最終話:嫁と姑の絆
結婚以来、はじめて
いや、きっと姑のほうが気持ちは強い。強いはずだ。
なんども書くが、ここはわたしの家じゃない。
「アイコさん、ど、どうしたら」
「あ、あ、あの、お義母さま、わ! そのゴミ箱、ここではダメよ。あなた、すぐに廊下に。リビングルームはまずいわ。いえ、廊下じゃない」
こういうとき、火事場のバカ力って言うの。
もうね、文字通りのバカ力が破裂したわけ。ピンって頭に閃いたわけ。
リビングとか廊下じゃない、いい場所があるって気がついた。
「そうよ、換気扇があるバスルームよ。バスルームがいいわ。洗い流すのも楽だし」
「ええ、そう、そうよね、アイコさま。そうよ、お風呂場よ。お父さん!」
姑、完全に動転して、わたしをアイコさま呼ばわりしてる。
はじめて姑が、尊敬のまなざしで目を輝かせていた。
主婦歴ン十年の彼女。トイレ以外なら風呂場掃除が、この場合、もっとも適切だと、瞬時に意図を察したのだ。
「お義母さまは、もう一個、ゴミ箱用意。ビニール袋をかぶせて」
「は、はい!」
「よっし、準備はできたか! 全員、移動! 息子2号、ついてらっしゃい」
「か、かあちゃん。も、漏れる」
「耐えなさい。ここで我慢できなきゃ、生涯の敗残者。生き伸びるのよ! 胸をはって生きるために、ここは耐えて。人生、耐えてナンボよ」
さながら緊急患者が運ばれたER(救急病院)。
わたしは看護師長の立場になっていた。
なんなら、重症、軽症で色づけしたシールを患者に貼ってもいいとさえ、頭の片隅で思っていた。
「行くわよ。いいわね、ついてらっしゃい」
夫の実家は日本家屋のふるーい屋敷。引き戸を開けて先導するが先は長い。目指すバスルームは、リビングから廊下を抜け、キッチンを通り抜けた先にある。
もつか!
もたせることができるのか!
背後を振り返った。
次男は青ざめ夫にすがっている。舅は、さすがに年の甲で、息子よりはマシのようだ。
「この廊下を無事抜ければ、目的は近い。がんばれ! ファイト!」
「いや、ここはファイトで力をいれる所じゃない」と、ナンブツが几帳面に訂正した。
「そ、そうよ、そっと、そっと行くのよ、力をいれちゃダメ」
廊下の先、台所をなんとか通り抜け、バスルームの扉を開ける。
「アイコさま、扉はそっとあけて、振動がくるわ。持ちませんわ」
「ハ! お義母さま、心得ました」
先に幽霊でも潜んでいるかのように、わたしは扉をそっと開けようとした。
「急げ! 急を用するぞ」
夫が叫んだ。そんな今更、わかっていることを言われても。こんな時こそ、もっと建設的なって思わず反抗しようとしたとき、夫が叫んだ。
「花雄がもたない!」
「花雄!!」
「花雄!!」
「がんばれ!!! 花雄」
「ハ・ナ・オゥ〜〜」
全員の声援で、油汗を流しながら、花雄がバスルームに駆け込んだ。
もう、緊急用ゴミ箱までは持たなかった。
姑、むっちゃ青ざめている。
わたしは、そっと扉を閉めた。
さて、どんなに喧嘩しようが、最悪の状況だろうが。
これだけは言える。
ナンブツは外部からの敵に対して、必ずわたしの味方になる。これは信頼してもいい。
だから、最後に彼が親に向かって、ある言葉を発したとき、わたしたちの関係はまだ続いていくのだろうと感じてしまった。
「家へ帰る!」
思いもよらぬ事態が嵐のように通り過ぎた翌朝。
わたしは、朝のルーチンをこなしていた。
朝食を出して、冷蔵庫の整理をした。
夫がテーブルの上、皿に盛り付けた目玉焼きを見ている。
ああ、そうだとも、黄身が潰れた目玉焼きさ。
結婚以来、ナンブツが常に言っていた言葉。『目玉焼きは、薄皮が黄身をかばうように焼ける程度に、ふんわり焼けたものがふさわしい』
ああ、もう言うな。わかっている。
さあ、近所の寺の鐘が鳴った!
わたしは、おもむろに冷蔵庫から取り出そうとした冷水を元にもどした。
ふふふ、それでは、腰を据えて続きをはじめようか……!
夫にナイショの離婚届はあるんだ。最終兵器を出すのは今日かもしれない。
ー了ー
離婚危機に、サカナの頭が向かってくる 雨 杜和(あめ とわ) @amelish
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