第62話 鐘鳴り島

明日花あすか様!」

「騒がしいですわね。大丈夫と言っているじゃない!!」

「ですがっ!!」

「もういいから人を呼んできて頂戴。あなただけでは無理ですわ。」


 明日花の部屋から、泣きそうな萌生めいの声と、気丈な明日花の声が聞こえた。

 ただ事ではない様子に、瑠衣は翔と共に明日花の部屋へ駆けつける。


「あぁ、瑠衣様、翔様っ!! 明日花様を、明日花様を助けてください!!」


 青白い顔が震えながら差す視線の先では、明日花が棚と散乱した物の下敷きになっていた。

 そんな萌生も、顔や腕に怪我を負い、痛々しいほどの血を滴らせている。


「あら、あなた達ちょうど良かったですわ。悪いけど足が動かなくて、何とかしてくれませんこと!?」


 主人である明日花の負傷に動揺する萌生とは対照的に、ケロっとして言い放った明日花が、時々目尻を歪めながらも涼しい顔をしているところには、領主の娘の意地を感じられた。


 言われなくてもと、散乱しているものをどかして花明日花を救い出す。

 それと同時に、ゆったりと動いていた船が少しの衝撃と共に完全に動きを止めた。


「乗り上げたか・・・全員治療は後だ。外へ出る。お前は・・・歩けるか?」

「はい。私よりも明日花様を。」

「あぁ。瑠衣、肩を貸してやれ。」


 割れた部屋の窓から外の様子をうかがった翔は、すぐさま明日花を抱き上げて部屋を後にする。

 ふらつく萌生を支えながら瑠衣もその後を追いかけ船外へと出た。


 辺りを見渡すと、浜の奥で史郎が、怪我をしたレナルドの手当てをしているのが見える。

 そこへ合流して、各々怪我の具合を見て貰いながら話をすりあわせた。


 明日花達は、事が起こったとき、部屋でお茶をしていたのだという。

 ふと、窓の外に不審な影を見つけた萌生が外を確認すると一艘の小舟が併走するように海に浮かんでいた。


 不思議に思ったのもつかの間、その小舟に乗っていた男が、何かを投げつけてきたらしい。


 それは、窓の少し手前で爆発し、咄嗟に閉めた窓を割って船を大きく揺らした。

 爆風を直に受けながらも窓をおさえた萌生は、明日花に逃げるよう叫び、明日花も危険を察知し逃げようとしたが、船の揺れに上手く歩けず、転んだ所に棚が倒れてきたそうだ。


「うん・・・折れてるけど、大丈夫。ちゃんと治るし歩けるようになるよ。」

「私にもう少し力が合れば・・・申し訳ありません明日花様。」

「何を言っているんですの。萌生があの状況で最善をつくしたおかげで命拾いしたんですわ。全く・・・私の心配ばかりしていないで、きちんと治療を受けてほしいですわ!!」


 倒れた棚は、真正面から明日花を下敷きにしようとしていたらしいが、萌生が渾身の蹴りをいれたおかげで軌道がずれ、最悪の事態は免れたらしい。

 代わりに萌生は、中度の火傷と裂傷を負い重傷だった。


 治癒の許可が出たので、瑠衣が回復魔法で萌生の傷を治す。

 レナルドから受けた十字の傷も、もういらないからと一緒に治した。


 明日花の足の骨折については固定だけで、そのまま経過を見ることに。

 萌生は反対したが、明日花がそれを止めた。

 

 ちなみに瑠衣の傷については、何故か翔が担当し、刺さっていた破片を一つ一つ丁寧に取り除かれた後、軟膏と包帯で処置される事となった。。


「さて、警告文の通り本気で明日花嬢の命を狙ってたみたいだ。」

「あぁ。今朝は問題なかった家具に細工の痕跡があった。まだ何か仕掛けてあるかもな。」

「翔の目を出し抜けるなんて、ずいぶん優秀な事だね。なら尚更、しばらくこの島にいる他ないね。気は進まないけど、爆弾抱えた船に乗って漂流するよりは安全だ。」

「・・・あぁ。」


 なんでも、船長から史郎に渡された紙束は、水夫の裏切りの計画を知った船長からの警告文だったそうだ。


 計画が露見したことを悟った水夫は、頓挫させるよりも強硬手段に出たのだろう。


「あの水夫は、景虎かげとらが用意してくれたものだからね。初めから、ローランドで消せなければ、帰路で僕らを沈めるつもりだったんだろう。帰る途中で船が壊れ、操縦不能となり、一行は海に沈んだって事にでもするつもりかな? もし連れ去られたのだとしたら、船長の身が心配だね。」


 爆破のあと、史郎が操縦室へ行くと、すでにそこはもぬけの殻だったという。

 翔が書類を受け取って以降、船長の姿は小さな船の中で誰も見ていないらしい。


 船長をつとめたのは、領主の船の船長の先代父親

 引退して、そのつとめを息子に託すまで、数十年領主の船に関わっていた男で、彼が水夫の仲間裏切り者である可能性は低いのだそう。

 おそらく、船を操縦させないために連れ去られたのだろうと憶測された。


 しかし、この船に乗り合わせた客人が船の操縦が出来ることは水夫にとって誤算だった様。


 史郎がどうにか船の舵取りをしようとしていると、状況を把握したかったレナルドが操縦室に現れ、すぐに船の操縦をかって出た。

 おかげで船が海に沈む事は免れ、近くにあったこの島に漂着できたのだという。


「それで、ここはいったい何処なんですの?」

「この島は【鐘鳴り島かねなりじま】。潮領の端っこにある、忘れ去られた無人島だよ。」


 【鐘鳴り島かねなりじま】その名前に、瑠衣の心が少しだけざわついた。

 その島は、瑠衣と翔の産まれ故郷であり、両親が亡くなった島の名前なのだ。


 といっても、この島の事を、瑠衣は全くと言っていいほど知らないでいる。

 何故なら翔が話したがらないから。

 

 隣島の【海花島みはなじま】で、「鐘鳴り島からの厄介者」と言われて育ったため、名前だけは知っているが、それ以上のことは、翔も史郎も教えてくれていない。


「鐘鳴り島って・・・確か神の裁きが下された島ですわよね?」

「神の裁き・・・?」


 瑠衣の心のざわめきを、知らない明日花の言葉が瑠衣の好奇心をくすぐる。


 この機を逃したら、誰もこの島について教えてくれないかもと思うと、つい言葉を返してしまった。


「えぇ。以前はそれなりの島民がこの島に住んでいたらしいのですわ。けれどある時祀られていた悪鬼神の怒りを買って、一晩で全島民が亡くなったと、歴史資料に書いてありましたわ。確か・・・12年程前の事だったかしら。その夜、異変を察して駆けつけた警備隊の記録によると、島の上空は異様なほど真っ赤に染まり、幾重にも折り重なった死骸の中心で、血に染まる髪を逆立てた悪鬼神が緋に染まった目を光らせた後、空へと消えて行ったらしいですわ。」


 12年前と言えば瑠衣は3才、翔は8才。

 丁度その頃海花島へ移住したと聞いている。


 その神の裁きによって、両親を亡くし、島にも居られなくなったのであれば、幼い翔には相当な苦しみだっただろう。

 過去のことを話したがらない理由も頷ける。


『あれ? でも、両親が亡くなったのは兄様が7つの時だったような・・・というか、全島民が亡くなったってことは、生き残りがいないって・・・ん??』


「瑠衣。」


 明日花の話に少し考え込んでしまって、翔の声で我に返る。

 真横に立っている翔が、瑠衣にだけ聞こえるように静かに囁いた。


「その事はいずれ・・・いや、後で話す・・・」

「あ、いえいえお気になさらず。どのみち記憶がありませんから。」

「すまん・・・」


 気遣ってくれる翔に、ゆっくりと首を振って返しながら反省する。

 別に、自分の過去のことを知りたいわけではないのだ。

 翔が悲しい思いをするのなら、何も知らないままでもいい。

 

 ただ、この島に居る事で、翔が傷つかない事を祈るだけだった。


「まぁ。そうだけど。悪鬼神とはいえ一応神様だからね。必要以上に怖がる事はないと思うよ。争い無く平和にやっているところに、神の粛正は必要ないんでしょ。ってことで、しばらくはみんなで仲良くやっていこうと思うんだけど、その前に争いの種は潰しておこう。」


 そう言った史郎の視線がレナルドを指す。


「悪く思わないで欲しいんだけどね?」

「いえ、構いません。狙われたのが姫君であるのにも関わらず、狙った側の人間の部下であった私を疑わない人間がいたとするならば、それはとんでもないお人好しか、無能な人間かですよ。こちらが潮の領地ということであれば、私が行使できる権限もありません。あなた方の決定に従います。」

「話が早くて助かるよ。」


 「じゃぁ、そう言うことだから」と、史郎が皆に向き直る。

 

「本来なら明日花嬢に伺いをたてる所だけど、今回は決を取ろう。さて、皆はレナルドをどう見てる?」

「信用しない。その辺にくくりつけて獣避けにでもしておいたらいい。」

「でも兄様、レナルド様は船をここまで着けて下さったんですよ? そんな無碍にしなくても・・・」

「だから何だ。いいか瑠衣、刺客はってのは身を切ってでも相手の信頼を勝ち取る。確実に息の根を止めるためにだ。この状況で赤の他人を信用することは死に直結する。」

「それは、そうかもしれませんが・・・でも、レナルド様はそんな人じゃありませんよ。・・・多分・・・」


 翔の言うことは尤もだ。

 けれど、レナルドの目的を知っているから、そんな事はしないと断言できる。

 翔は不服そうな顔をしたが、その言葉には何も返してこなかった。


「うん。じゃぁ翔は信用しない、瑠衣ちゃんはレナルドを全面的に信頼するって事ね。明日花嬢と萌生嬢は?」

「あの方は、アレクシス王子の命の元にこちらへ出向いてくださった御客人ですわ。彼が裏切り者であった場合、先方と交わした国家間での約束事も全て白紙になるということですわよね? 私はあの方に、それほどの力があるとは思えませんわ。瑠衣のように、信用一択とはいきませんけれどね。」

「私も明日花様と同意見です。手放しに信用できる相手ではないと思いますが、ここにしばらく拠点をおくとなると人手が必要でしょうし、警戒を強めて人員を割く方が動きにくくなる事もあるかと。」


 「そんな人じゃない」くらいな感想しか言えなかった身からすると、まともに意見を出せている2人が眩しい。

 というか、まともに意見をだせなかったのは自分だけだった事が、恥ずかしくて少し落ち込んだ。


「確かにここは、人手が必要な局面だね。けれどたいして素性を知らない相手だから当然警戒は必要だ。腕はそれなりにある騎士みたいだし、なるべく周辺の魔物などの警戒にあたってもらって、明日花嬢には関わらせない事、明日花嬢とレナルドが2人きりになる状況は作らない事としよう。いいかな?」


 まとめあげたその問いかけに全員が頷くと、

 少し遅れてレナルドも「承知した」と言うように頷いた。


「そうと決まれば準備をしようか。日が暮れる前にやるこがたくさんあるからね。」


 仕切り直した史郎の指示の元、それぞれが仕事にかかり始める。

 

 突如始まった無人島漂流生活。

 そこに吹いた生ぬるい海風に、瑠衣は不穏な気配を感じずにはいられなかった。

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