第23話 無言の催促

 もう12月だ。シロとの生活も三か月目になるのかと思うと、あっという間だ。まだまだ足りないとは言え、多少は現金の振り込みもあったことで生活する心に余裕がでてきた。

 まあ切羽詰まってはいなかったけどね。最悪野宿可能で死にはしないから。でもほら、やっぱ人間らしい生活したいからね。


 最初のころめっちゃ張り切ってたのは本当。動画編集中はシロをなでなでする大義名分もあるし、達成感あるし自分の絵ペースだから、普通の仕事よりは全然楽しいっちゃ楽しいけどね。

 まあとにかく、金銭的にちょっと余裕ができたわけだ。実は親からも、シロの身支度が必要だろうし、私が助けてもらったお礼と言うことでちょっとした支援があった。これで数カ月余裕だ。うん、まあ、どっちが精神的余裕により貢献したかは伏せるけど、とにかく懐は温かい。

 と言うわけで


「さすがに寒くなってきたし、本格的なシロの冬服買おっか!」

「ん? 別にいいじゃろ。汝の服があるんじゃから困っておらんし」


 シロの服は元々日除けの為に長袖長ズボンだし、サイズが違うとは言えコートだけなら私のを着ておけば防寒してるのは見てわかるから、街中で浮くことはない。今まではそうしてきた。

 でもそんなの、可愛くないじゃん!


 シロにはシロにしか着られない可愛い服を着て、可愛いおしゃれをしてほしい! サイズブカブカなジャケット着てるのもそれはそれで可愛いけど! お金があるのにケチる意味ないでしょ!


「サイズということなら、冬の間は外出時にわらわが大きくなればよいのではないかの?」

「やだやだやだぁぁ! 可愛いシロちゃんとお出かけしたいのぉぉ!」


 もっともな理由を説明したのに大人の対応をしてくるシロに、私は子供の対応としてソファに寝転がって駄々をこねた。

 シロの大人姿が悪いわけじゃないけど、やっぱりなれないし一緒に出掛けてもいつもより距離をとってしまう。それにシロだって自然体の方が過ごしやすいでしょ? これはシロのためでもあるのだ。なので全力で駄々をこねる所存。


「こ、子供か……。わ、わかったわかった。わかったからやめよ」

「ほんと? わーい!」


 さすがシロ! それでこそ恥をしのんで駄々をこねたかいがあると言うものだ。

 私は起き上がってシロを抱っこする。赤ちゃんをあやすようにゆすりながら喜ぶ私に、シロは呆れたようにため息をついた。


「まったく。……茜は、わらわのこと好きすぎじゃろ」

「ふふーん、そうだよ、だーい好き。いいでしょ?」

「まあ……よいが」


 シロは私の腕の中でやれやれと首を振りながら、私の腕に前足をのせてにぎにぎしている。なにそれ、可愛い。手がふさがってるから動画取れないのが残念だ。


 しばしそんなシロの可愛さを堪能してから、早速お出かけすることにする。


 平日の昼間からお出かけする快感、たまらんなー。


 シロの戸籍問題はひと段落ついていて、住民票だってとれるようになっている。とは言え身分証見せて、と言われて出せる気軽さがないので、せっかく勉強してるから原付の免許取ろうかなって話にはなってる。健康保険ははいってないし。すすめられたけどさすがにね、絶対必要ない物だし。


 日傘をさしながらシロと歩く。冬に日傘は少数派ではあるけど、だからって注目されるレベルではない。この点だけでも田舎に戻らない理由になると言うものだ。

 まだ冬と言い切るには息が白いわけでもないけど、風が強いのでしっかりしたジャケットがないと身をすくませてしまうだろう。


「シロ、寒くない?」

「馬鹿なことを聞くでない。汝も寒くはないじゃろ?」

「そうなんだけど、見た目ちょっと寒そうで。やっぱ分厚い方にした方がよかったって」

「これから買うなら試着しやすいよう、脱着しやすい服がよいと、以前汝が言ったんじゃぞ」

「それは気温が適温な時の話ー」


 10月の短い秋の快適な気候の時期と一緒にしてはいけない。まあまだ今ならギリ、寒さに強い人扱いでセーフだろう。ダウンはまあ大きくてもいいから買わなくてもいいけど。そうだなぁ、シロならやっぱり、ダッフルコートかな。ぜっっったい似合う!

 あとセーターかな。マフラーは私ので、いや、私無難なのしかないし。あ、あと靴。年中スニーカーでも問題ないっちゃないけど、ブーツって言うオシャレも楽しみたいよね。

 本当に寒いわけじゃないから、防寒対策として裏起毛のズボンとかヒートなインナーを買う必要はないし、ビジュアル重視で選んでいいんだよね。それってめっちゃ楽しいよね!


「茜はいつもご機嫌じゃな」

「え? んー、まあ、シロと一緒だしね!」


 元々前向きな方だと思ってるけど、それでも仕事をしてれば理不尽な目にあったり、疲れてもう無理―ってなることはある。さすがに毎日ハイテンションの楽しい日々! なんてことはない。

 でもシロと一緒に生活しはじめて、吸血鬼になってから人生はバラ色と言ってもいい。好きなだけ気の乗るままお仕事(編集作業)をしても体は疲れないし、内容も色々考えたり工夫したりはあるけど基本楽しいし、何より夢にまで見た可愛い猫(シロ)との生活なのだ。これでご機嫌にならない人いる?


「そ、そうか……ほんに、物好きなやつじゃの」

「なーに言ってるの、謙遜もそこまでいくと嫌味だよ? 実際動画でもシロ大人気なんだから。一緒にいられる私はみんなの憧れの的と言ってもいいよ」


 ちょっと照れたようにしつつシロはまだまだ自分に自信がないみたいなので、ちょっと大げさなくらいに言ってあげる。と言っても視聴者さんからしたら事実だと思うけど。

 それにしても、二人とも日傘をさしているので抱きしめてこの思いを伝えられないのが残念だよね。やっぱ吸血鬼も不便なとこはあるんだよね。


「よ、よくそんなことが言えるの」


 シロは目を見開いてからぷいっと顔を背けて傘に隠れてしまった。はー、伝えたいこの愛。


「いいじゃんべつに。さー、もうすぐ目的地だよ! めちゃくちゃ試着してもらうから覚悟してね!」

「ほどほどに頼む」


 もちろん、めちゃくちゃ来て貰ったしいっぱい買った。これでファッションショーもして動画にするから! とお願いした。シロは真面目だからお仕事となると聞いてくれるんだよね、ほんとに可愛い。もちろん実際にそうするけどね。









「はい、おっけー!」

「……」

「シロ―、お疲れ様! まあまあ座ってよ」

「うむ……」


 家に帰ってめちゃくちゃファッションショーをした。カメラの目ではしっかりと笑顔をつくってくれたシロだけど、終わった途端明らかに疲れた顔になったので、ソファに座らせ軽く肩をもむ。


「いやー、お客さん、こってますねー」

「別にこってはないじゃろ。肉体的には疲れておらんしの」


 シロはそう言うとぽんと猫になり、私の膝にのってきた。よしよしと撫でてあげると、シロは目を閉じて手の平に顔を押し付けてくる。

 体は疲れなくても、普段のんびりしているシロだから、午前に買い物して、午後に撮影と言う家でのんびりする時間がないスケジュールだと気づかれしちゃったんだろう。

 ごめんね、という気持ちと、心が疲れた時に私に甘えてくるの可愛すぎるな。と言う気持ちから。私は足は動かさないようにしながら上半身を左右に揺らして身もだえた。


「何をくねくねしておるんじゃ」

「んふふふ、シロが可愛くてー」

「ふん、いつものことじゃな」


 つんといつも通りのクールな返事だけど、尻尾はシロの体に添えてる左手首にくるりと巻き付いてきて、全身で甘えてきてくれている態度が可愛すぎる。


「今日はちょっとハードスケジュールだったよね、ごめんね」

「構わんよ。今までのわらわが怠惰な生活じゃったから、ちとギャップで疲れただけじゃ」

「怠惰なんて、シロは別に働かなくても生きていけるのに、私に合わせてくれてるだけじゃない。むしろ真面目で勤勉で努力家だと思うな。いつもありがとね」


 そう言いながらシロの頭を撫でて耳が出て首まで手が降りたところで、ぱちっとシロは目を開けて、私を見上げて微笑んだ。


「別に、合わせているわけではない。わらわも、今の生活を、気に入っておるよ」

「ふふ。そっか。私もシロと一緒で毎日幸せだよ」

「……そこまで言っておらん」


 その優しい笑顔に嬉しくなったのに、シロときたら自分で言って恥ずかしいのか顔をそらしてしまう。私の手首をつかんだまま尻尾の先でちょっと叩いてくるの可愛い。


「シロはほんとに可愛いなぁもお、そんなに可愛くして、どうするつもりなの」

「何を言うとるんじゃ、ほんとに、阿呆じゃの」


 右手をおろしてシロを抱っこする。持ち上げるとシロは尻尾を離して私の太ももにおとした。地味にズボン越しに尻尾の感触が伝わってきてくすぐったいのが気持ちいい。

 そのままぎゅっと抱きしめて、後頭部に顔を埋めるようにしてちゅーをする。


「んー、シロは匂いもいい匂いで好き」


 ふすー、と鼻息でシロの毛が揺れた。ちょっと恥ずかしくて耳先にもキスして誤魔化す。


「……ん」

「ん?」


 顔を離すとシロは私にお腹を掴んで抱っこされて手が前に飛び出てる姿勢のまま振り向いた。それはいいのだけど、何故か目を閉じている。下から見上げてくるシロは可愛いけど、何だか意味ありげに促されていて首をかしげる。


「……ん!」


 え、なんかわからないけど、しかめっ面になられてしまう。目を閉じたままで、ん? なんか既視感あるような? あ! そう言えばこの間酔っ払った時もこんな感じだったな。その時はちゅーで誤魔化したんだけど、今は別に酔っ払ってないし、んー、わからん。


「ん、シロはちゅーしたくなっちゃうほど可愛いね」


 わかんないので前回と同じように口にちゅってしてみた。寝てたのかな? と思ってたけど、実際は普通に起きてたし覚えてた可能性に賭けた。


「……」


 あれ? 怒られはしなかったけど、普通に無視して前を向かれてしまった。

 一瞬違ったかな? と思ったけど、違うならそれならそれで反応があるはずだ。


 と言うことはあってるのかな? で、あってるけど恥ずかしいから黙っちゃったと? それなら前回、何事もなかったようにしてるからちゅーしたのはシロは覚えてなくて本意じゃないのかと思ったけど、あれも単に照れくさくて何でもないふりをしてたって説明できるし。


「シロ、もっかいちゅーしていい?」

「……馬鹿者、わざわざ、聞くでない」

「えへへ。シロー、大好き」


 どうやら正解だったみたいだ。頭にちゅーされた流れで、もっと甘えたくなって口でちゅーしたい気分になったってことなのかな? シロはほんと、可愛いなぁ。

 私はシロにたくさんキスして、お腹もなでなでして存分に堪能した。シロの肩を揉んだり労わっていたはずが、いつの間にか私が骨抜きにされていた。さすがシロ、魔性の女の子だね。好き。


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