第63話 野営の支度
男性陣が食料調達と周辺探査の為に海岸から続く林の中へ入って行ってしばらく、拠点づくりを任された瑠衣は、程良い石を選んで運んだり、木の枝や枯れ葉をひろって火をおこしたり、周辺に生えていた竹で器をつくったりしていた。
「瑠衣は起用ですわね。」
「慣れているだけですよ。竹を倒していったのは兄様ですし、私はただ整えているだけです。やってみますか?」
「そうね・・・興味はありますけれど、今は止めておきますわ。手を切って先生の仕事を増やしたくはありませんもの。」
「確かに、怒られそうですね。」
足が折れている為歩けない明日花は、関心した様子で瑠衣の作業を見つめている。
そんな2人の元に、萌生が大きな実を引きずりながら戻ってきた。
潮の島の海辺には、必ずと言っていいほど【
前世でいう、ココナッツの様なもので、中身がほぼ水分の大きな実。
ただ、無色透明なその水の味はよく言えばほんのり抹茶味の青臭い感じ。
非常時には生命線となるため重宝されるが、決して美味しいわけではないので、普段はわざわざ木に登って採るほどの価値はない代物である。
木登りにはあまり自信がない瑠衣の代わりに、木登りを買って出た萌生は、足場など無さそうな木をスルスルと登って、あっという間に実を採って帰ってきてくれた。
「ひとまずこのくらいで良いでしょうか?」
と言う萌生の足元には十分すぎるほどの実が転がっている。
これだけあれば、1週間くらい余裕で滞在できそうである。
「こんなに沢山ありがとうございます。丁度拠点も整ってきましたし、少し休憩にしましょうか。」
転がる実を拾い上げ、石を打って穴をあけて中の水を器の注ぐ。
出来上がったばかりの竹の器の出来も上々で、意気揚々と準備している瑠衣の横で、明日花が何ともいえない表情を浮かべているのに気づいた。
「もしかして、お二人は初めてですか?」
「いいえ・・・経験はしていますわ。ただ・・・苦味の後に残る何ともいえない青臭さというか・・・端的に言って嫌いですわ。」
「実は私も・・・背に腹は代えられないとはいえ、好んで飲みたい物ではありませんので尻込みしてしまいますね。採ってきておいてなんですが・・・。」
「分かります。私もこのまま飲むのは苦手ですよ。でも、暖めると少し味が変わるんですよ。」
火の中で焼いていた丸石を、水の入っている器に入れる。
ジュッと音がたつと、すぐに器から湯気が上がった。
火傷に注意するよう促しながら、器を萌生と明日花に手渡すと、まずは萌生が口を付ける。
驚いた顔の萌生が、明日花に頷くと、明日花も恐る恐る器を口に運んだ。
「私の知っている味ではありませんわ!」
「えぇ、独特の香りが消えて甘味が増しています。熱することでこのような変化が起こるとは知りませんでした。」
2人のキラキラした視線が眩しい。
こんなことで喜んでもらえるのなら、いくらでもアウトドア知識を教えてあげたくなる。
「不思議ですよね。【
「なる程。勉強になります。」
「潮領の事ですのに、知らないことがまだまだあるのですわね。」
「潮の領地には離れ小島も多いですし、島には島独自の取り決めがあったりしますから仕方ないですよ。でも、もしも明日花様が島の文化に興味があるのでしたら、身分を隠して見に行かれることをお勧めしますよ。その方が、本質が見えます。」
「覚えておきますわ!」
真面目に返事をする明日花の横で、萌生が「悪い顔になっていますよ」と苦笑したので、「くれぐれもお一人で行かさないでくださいね」と微笑み返しておいた。
「そうだ! お茶菓子にクッキーもいかがです? 妖精さんクッキーです。」
それは、仲良くなったコロボックル達が、帰り際に金平糖のお礼にとくれたもの。
「失礼ながら瑠衣様、小人族の食べ物なんて食べて大丈夫なのですか?」
「はい。使われているものは至って普通の材料です。それに、コロボックル違は自然を愛する妖精ですから、素材を選ぶ目が凄いんです! だからとっても美味しいですよ。食べる許可は、史郎さんにもとってます。機会があったらお茶のお供に出そうと思っていたので。」
「安心してどうぞ」と差し出すと、やはり先に萌生が確かめるようにクッキーを口に入れ、明日花がそれに続いた。
「美味しいんですわ!」
「お口にあって良かったです。こういう状況下で食べる甘いものって格別ですよね。」
「しかし、本来警戒心の強い小人族とも瞬時に仲良くなってしまったうえ、菓子まで頂いているとは・・・瑠衣様は本当に凄い方ですね。」
「いえ、たまたま持っていた金平糖を、コロボックルさん達が気に入ってくださっただけですよ。」
おかげで、折角の翔からの頂き物を全て取られてしまったのだけれども・・・。
「あぁ、でも、餌付けしたなんてことが知られたら、史郎さんにまた怒られるので、このことは内緒にしてください!」
「ふふふ。瑠衣は、翔よりも先生のほうが恐ろしいんですわね。」
「それはもう。史郎さんはあんな感じですけど、怒ると物凄く怖いですからね。その点兄様は、私にはいつでも優しいですから。」
「確かに。翔様は、瑠衣様一筋ですからね。」
「そんな事は・・・。そういえば、明日花様達、いつの間にか兄様と仲良くなりましたよね? 何かあったんですか?」
「仲良く・・・? なった覚えはないけれど、まぁ、少し誤解は解けたかもしれませんわね。呼び名も、好きに呼べって仰るから、もう翔って呼ぶことにしただけですわ。」
「そんなもんですか・・・?」
でも、さっきさらっと明日花の事を抱きかかえてたし。
まぁ、それは仕事だから当たり前なんだけれど、瑠衣以外にも穏やかに優しくする翔の姿を見るのは初めてだったから・・・
「嫌だ、瑠衣ってば。とったりしないですわよ?」
「へ!?」
「私たちはただ、瑠衣様に危害を加えない限りは殺さないと念を押され、承諾しただけですから。翔様は、瑠衣様一筋ですよ。」
「いや、別にそんな。怖がられる兄様が、人と仲良くしているのは良い事じゃないですか!! 優しい兄様を独り占めしたいなんて思ってないです。」
「思っていますのね。」
「思ってますね。」
「思ってないです!!!」
「瑠衣は本当に、翔が好きねぇ。」
「翔様が瑠衣様に過保護になる理由が分かる気がします。こんなに思ってもらえる妹君を、それは他所に出したくはないですよね。」
「あわわわわ。そんな、違いますって。それじゃ、私。兄様離れできない子どもみたいじゃないですか!!」
「・・・」
「・・・」
「何で黙るんですか!!?」
3人でクッキーを食べながら、しばしの休憩。
たわいない会話と甘いお菓子が、緊張や不安をほぐし、いつの間にか瑠衣をいじる方向へ向かっていく。
いじられすぎて、何だかどっと疲れたが、友達と恋バナでもしているようで時を忘れて楽しんだ。
「さて瑠衣様、あとは何をしましょうか?」
「そうですね・・・兄様達がそろそろ帰って・・・あれ?」
休憩を終え、動こうとした矢先、茂みの影に不自然な動きが見て取れた。
瑠衣の視線を追った萌生もそれに気づく。
雰囲気から何かを悟った明日花の「無茶はダメですわよ?」という囁きに頷いて、萌生と顔を見合わせ、コンタクトをとりながら、そっとそこへ近づいた。
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