら、定義しなおせばいい」
カイが指先をひょいと振った。
宙に文字が記されていく。同時に、ピクトグラムのような人間のシルエットが三つ並んだ。「特別講義だね」楽しげにヨクが呟く。
「この世界のヒトは、誰しもが〈魔力〉を生成・保有する機能を持つ。この〈魔力〉を自発的に扱えるのが、〈魔法使い〉だ」
シルエットに、『魔法使い』『魔術師』『一般人』という文字が浮かぶ。
〈魔法〉は、大気中に含まれる〈魔素〉と自身の体内の〈魔力〉を掛け合わせて発動するチカラだ。
生まれる前から〈魔素〉を取り込み、その状態を常として生まれ育った人々にとって、〈魔法〉とは〝日常〟の一部でしかない。
では、異世界に生きる人々は誰しも〈魔法〉を使うことができるのか?
アケビが問いかける。
「魔力があるなら、この世界の人ってみんな〈魔法〉が使えるの?」
「いいや」
――答えは『否』だ。
「〈魔法使い〉の内訳だけを見るなら、魔力量が多い〈長命種〉が大多数を占める。が、それイコール『〈長命種〉は〈魔法〉が使える』とはならない」
ヒトが生まれながらに有する魔力量には個人差がある。
〈長命種〉など、いにしえより魔素との親和性が高い種族は、必然的に保有する魔力量も多い。だが、だからといって〈魔法〉を使うことに長けているというわけでもない。
うまく飲み込めない様子のアケビたちに、カイは断言する。
「魔力量は関係ない。つまり、相性なんだ」
「相性……」
「そうだ。魔術と違い、〈魔法〉を使うには、必ず精霊たちとの相性も重要になる。精霊たちが視るのは魔力量でも種族でもなく、術者の本質だと云われている」
〈魔法〉は〝原始の力〟とされるだけあって、適性があるかどうかが肝になる。
つまり、〈長命種〉ではない普通の人間でも、生まれも身分も関係なく、〈魔法〉を使える人は使えるし、使えない人は使えない。
ある意味、すべてのヒトに平等に不平等なチャンスを与える力なのだ。
「それに対し、学術的に昇華され、理論と技術が確立された結果、〈魔法〉と同等の効果を出せるようになった者たちが〈魔術師〉――つまりバロンだ」
「限られた人にしか使えない魔法と、頑張れば誰でも使える可能性がある魔術……」
「僕たちも修練している身だからわかるだろう。原始のチカラと呼ばれるだけあって威力は申し分ないが、適性がなければ使えないうえ、エネルギーも保有している魔力に依存する。セイならまだしも、〈魔法使い〉といえど実力はピンキリだろう」
はい、とアケビが手を挙げる。
「じゃあ〈魔術師〉は? 下準備が必要なものとそうじゃないものがある、ってバロンさん言ってたけど」
「魔術師は理論を組み、術式を理解し、要素を掛け合わせ行使するという時点で、技術者と研究者を混ぜ合わせたような立ち位置だ。……が、バロンの様子を見るかぎり、現代はそこまで深く考えず使える状態の可能性は高いな」
「昔は道具や魔法陣を用いて下準備をして行うのが主流だったって話だったわね」
「ああ。〈魔法〉を扱うのに精霊との相性や適性が必要だったように、魔術もそれだけ扱いが難しいものだったんだろう。――だが、今は違う」
「何世代もかけて、人びとが自分の〈魔力〉を扱えるよう、いろんな人たちが努力を重ねてきたということですね」
ミヤコの言葉に、カイはうなずいた。
「〈魔法使い〉は原始の神秘を行使するものとされていた。だが、できることにも限界がある。ゆえに、この世界のヒトは学術分野として〈魔術〉を確立させ、魔術大系を生み出してきた。〈魔導具〉の普及もそれの恩恵だ」
「探究心と研鑽の結果、
「そうなるな」
「んーと……魔法は強くて特別な力だったけど人によって差があって、でも魔術ができて、威力はそんなだけどみんなが使えるようになって、今じゃそれほど『特別』じゃなくなったって解釈であってる?」
自信なさげに訊ねるアケビに、カイは目元を和らげる。
「むずかしく考える必要はないんだ。『魔法は使える者が限られるが、魔術はしようと思えばこの世界のほとんどの人が簡単なものなら使える』、この程度で十分だ」
「そ、そっか」
「そもそも『魔力を使う』という一点において、この世界のヒト属は息をするように扱えている。そういう環境設計というのも大きいが……」
「私たちの世界で言う、電気などのエネルギーを、この世界ではすべて〈魔力〉で賄っている、と思えばわかりやすくはないでしょうか?」
「電気……」
なるほど、それならば飲み込みやすいかもしれない。
「じゃあ、さながら〈魔導具〉は家電とかの類かな?」
「
「わあ、ほんとに大雑把だ」
おかしそうに笑って、ヨクは紅茶を口にする。実に優雅で、絵になるといっそ感心するしかない。
市井に普及されている〈魔導具〉は廉価品が主であり、そのぶん製造コストも低い。〈魔術〉を修めた者であれば量産できるのが利点だ。それに対し、希少性が高いアイテムは製造も難しくコストがかかるため、基本的に一点物の扱いになる。
強い〈刻印〉に耐えうる素材は相応の質を求められるため、付与される属性が強ければ強いほど値段も跳ね上がる。
「じゃあ結局のとこ、『魔法がかけられた食べ物』ってどういう分類なの?」
最初に立ち戻り訊ねたアケビに、カイはあっさりと答えた。
「菓子は菓子だろう。この手の食べ物にかけられている〈魔法〉はおまじない程度、効果があるかどうかは当人次第のものが多い」
「ええ……」
「プラシーボ効果ってこと? 魔法を売りにしてそれならクレームものじゃない?」
「売りにしてるんだ、魔法がかけられているのは確実だろう。どの工程に使ったのかは知らないが、市井にも普及しているあたり、『普通の菓子よりがランクが高い』程度の位置づけだろう」
「食べ物には明確な括りがないってこと?」
「だろうな。扱いとしては〈魔素豚〉や〈魔素牛〉に近いのではないかと僕は考えているが」
「箔付け、ブランディングってとこね。当人次第ってことは効果がないわけじゃないみたいだし、景品表示法的にもセーフってところかしら」
「魔法って奥が深いなあ……」
しみじみと呟き、もう一枚クッキーを放り込む。
元の世界だと滅多に食べることのなかった、たまに贈答品で貰って、家族でわけると一枚か二枚食べられるのがやっとな、あの特別な味がする。これが普通に買えるのは単純にうらやましい。
その様子を微笑みながら見つめていたミヤコが、静かに口を開いた。
「アケビさんの着眼点は素敵ですね。私は疑問を提示されるまで、『なぜ』という視点が抜けていました」
よくない傾向です、と彼女は表情に苦いものをにじませる。
「こちらに慣れすぎるのも考えものですね。どうにも、視野が狭まってしまう」
「そう? 郷に入っては郷に従え。二ヶ月も経てば、この屋敷から出ないとしてもこの世界のルールが染み付いていくものよ。適応していると思えばいいわ。なにも恥じることじゃない」
「誰しもがそうだ。きみ一人だけではないよ」
「……そうでしょうか」
一足先に「外」を見ているふたりが、どこか後ろめたそうなミヤコを諭す。その言葉に安堵したのはミヤコだけではない。
(そう思ってるの、あたしだけじゃないんだ)
慣れてしまうことが怖かった。どんどん家族への気持ちが薄れてしまう気がして罪悪感があった。けど、うしろ向きに捉えすぎなのもよくないのだと痛感する。
だから、彼女にも自分が貰ったのと同じ言葉を与えるべきだと、そう思った。
「あたしもさ、この生活に慣れてきてるのがたまに怖くて。アンディもさっき、考えすぎなくていいって言ってくれたんだよ」
「ソウスケくんが……」
「人生の場数を踏んだ回数なら断トツでソウスケが多い。彼が言うんだ、ミヤコもアケビも、あまり深刻になりすぎるな」
「心を病んでも、この世界にカウンセラーがいるかどうかすら怪しいもの。まずは健康第一、あたしたちは最終的に五体満足で元の世界に帰るのがゴール。でしょう?」
「そうだね。俺たちは俺たちなりに、一歩ずつできることをやっていけばいいよ。文句を言うやつなんてここにはいないんだから」
大丈夫だよ、と気持ちを込めてアケビはミヤコの手を握る。
ミヤコは驚いたように目を瞬かせ、それから、気の抜けた少女の笑みを浮かべた。
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