第36話 旅行編 大人だぁ

「……」


 シロと一線をこえてしまった。そんなつもり全然なかった。好きかもって思ってたけど、この旅行でとか何にも考えてなかった。ただただ旅行して一緒に遊んだら楽しいとしか考えてなかった。

 なのに、普通に、当たり前みたいに一線をこえてしまった。


 ちらっとシロを見る。今日は猫になっていなくて、猫耳娘のままだ。私のすぐ横で布団に入っていて、むきだしのga白い肩が見える。色っぽい。

 好きだ。もう誤魔化せないくらいには好きだ。うん。ちゃんと恋愛感情と言うか、性愛と言うか、そう言う意味でも好きだ。考えたらシロとちゅーしてた時点で他の誰かとシロがそう言うことするとか許せないし、独占欲めちゃくちゃ持ってたし、とっくにシロのこと特別に好きだった。

 ……私、めちゃくちゃ下衆じゃない? 下心ありありなのに全然家族愛みたいな顔してシロにセクハラしてついに手を出して。こんなの駄目でしょ。せめて今からでもシロにぶちまけて謝らなきゃ。


 ああーっ、でも怖い! シロはなんて言うのかな。言ってもここまで許してくれたんだし、シロもちょっとは私にそう言う意味でも好意持ってくれていて満更でもないのでは? だとしたらちゃんと反省すれば普通に恋人になれる可能性が?

 いやいやそんな都合のいい話があるだろうか。いやでも、実際シロが体も許してくれてるのは事実だし、生理的に無理な相手にはしないでしょ。


「ん」

「あ」


 シロが起きた。目が合った。


「おはよう、茜」


 シロはちょっと照れくさそうにしながらも、ほがらかに笑った。う、うわー! 可愛い! 可愛すぎる! 浄化される!


「ごっ、ごめんなさい! ごめん、シロ、ほんと、ごめんね!」


 なんだかその笑みを見た瞬間、脳みそがパニックになってしまってやたらに謝ってしまった。

 そんな私にシロは平然としていて、普通にくすっと笑っている。


「ふは、何を謝っておる」

「そ、それはその、昨日、とか」

「何も、謝ることなぞないじゃろ?」

「え? ……で、でも私、その、強引に」

「んんっ。そんなこと、わざわざ口に出さずともよい。……嫌なら、そう言うておる。別に、子供ではないのじゃから、こう言うこともあるじゃろ」

「え……」


 シロは起き上がると咳ばらいをして、何でもないみたいに私に背を向けて鞄に向かい、服を着ながらそうさらっととんでもないことを言った。


 え? ど、どういうこと? 嫌じゃなかったってのはよかったけど、子供じゃないからこう言うこともあるって、え? ある? あるの? 大人のシロ的にはこういう、恋人ではないけど一線超えちゃう的なこと、ありなの?


「そ、それはその……これからも、あり得るってこと?」

「馬鹿者。そう言うことは、口にするでない。無粋じゃぞ」


 えー! あー! そうかー! そう言う、そう言う感じの考えなのかぁ……。

 あああああ、あーーー! 本当は嫌だったとか言われるよりは全然いい展開なんだけど、そんな気軽にしちゃっただけって、それはそれで複雑すぎる! シロも気があるのではって期待したのに!

 でも実際そういう訳じゃなくて、単に大人だから恋人関係じゃないけどそう言うのもありって言う、そう言う感じなのか。残念なような。でも……でも別にこれっきりじゃなくて今後もOKって言う、それはそれであり!

 うううううーん………とりあえず、告白する流れではないよね。だって一線をこえたって言ってもシロ的には全然そう言う意味じゃないのに告白しても、逆に謝られて気まずいだけじゃん。


「茜、いつまでその格好でいるんじゃ? それとも、昨晩では物足りぬと言うことか?」

「あっ、ち、違います! あー、お腹減ったなー! 朝食が楽しみだね!」


 めっちゃ複雑だし、恋愛関係じゃない方が長く一緒にいられそうだからやめとこって思えない程度にめちゃくちゃ好きって、それも前からそうだったって自覚させられてしまって、もう頭の中メチャクチャだけど、とにかく今は旅行を楽しむしかない!









 朝食は簡単なバイキングだ。たらことか大根おろしとか、我が家の朝食ではなかなか出てこないものがいっぱいあるのでとっても楽しい。

 シロと向かい合って食べているだけで意識してしまいそうだったけど、なんとか食後の歯磨きを終える頃には冷静になれた。


 今焦っても仕方ない。現状維持。それしかないのだから。まだシロの目が見れないけど。


「とりあえず、スキーするほど時間ないし、山を下りて街の方で観光しよっか」


 街の方にも大きな神社があり、そちらも結構な観光地だ。そっちはそっちのご当地料理もあるし、それはそれで楽しみ! 今回は電車だから、帰りの時間を忘れないようにしないと。


「神社の。日本人は昔から好きじゃったが、汝でも観光でお参りするんじゃな」

「あれ、気がすすまない?」

「いや。ただの感想じゃ。茜と一緒なら何でも構わん」

「うっ」


 やだ、好き。私のこと、これ以上惚れさせてどうする気!? あー、シロは何気ないんだろうけど、その表情もなんかすごい慈悲深くて好きだわ。


 シロにときめきすぎて挙動不審にならないよう気を付けながら、何とか神社に向かった。


「ほう、大きな鳥居じゃなぁ」

「だよね。木もおっきいし、歴史を感じるよねぇ」


 こういう巨大な自然物とかって、なんというか、見上げると自分がちっぽけなものだって思わされて、私の悩み何てちっぽけなものだなって思わされるよね。マイナスイオンに心洗われるって言うか。

 そんな鳥居をくぐって通過し、本殿の前でお金をいれてお祈りをする。

 シロと一緒に幸せに過ごせますように。と。


「……」


 ちらっと横で熱心にお祈りをしているシロを見る。うーん、とってもプリティだし、昨夜のこと思い出しちゃうな。心は洗われてないな。


「さて、じゃあ、ついでだしおみくじとかもしよっか」

「そうじゃな」


 おみくじをして二人とも大吉なのはいいのだけど、大吉でも内容結構違うんだね。恋愛運、微妙だった。学業とかどうでもいいんだよ! 


「シロ、あっちに結ぶと悪い結果はよくなって、いい結果は実際になるんだって」

「ふむ。そういうものなのか。よかったの、大吉で」

「うーん、まあそうだね」

「なんじゃ? 思わしい結果ではなかったのか? 一番上が大吉かと思ったんじゃが」

「大吉なのはいいんだけど、内容とかあるしね」

「ふむ? どれじゃ?」


 最初に見せあったけど、内容まではちゃんと読みあってないからかシロは私のをまじまじと覗き込んできた。

 あわわ、余計なこと言っちゃったかな? 恋愛運が欲しいって今言っちゃうと、気持ちがばれちゃうようなものでは?


「んー? わかりやすく悪いのは恋愛運くらいじゃが」

「……」

「なんじゃ、恋愛運が悪いから気に食わんかったのか? くふふっ、茜は本当に、可愛いやつじゃの」


 他のは悪くても頑張れば叶う系だったせいか、一発で見破られてしまった。反応に困ってしまった私に、シロには全てお見通しみたいで笑って頭を撫でられてしまった。

 手を伸ばして一生懸命撫でてるシロの方が可愛いってーの! って言いたいけど言えない! なんかめっちゃ恥ずかしい!


「い、いいから結んで、お守り買おうよ!」

「ふふ、わらわが恋愛守を買ってやろうか?」

「じ、自分で買います!」


 ていうか、シロわかってるの? この場合の恋愛成就って、シロとの関係がそうなりたいってことなんだけど!? なんでそんな普通にからかってるような、余裕気な態度なの。もしかして私の気持ちとっくにバレバレってこと!? その上で昨日のあれで恋人ではないとか、もてあそばれてる!?


 私は悔しいからシロの前では何とか平静を装ったけど、それすらばれてる気しかしないまま、観光地を遊んだ。


 そして電車にのって私たちはその夜、家に帰った。たった一泊の旅行だけど、想定外のこともあったし、普通に一日はしゃいだのもあってなんだか家につくと途端にどっと疲れがでてきた。


「うー、疲れたー」

「そうじゃな。風呂に入って、今日はもう寝てしまうかの」

「そうだねー」


 お土産を整理しながらお風呂をわかし、さっさとお風呂にはいって疲れを……


「ん? なんじゃ? まじまじと見て」

「な……なんでもないですよ?」


 いや、普通に入っちゃったけど、さすがに昨日の今日でシロの裸は刺激が強すぎるでしょ!


「にゃはは、なんじゃー、照れておるのか?」

「て、て……照れるに決まってるじゃん! むしろなんでシロは平然としてるのさ!」


 そんなことないって言おうかと思ってけど、誤魔化せるわけないので逆切れ気味に尋ねると、シロはにやにやと楽しそうにからかっていた顔から、どこか呆れたようになってしまう。


「と言われてものぉ、昨日まで一緒に入っておった癖に」

「そうだけどさぁ……とにかく、今は無理なの! 先にあがる!」

「待て待て。なら目をつぶっておれ。わらわが洗ってやろう」

「……お願いします」


 それはちょっと、ずるいじゃん? その誘惑はさ、跳ね除けられないじゃん?


 この後体も頭も洗ってもらったし、ついでに体も拭いてくれた。心地よすぎた。

 正直に言うと、いやらしい気分にはなったけど、お風呂からあがると心地よさと単純に疲れてたのもあって眠気がわいてきた。

 本来なら体は寝なくても大丈夫なはずだけど、人間の感覚が抜けないからか普通にしてたら普通に毎日眠くなるんだよね。


「んん……疲れたね、シロも疲れてるのにありがとう」

「いや、かまわん。たまには楽しかったぞ」


 寝室に直行するとシロは私をベッドに入れて寝かしつけるようにしながら優しく微笑む。


「じゃあ、寝よっか。おやすみなさい」

「うむ。そうじゃな。おやすみ」


 目を閉じる。シロの体温をすぐ傍に感じる。……眠い。もちろん眠いのだけど、いや、その、そんな目の前にシロがいたら落ち着かない。


「……、」


 シロに背中を向ける様に寝返りをうった。目を開けても目の前にいないだけでずっと気持ちは落ち着く。よし。これでなんとか寝よう。

 それにしても今日一日あったのに、表面は取り繕えたけど全然落ち着けないんだもんなぁ。恋愛に耐性なんかないとはいえ、さすがにこれは、我ながらちょっとダメダメすぎる。恥ずかしい。シロが好きすぎて目一杯になっちゃってるよなぁ。


「……ん」

「……」


 さすがにまだ寝ていなかったらしいシロが起き上がったのが気配でわかって、思わず目を開けた私の視界にはいらないまま、肩に手がかかり頬にちゅっと温かいものがあてられた。


「……」


 そしてシロはすっと離れて、また隣に転がった。


「……いや! 寝れるか!」

「どうしたんじゃ、茜? 寝るのではなかったのか?」


 我慢できずに起き上がり、その勢いで掛布団を放り出してシロに覆いかぶさる私に、シロは閉じた目を片方だけ開けて、楽しそうに笑いながら問いかけてくる。


「どうしたもこうしたも! 寝れるわけないでしょうが! もー!」

「夜も遅いと言うのに、元気じゃの」

「そうだよ、だって吸血鬼なんだから。夜はまだこれから。シロのせいなんだから、シロにも付き合ってもらうからね!」

「そう言うつもりはなかったが、まあ、構わんぞ」


 私のキレ気味の主張に、シロは笑って両目とも閉じて、ちょっとだけ顎をあげた。私はそれに噛みつくようにキスをした。

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