第59話 さぁ、帰りましょう

 今回の一件は事に反し、行方不明者1名を除き、死者なし、重傷者なし。

 という、異例の結果に終わったらしい。

 全ての終わり、史郎はもちろんバーロンの首を捕りはしなかった。

 地面に突き刺した刀は、バーロンの首の皮一枚をうっすら掠めただけ。

 それでもバーロンは気絶してしまったわけだけど・・・。

 バーロンが口封じのために海に捨てた兵たちも、史郎の言葉通り、何故かクジラの背中に乗って全員生還したらしいが、彼らはすっかりバーロンを見限る決意を固めていたという。


 こうして統率を失ったバーロンの兵たちが、保身の為に口々に悪事を暴露し始めたことで、捕えられたバーロンの余罪は今、膨れ上がっているのだとか。


「本当に感謝する、史郎殿。」

「礼なら明日花嬢に。僕は所詮雇われだから。」

「なら、今度は是非、私の下で働いてもらいたいものだ。」

「機会があったらね。」


 アレクシスと史郎が、別れの挨拶をしている。

 その横には明日花と萌生もいて、スマートに別れの挨拶を済ませていた。


 その様子を、船の甲板から「すっかり身分の違う人たちだなぁ」と、見つめながら、瑠衣はため息を一つ吐き出した。


「・・・気になるんですか? あのシェフの行方が。」


 そんな瑠衣に、話しかけてきたのはレナルド。

 レナルドは、事の収束の為に、ローランドから倭ノ国へ派遣されることが決まり、帰りの船に同乗するそうだ。


「・・・ジェフリーさん、まだ見つかってないんですよね?」

「はい・・・尽力を注いではいるのですが、まだ。」


 行方不明者1名。

 シェフのジェフリーの姿は、食事会の後から誰も見ていないのだという。

 ジェフリーの性格上、食事会の間に厨房を投げ出すとは考えにくい。

 だけど、あの日羊羹は出ずにお茶が出されたということは、厨房でジェフリーが動けなくなる何かがあった事になる。

 それは、必然的に・・・考えたくない。


「瑠衣さん、ありがとうございます。」

「え?」

「異国の、敵軍の人間の事を気にかけてくださって。それに、あなたのおかげで、わが国の人間が無駄死にせずに済みました。」

「別に、私はただ兄様を助けたかっただけ。それだけです。」

「だとしても、感謝しますよ。ジェフリー様の捜索は、この先も続けるそうです。良い報告が来たら、瑠衣さんにも必ずお知らせしますね。」


 それだけ言うと、レナルドは一礼して出立の準備へと戻っていった。


『そうだ。いつまでも、落ち込んでばっかりはいられないよね。』


 それでも浮かない気持ちに、見て見ぬふりをして、細々と気合を入れなおす。

 そこに、萌生が現れた。

 別れの挨拶はすっかり終わっていたらしい。


「あ・・・」


 ずっと、ぎこちなく避けられている手前、目が合っても、何を話していいのか分からない。

 無言のまま萌生は、瑠衣の隣に立つ。

 その横顔が、何を思っているのか、瑠衣には見当もつかなかった・・・。




 ***



「あの、史郎様。少しよろしいですか?」


 これは、少し前の史郎と萌生の会話。

 翔と瑠衣が買い物に出た後、萌生は史郎を呼び止めた。


「構わないよ。瑠衣ちゃんの事でしょ? だけど先に言っておく。あの子が何者か? という質問には答えられない。なぜならあの子の事は僕も分からないことが多いから。」

「そうですか・・・。」


 先手を打たれると、それ以上質問を投げかけられない。

 そんな萌生に、今度は史郎が問いかける。


「僕も一つ聞きたかった。萌生嬢が今、瑠衣ちゃんに抱いているのは何? 妬み?」 

「いいえ。瑠衣様に術師の才があることは、十二分に承知しています。元より私など足下にも及ばないことは理解していますし、そこに今更どうとは思いません。ですが・・・そうですね。今の心情を言葉にするのであれば恐怖でしょうか。」

「成程。恐怖、ね。」

「あ、でも誤解なさらないでください。私は別に、瑠衣様が怖いのではありません。」

「・・・?」

「私が恐ろしいのは、瑠衣様が魔力の制御が出来ていない事です。瑠衣様は、おそらくどんな魔法でも自由に操れるのでしょう。ですが、その制御は感情や感覚に大きく依存していて、一見思い通りに扱えていると見えますが、実際はそうではありません。それはいずれ、瑠衣様自身をそして周りにいる人間を傷つけてしまうのではないかと。」

「なるほどね。」


 今はまだ、瑠衣の扱える範囲に留まっているからいいものの、それでも船一つ丸呑みにさせるような大きな魔法を、感情のままに放ち制御を失ったとしたとしたら、それを止められる人間は瑠衣を含めて誰も居なくなる。


「だったら、萌生嬢がその使い方を教えてほしいかな。」

「私がですか!?」


 その申し出には、思わず首を振ってしまう。

 そんな力が萌生には無い。

 だからこそ、瑠衣との接し方に戸惑いが生じている。

 瑠衣は、隠しておける存在ではない。

 然るべき場所で、然るべき指導を受けることが瑠衣にとっても一番の安全策だろう。


「他に誰がいるの? 瑠衣ちゃんの師匠は萌生嬢でしょう。それとも、手に負えそうにない?」

「・・・。」

「僕も萌生嬢に同感だよ。今の瑠衣ちゃんは、自由自在になる玩具を見つけて喜んでいるだけの子どもだ。使い方はおろかその強大さにも気づいていないし、なんならあの強さあれは当たり前だとすら思っている節がある。魔法には詳しくない僕ですら分かるその異常さに気づきもしないしね。このままでは危険だし、このままにして置くわけにはいかないと思ってる。」

「史郎様は、陰陽寮へ通達についてはどう考えていらっしゃるのですか?」


 倭ノ国では魔術を扱える人間は貴重だ。

 だからこそ、術師はすべて国が管理する陰陽寮にて管理されている。

 術師又はその素質を持つものの存在は、露見した時点で通達する義務がある。

 本来ならば、瑠衣も萌生も、すでに陰陽寮へされていなくてはならない事を考えれば、それを黙認している者は皆、反逆罪に問われても仕方ないといえるだろう。

 陰陽寮の目的は、保護と育成であり、町に流れている噂のように、家族にも会えずに一生を終えるようなことはまずないとも聞くが、事実は入ってみなければ分からない。


「そうだね。今の段階で、陰陽寮への通達は考えていないよ・・・なんて言ったら、反逆者になってしまうけど、それを瑠衣ちゃんが望んだとしても、する気はない。今のあの子を陰陽寮彼らに渡してしまったら、きっとあの子は【組織の強大な力】になってしまう。陰陽寮には、萌生嬢のように、瑠衣ちゃんを瑠衣ちゃんとして思ってくれる人は居ないだろうからね。」

「!? ・・・瑠衣様は恩人ですから。」

「だからさ、今までの成り行き的な事ではなくて正式に、僕から瑠衣ちゃんの育成をお願いできないかな? 謝礼はもちろん、今までの分も含めて言い値を支払う。もちろん、もう関わりたくないって気持ちなら、無理にとは言わないけど。僕らはそのうち潮から居なくなる存在だしね。」

「何故私なのです? 史郎様の人脈ならば、適任者はいくらでも見繕えると察します。そしておそらく私の実力など、その方々の足元にも及びませんよね?」

「確かに。けど、僕は別に瑠衣ちゃんに強くなってもらいたい訳じゃない。力を隠して生きる生き方、そこに生じる不満の吐きどころ、この世界の常識を身につけて欲しいの。」

「常識・・・?」

クリスあの副隊長にいわれてハッとしたんだよね。瑠衣ちゃんって強さ慣れしちゃってる。「普通」ってものが根本からずれてるんだ。僕らと生活する上ではまぁ、理解するし、それなりに教えてきた部分もあるから日常生活には困ってないけど、術師の世界の常識は全くの専門外。悪く思わないで欲しいんだけど、強大な力をもたず、その力を隠して生きている萌生嬢だからこそ、瑠衣ちゃんの異常さや危険性に気づいて指摘できると思ってる。今みたいにね。」

「・・・。」

「それに萌生嬢は、瑠衣ちゃんの事を大切に思ってくれてる。師としての素質は十分だと思うよ。・・・返事は急がないから、気が向いたら声かけて。」


 確かに今、瑠衣の周囲にいる人間で、そんな指導が出来るとしたなら、それは萌生以外ありえないだろう。


「史郎様のお考えはよく分かりました。実は、瑠衣様の指導に対する翔様のお気持ちも聞かせていただいたばかりなのです。その上で、私の気持ちは今、しっかりと固まりました。残念ですが、史郎様の申し出を受けることは出来ません。」

「そう、それは残念だ。」

「瑠衣様は師と慕って下さいますが、実のところ私は、瑠衣様と師弟関係になどなりたくないのです。私も瑠衣様に学ぶ事がある。おこがましい話ですが、得てを教え合い互いを高めあえるような、そんな関係でいたいと思うのです。ですから、謝礼は受け取れません。目の当たりにした瑠衣様の危険性についてはもちろん、友人として厳重に注意しますし、今後の在り方についても相談に乗りたいと思います。それでは駄目でしょうか?」

「・・・何だろう、瑠衣ちゃんの周りには、良い人しか集まらないのかな。」

「とんでもない。私と明日花様のしたことは、取り返しのつかない事です。それに、見ていて思ったのですが、史郎様や翔様ですら手を焼いている瑠衣様は、いくら謝礼を積まれても預かりきれません。誰だって手に余る責任は負いたくないものですよ。」

「なるほど・・・それは賢い判断だ。」


 今回の瑠衣の動きは、誰もが予想だにしないものばかりだった。

 組織に所属する萌生にしてみれば、その自由は光景の連続。

 不測の事態に責任を問われても困るというのは、後付けの理由だったとしても、嘘でもない。


「ホント、困っちゃうんだよ。今だって、とっくに終わっていて良いはずの買い物から、まだ帰ってこない。いったいどこで油を売っているんだかね?」


 呆れた声で、窓の外に見える遠くの街の風景を眺める史郎。

 その視線を追い、同じように窓の外を見つめると、丁度聞き覚えのある声が近づいてきた。


「・・・さんには隠し切れませんって・・・」

「だからそれは・・・ってことにすればいい・・・」

「・・・それは流石に無理があるのではないかと・・・」

「あいつの小言が嫌なら堂々としていることだ。」

「分かりました。頑張ります!!」


 瑠衣と翔が悪巧みの相談をしている。


「聞いた? 萌生嬢。随分のんびりとお買い物してると思ったら、また何かやらかしたみたい。」

「そのようですね。」

「頑張ってたみたいだから、ご褒美のお守りに翔を付けたのが間違いだった。・・・萌生嬢、この先も瑠衣ちゃんと関わってくれるつもりなら覚えておいて、あの2人、揃うとすごく面倒くさい。」

「フっ、覚えておきます。」


 その後、帰ってきた瑠衣が、早々にボロを出し史郎にこってり絞られていたのは言うまでもない。




 ***




「瑠衣様、帰ったら一から魔法について勉強しなおしましょう。」


 隣に立ち尽くしていた萌生が突然、そう沈黙を破った。

 その声がいつになく真剣で、瑠衣は思わず目を丸くする。


「今回はローランド国外だったからよかったものの、倭ノ国であんなことをやってのけたら、陰陽寮待ったなし! 非常にマズイですよ? こんな事を私が言うのもおこがましいのではと思いましたが、やはり今、瑠衣様に必要なのは実践より座学です。私に、倭ノ国での術師の立ち位置と、魔法の考え方を、一から説明させてくださいませ!!」

「あ・・・はい。」


 勢いに負けて、返事を返すと、萌生はホッと胸をなでおろしたようだった。


「ふぅ。良かったです。断られたらどうしようかと思いました。私も明日花様も、せっかく出来た素敵な友人を、国のイザコザで失うのはこりごりなので。陰陽寮から身を隠すためにも、しっかり勉強しましょうね!!」


 そう言ってくれる萌生は、すっかりいつも通り。


「友人でいて、下さるんですか? 私、隠し事してたのに・・・明日花様や萌生さんと、住む世界も全然違うのに・・・いいんですか?」

「当たり前じゃないですか。それに、私だって明日花様に秘密にしている事が沢山あります。全てをひけらかせば友人になれる訳でもありませんよ。私も明日花様も、瑠衣様の人となりが好きなんです。ですから、瑠衣様さえよろしければ、この先も良き友人としていてくださいませんか?」

「喜んで!!」


 萌生が差し出してくれた手を取って、瑠衣は心から安堵した。


「あら、2人だけで楽しそうですわね。」


 そこへ後ろから、恨めしそうな声がかかる。

 萌生が、瑠衣と二人で話したいと、待機させられていた明日花が「もういいですわよね?」と寄ってくる。


「あ、明日花様。ご挨拶お疲れ様でした。」

「ありがとう瑠衣。ところで・・・瑠衣、萌生」

「「はい?」」

「私・・・ものっすごく疲れましたわ!!!」


 その思い切りのいい素直な感想に、思わず萌生と一緒に吹きだしてしまった。


「あぁ、早く倭ノ国へ帰って、お布団で安心して寝たいですわ。」

「私は、瑠衣様おすすめ、菓宝堂かほうどうを食べたいですね。まだ食べられていないので。」

「いいですね。じゃぁ、今度一緒に食べに行きませんか?」

「私も行きますわ!」

「もちろんです。あ、でも、明日花様って、普段どうやって出歩いているんです? 変装するんですか?」

「そういう事も、最近はしますわ。萌生と一緒に。」

「へぇ・・・それは是非見たいです。」


 帰れるという安心感からか、少しはしゃぎ気味に、帰った後の話に花を咲かせていると、翔が甲板に上がってきて、睨みを利かせる。

 

「お前ら、こんなところに居たのか。船が動く、部屋に戻れ。」

「では、明日花様、部屋へ戻りましょう。瑠衣様、また後程。」

「はい。今日の食事は、倭ノ国のお食事にしますから。」

「それは楽しみですわ。」


 明日花と萌生が、そそくさと部屋へ戻っていく。


「ったく、まだここはヨルデ港敵地だ、浮足立つには早いと、史郎に言われてるだろうに・・・」

「帰る場所があることが嬉しいんですよ。私も、そうですから。」

「潮に帰るのがそんなに嬉しいのか?」

「違います。兄様がここに居るのが。です。私にとっては、兄様が家みたいなものじゃないですか。だから、兄様が傍に居る事を感じると、いつだって嬉しくなりますよ。」

「瑠衣・・・お前は・・・」

「あー!! 無しです! 今のは無し! はぁ、最近子供っぽい事ばっかり言ってますね・・・忘れてください!!」


 勢いで、また恥ずかしい事を言ってしまい、昇ってきた熱を冷ますように大袈裟に声を上げる。


「さ、出発するんですよね! 私も炊事場へ戻らないと。兄様と2人だけでいたら、また史郎さんに小言を言われてしまいます。」

「あぁ。そうだな。」


 頷きながら、翔は瑠衣の頭を撫でてくれる。

 撫でられると気持ちよくって、なんだか全てがどうでも良くなってしまうから・・・


「また、君たちは!! し・ご・と・中!!!」


 史郎に見つかり怒られた。


「なんだ史郎、お前も混ざりたいか? 安心しろ。混ぜてやらん。」

「あのねぇ・・・。もう十分2人にしてあげたでしょ。まだやる事は山積みなんだから、後は潮に帰ってからにして。」

「・・・兄様、やっぱり私、早く潮に帰りたいです。」

「だな。」

「なら2人共、仕事して。」

「は−い。」


 やがて、船はゆっくりと動き出した。

 さぁ、帰ろう。

 みんなが安心して眠りに付ける場所へ。

 友人たちの住む国へ。

 家族で過ごす普通の日々へ。




 ――――――――――――― 2章完


 お読み戴きありがとうございました。

 本話で2章、ローランド編が終わりになります。

 本章は、物語が色々と動く展開になりましたね。


 面白かった、このキャラ好き! この展開はっ!! などありましたら

 ★・フォロー・感想・応援コメント等でアクション頂けると凄く励みになります♪


 次回3章では、翔の出自に触れる物語が展開される予定ですので

 続けてお読みいただけると嬉しいです。


 それでは次話でお会しましょう。

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