第二十話 金剛離脱

 蛍宮に到着すると、薄珂はぽかんと口を広げて呆然としていた。

 入国する門は顔が空と平行になるほどに見上げないといけない高さで、通行証を確認するための待合室だけでも慶都の家の三倍はあった。しかも天井から眩い光がこれでもかと放っていて、太陽と蝋燭で生活していた薄珂の目はちかちかとくらむ。


「……蛍がいっぱいいるの?」

「人間の『電気』という技術ですね。夜でもずっとこの明るさなんですよ」

「夜も!?」


 待合室には旅行者や行商人、役人、武装した警備兵などがひしめき合っている。常に明るく照らされるうえこんなに人目があるのならこっそり誘拐なんて到底無理だろう。まるで異世界にきたような感覚だったが、現実へ引き戻すように金剛がとんっと肩を叩いてきた。


「薄珂は先に入って白那を待て。俺は外を回ってくる。立珂がいるかもしれない」

「そんな! 危ないよ! まずは刑部へ行こう!」

「だが時間が惜しい。それに自警団は入国許可がないからどのみち入れん」

「途中までは入れるんでしょ? そこで待とうよ」

「じっとしてられん! 立珂は里の子。息子同然だ! 立珂のためなら今できる全てのことをする!」


 薄珂の目にじわりと涙が浮かんだ。金剛の言う通り外も見るべきなのだろうけれど、今金剛がいなくなることはたまらなく不安だった。けれど立珂のためなら――その言葉を胸に刻み、薄珂は目を閉じ新呼吸をした。


(そうだ。できること全てをやらなきゃ)


 薄珂はきょろきょろと周辺を見回した。多数の警備兵を無理矢理突破したならとっくに大騒ぎだろう。だがそんな気配は微塵もないし会話もろくに聴こえない。聞こえるのは審査を待つのに疲れた子供の不満げな声ばかりだ。

 俯き考え込むと、ふと胸元で揺れる立珂の羽根飾りが目に入った。長さは手のひらの倍以上もあり、天井から降り注ぐ灯りよりも眩しいそれはどこにいても目を引くだろう。


(立珂をこっそり連れ歩くのは絶対に無理だ。荷物に偽装して積み込むしかない)


 外へ視線を向けるが船はまだ無いようだったが、船が付くであろう辺りには荷物を積んでいる小さな船が停まっている。それを囲むようにたくさんの馬車が停まっているて、それらは天藍が教えてくれた本人証明の札を立てて売買しているようだった。


(あ、そうか!)


 薄珂はくるりと金剛を振り返った。金剛は自警団員とどう動くかを相談しているが、薄珂はそれに割って入る。


「金剛は聞き込みをして。聞く内容は『大きな荷物を持ってる白髪の男を見なかったか』だ」

「うん? 何だって?」

「立珂は隠せても天藍の外見は隠せない。天藍を探す方が早いよ」

「だが奴は商人だ。その、なんだ。羽根だけ毟って正当に入国したかもしれんぞ」

「それはない。羽根は商標登録と本人確認が必要だから天藍じゃ売買できない。それに立珂は蛍宮国籍がないから国の船には乗れないと思う」

「う、うん?」


 学び始めて日は浅いが多少は知識も増えている。

 天藍に教えて貰った内容もそうだが、それを信じたのは第三者が執筆し世界的に販売されている公吠伝に記されていたからだった。

 公吠伝を読んで分かったのは明恭がどうやって有翼人の羽根を集めているかだ。世界各地から輸入をするが、それと引き換えに明恭から提供されるのは武力協力だという。

 逆を言えば契約を遵守しなければ明恭に攻め滅ぼされる可能性もあり、だからこそ有翼人の羽根に関する売買制度は世界共通として成立している。


(有翼人の扱いは蛍宮よりも明恭側の方が慎重なはず。違法を見逃すなんて両国に損失。検問は絶対にある)


 金剛は薄珂の説明をまだ考えているようだったが、なるほど、と頷いたのは孔雀だ。


「その通りです。ですがもう少し考えて動きましょう。審査待機所は誰でも入れますから」

「こんなぼろぼろの大人数で押しかけたら不審者扱いされると思うよ。なら金剛達は外側を探した方が良い。孔雀先生は俺と刑部に行こう」

「待て! そいつは裏切り者だ! お前と二人にはできん! 俺が連れて行く!」

「駄目だよ。こっちにも人質がいないと万が一金剛達が掴まった時に危険だ。それに俺が『助けて』って叫べば孔雀先生は掴まるんだ。制服の人がいない所には行かないようにするよ」

「は、はあ?」

「情報があっても無くても一刻したら戻って来て。その後はまた考える」

「……そうだな。分かった。そうしよう」


 その場の全員がぽかんと口を開き、視線で返事を求められた金剛だけがこくこくと頷いた。

 そして金剛は自警団全員を率いて船着き場が見える方へと向かって行った。一方であっけに取られていた孔雀は呆然と立ち尽くしている。


「よく考え付きますね。この土壇場で」

「だって自警団が信頼するのは俺じゃなくて金剛だよ。なら金剛の指示で動いてもらう方が良い」

「は……」


 孔雀はやはりぽかんとしていたが、薄珂にはもう一つ考えていることがあった。

 薄珂は金剛や自警団と行動を共にしたくないのだ。


(立珂さえ見つければ飛んで逃げられる。でも金剛たちが捕まってたらそれができない)


 誰かを守りながら逃げ回るというのは難しい。肉食獣人のように自由な手足があるのならともかく、鳥獣人は飛べるだけだ。飛ぶための羽は攻撃力にならないし爪が届く範囲はあまりにも狭い。ならばいっそ単独で行動をしたい。

 そんな思惑は知らないだろうけれど、孔雀は目を丸くしてゆっくりと頷いた。


「聡明ですね。それとも無謀なだけか」

「さあね。それより先生に聞きたい事があるんだ」

「私に? 何です」

「黒幕だよ。あなたの黒幕は誰?」

「何のことです? 私はただの医者。黒幕なんていませんよ」

「そうかな。だって妙だよ。今の状況は『天藍と先生が協力して立珂を誘拐した』だよね。これがおかしい」

「そうですね。私は誘拐の協力なんてしませんから」

「それはどうでもいいよ。妙なのは天藍が有翼人売買証明書を持ってたこと。あれって過去に売買したことがあるってことだよ。けど天藍は里に来てから一度も外へ出てないし枕も残ってた。つまり枕を作るより前に『誰かが天藍に羽根を渡す』って運用が完成してるんだ。なら里へ誘拐しに来る必要はなかったはずだ」

「それを私がやっていたと? 残念ながら私ではありません」

「それは俺もそう思う。だって先生が天藍の仲間なら誘拐の段取り悪すぎるもん」

「段取り?」

「誘拐なんて俺らが里に入る前にやるべきだ。怪我が治る前、金剛が寝てる夜にでも連れ出せばよかった。つまり最初から天藍と協力してわけじゃないんだ。多分先生と天藍を繋ぐ人がいて、里にいる先生とは連絡が取りにくかった。だから段取りが悪いんだ」

「それが黒幕ですか?」

「そう。あんたらは立珂が里にいては困る状況になったんだ。だから誘拐した。そうだろ!」


 薄珂は断言した。強く言葉をぶつけると、孔雀はぶるぶると拳を震わせ睨み付けてきた。


「馬鹿なことを! 君達は蛍宮へ行く気になっていた! 誘拐する必要はないんですよ!」

「……それが聞きたかった」


 いつも穏やかな孔雀とは思えない激情に驚いたが、薄珂は口角を上げ笑みを浮かべた。


「先生と天藍の目的は『立珂を蛍宮へ移動させる』ことだ。でも手段が違う。先生は有翼人専門医という言葉で自発的な移動を促したけど天藍は誘拐という強硬手段を選んだ。意見がぶつかったからどたばたになったんでしょ?」

「私が誘拐の手引きをしたと?」

「協力は求められたはずだよ。少なくとも最初から知り合いではあった」

「天藍さんは怪我で迷い込んだだけでしょう」

「多分そこから嘘なんだ。だって天藍て『人間が獣人の味方をするものか』って先生の手当を断ったんだ。人間になってる獣人と人間は見分け付かないのに何で先生が人間だって分かったの? 俺は最初分からなかったよ」

「……っ!」


 孔雀は眉をひそめて身構えている。まるで恐ろしい物でも見るかのような目で睨み付けてくるが、薄珂は力強く一歩踏み出した。


「黒幕は誰?」

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