第22話 お酒を飲むぞ

「あ、おつまみ忘れてた」


 家に帰ってゆっくりできるようソファについてグラスに注いでから、今更私は自分のミスに気が付いた。何にもなしに飲むわけにはいかない。胃にものは入ってるし、ポテチでもいいのかな?


「ポテチでいい?」

「わらわは作法を知らん。汝に任せる」

「また作法とか大げさな。じゃあポテチね」


 ポテチをひっぱりだす。コンソメをパーティ開けして一枚つまむ。


「うま。もう夜中なのにポテチとか、まじで背徳の味だよね」


 吸血鬼だから虫歯にもならないし太らないよね? 最高だな、吸血鬼。


「背徳の味て。まあ、汝が楽しいならよいが」


 シロは呆れた顔になりながら、ポテチを一枚普通につまんだ。

 シロにとってはむしろ今まで夜行性な生活だったから、夜中なのにーみたいなのはないのかな?


 グラスに注いだ赤いワインはぶどうジュースみたいでとっても美味しそうだ。匂いもなんだかいいね。期待感あがる。

 足もない普通のグラス。実家から持ってきたいつから使ってるか思い出せない下の方にだけピンクの水玉のあるグラス。色味があってて可愛い。

 シロもグラスを持っている。家に入るとすぐに元の白い小柄な姿に戻っている。好きに変化できるとはいっても、やっぱり一番楽で自然な元の姿と言うのがあるんだよね。


「とりあえずちょっと飲んでみようか。初めての夜に、かんぱーい」

「う、うむ。かんぱい」


 シロとちーんとグラスをあわせて乾杯してから、そっと口に含む。


「……」


 なんか、ちょっと、渋い? うーん。ぶどうジュースだと思って飲んだから、甘くないしあんまり美味しくない。吸血鬼になって味覚が多少変わったとは言え、べつに好き嫌いが変わるわけじゃないよね。好きな料理は好きなままだし、不味いものは不味いと感じるみたいだね。

 そして思ったより度数は高い。一気に口に入れちゃったのをそのまま飲み込んだけど、ちょっとくらっとした。瓶をとって度数を確認する。うわ、私のレモンチューハイの倍くらいある。


 どうやら吸血鬼も酔うのは酔うみたいだ。ペース考えないとまずいね。考えたら昔から神様や化け物の人ならざる者のお酒で失敗エピソードめっちゃあるもんね。


「シロ、どう?」

「うむ。思ったより美味いの。果実のような匂いもよいし、酸味と、なんじゃろうもったりしたような、何と言い表すのかわからんが、美味いのぉ」


 シロはとろんとした目になってとっても美味しそうにそう言った。気に入ったならよかった。シロはお酒に強いのかな? 私はもうワインいいや。

 すぐ飲み切ってしまったので、おかわりをそそいであげる。


「よかったよかった。おかわりどうぞ。でもあんまり一気に飲まないでね。酔っちゃうから」

「うむ。そうじゃな」


 頷いて舐める様に口を付け始めたシロに、私は自分の分として買っておいたレモンチューハイをあける。缶なのでプシュっといい音がした。

 そう言えば最近のワインって、瓶なのにコルクとかじゃなくて普通に蓋なんだね。フィルム開けてから気付いたけど、よく考えたらコルク抜きないから助かった。


 しゅわしゅわと注いだら、ちょっとだけ底に残っていたワインが滲んでかすかにピンクっぽい。可愛い。


「んー、おいし」


 普段酸っぱいの苦手だけど、レモンチューハイは爽やかでちょうどよくて美味しいんだよね。レモネードみたいで美味しい。レモネード飲んだことないけど。

 それにこのくらいのアルコール度数が私にはちょうどいい。ちょっとほろ酔いしてきた、くらいが心地いい。缶チューハイ二杯くらいが私の適量だ。缶チューハイもお家のグラスだと一つで二杯くらいあるし、十分楽しめる。


「あ、念のためお茶用意しておくね」

「にゃー」


 シロは猫耳をぴくぴくさせながら鳴いている。可愛い。頭を撫でてから立って、台所からチェイサー代わりにお茶ポットと別のグラスも用意して戻る。


「はい、お酒飲んだら、同じだけ別の水分とるのが悪酔いしないコツだよ。飲んでー」


 シロにお茶をいれて渡す。シロは受け取ってくぴっと一気に飲み干した。


「おー、いい飲みっぷり」

「にゃふふ。酒を飲むのは初めてじゃが、いい気分じゃ」

「よかったー、じゃあ今度、お酒飲みながらの配信もいいね」

「そうじゃなぁ」


 シロはあいまいな相槌をうちながら、ポテチを一枚食べて、またワインに戻る。私も一枚。

 ていうか、適当に開けたけどワインとポテチってあうのかな? チューハイにはちょうどいいけど。


「うにゃ。ちと、酔うてきたの」

「もう二杯飲んだの? ワインの度数高いし、今日のところはそのくらいにしたら?」

「ううむむむ」


 シロは飲み干したグラスを名残惜しそうにつついてから、ぐいっと私に肩をぶつけ私を向いた。ちょっと赤くなった、どこか焦点のあってない顔はなんだか色っぽい。


「……」

「な、なに?」


 じっと見つめられて思わずソファにもたれてちょっと身を引きながら尋ねる。

 中学生みたいだって思ってたけど、こういう顔を至近距離で見ると、やっぱ年上なんだなって思うし、ちょっとドキッとしてしまう。


「……別に」


 シロはぷい、と急に顔をそらすと猫になった。そして私と顔を合わせないまま膝にのってきた。

 なんだ、甘えたい気分だったけど言うのが恥ずかしいってことなのかな? もー、ほんとかわいい! そっけない返事しちゃってもう!

 私はシロを抱きしめてわしわし撫でながら頭にちゅーする。シロはくすぐったそうに尻尾で私を叩きながら身を震わした。


「……茜」

「んー? なに?」

「別に、呼んだだけじゃ」


 くすぐったいからやめろ、と言われるのかと思ったら、呼んだだけってなにそれ、かわいー。と思ってからはっとする。

 え? 今名前呼んだ?


「し、シロ?」

「なんじゃ、茜」


 私の名前を呼んだことなかったシロが、私の名前を呼んだのだ! 別に深い意味なくて呼ぶ切っ掛けないだけだったと思うけど、なんか感動した!


「シロ―! 愛してる!」

「にゃあぁ、大げさに騒ぐでない。わざわざ、口に出すことでもなかろう」


 ぎゅっと抱きしめるとシロはツンとした口調でそう言う。もう、言葉は冷たいんだから。でもでも、言葉にしなくてもいいってことは、言わないけどシロも私のこと大好きってことだよね!?


「もー、可愛いぃ」


 お酒でほろ酔い気分なのもあって、シロもいつもより素直になってくれたのかな? だとしたら思い付きで大成功すぎる。

 私も久しぶりのお酒で気分がいいし、これからは定期的に飲み会を開いてもいいかもしれない。

 シロを抱き上げて頬にちゅーしては鼻にちゅーしてお腹に顔をうずめる。あああ、ふかふかもふもふだぁぁ。


「や、やめんか。茜がわらわを、その、好んでおるのはわかるが、その表し方にも、作法と言うのがあるじゃろうが」

「ん?」


 なんか変なクレーム入ったな。仕方なく顔を離すと、シロはなんだか怒ったような雰囲気で私の抱っこを振り払い、膝の上で前を向いてお座りして顔をそらしてしまった。

 えー、お酒入ってるから頭回らないんだけど。表し方? 好んでいる? 私がシロの事だーい好きな表し方、あ、愛情表現にしてもやり方があるでしょって言いたいのね。つまりお腹に顔をうずめるのはさすがに愛情表現としても駄目ってことか。


「えー、駄目? 私作法とか苦手だもん。わかんないよー。シロがただ好きなだけなのにー」


 でも負けない。どさくさに紛れてついにお腹に顔をうずめたのだ。今後どんどんやっていきたいに決まっているので駄々をこねる。


「……阿呆。駄目とは言っておらんじゃろ。作法があると言うておる」

「えー? 全然意味がわかんない」

「……ん!」

「んー?」


 シロはむすっとしたまま顔だけ振り向いた。顎をあげてしかめっ面、だけど目を閉じて何かを示している。わからん。目を閉じて胸に手をあてて考えろってこと?

 誤魔化す為に、机に手を伸ばしてグラスをとって中身を飲んだ。うーん、美味しい。一気に飲んだから、ちょっとくらくらする。そしてシロの胸に手をあてる。体を捻ってる分、毛の流れがより感じられてきもちい。とくとく心臓動いてるのも可愛い。


「……」


 シロは黙ったままじっと私を見上げている。目を閉じて、お澄ましさんみたいな可愛い顔しちゃって、もー。


「しろ、すーきっ」


 あんまり可愛い顔を向けているので、ちゅっと正面からちゅーしてみた。愛情表現の作法とかわかんないけど、とりあえずちゅーしたかったからしょうがない。


「……」

「んー?」


 これも怒るかと思ったけど、意外にもこれには黙っているので、そのまま抱き上げて頬ずりする。うーん、ちょっとお酒臭い。

 でもどうやらちゅーは口でもよかったみたいだ。遠慮していたのに。もしかして、口にちゅーもせずに体にちゅーするんじゃない、順番があるでしょってことだったの?

 うーん、その作法全然わかんないけど、さすがの私も普通の人相手に愛情表現でお腹に顔をうずめたりしたことないからわからん。

 ていうかこんなん、吸血鬼で猫で可愛いシロだからの特別表現だし、他の比較ないわ。


「んふふ。シロー、好きー」


 と言うことでもう一回ちゅーして抱きしめた。今ならお腹もいけそうな気がしたけど、なんか眠くなってきちゃったので、私はシロを抱きしめてそのままソファに丸くなった。


 んあー、シロ、いい匂いであったかくてきもちいい。もふもふ。ふかふか。ふわふわわー。








「……」


 目が覚めた。適量だったので二日酔いにはなっていない。でも、あー、ちょっと勢いで、欲望を開放しすぎた気がしないでもない。

 だってずっとシロのお腹に顔をうずめたかったんだもん! でもさすがにさぁ、家族でもそれはしないし、セクハラっぽいし、遠慮してた。


 なのに、なのに私は! でもだって! シロが私の名前呼んでくれたし! 好きって言ってくれたし(言ってない)!


「んにゃ」

「あ、お、おはよう、シロさん」


 腕の中のシロが身じろぎして目覚めたようで、私は慌てながら挨拶する。顔を洗うシロは起きあがる。


「にゃ? なんじゃ、起きておったか」

「う、うん」

「茜、なにを変な顔しておるんじゃ? もしかして二日酔いと言うやつかの?」


 軟弱じゃのぉ、とシロはくつくつ笑った。

 名前を呼んではくれたけど、なんかめっちゃ普通だ。もしかして途中から覚えてない感じなのかな? 考えたら目閉じてたし無反応だったし、目を閉じてたの、寝てたのかな?


 よし、セーフ! そしてこれから飲み会の度にお腹に顔をうずめても許される! 完全にタチの悪いセクハラだけど、私たち家族だからセーフだよね!? シロも別に作法とか言ってたけど嫌とは言わなかったもんね!?


 こうしてシロの初飲酒は無事に幕を閉じ、絶対配信するのはやめとこ、と決意する私なのであった。

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