第197話 出国の話

 私がルークを連れてブライトン家に戻り、早いもので半年が経とうとしていた。


今のわたしの姓はブライトンに戻っている。

ブライトン家から戻った後、すぐに両親が除籍手続きを行ったからだ。

これで私は完全にアンバー家とは戸籍上全くの他人となってしまった。




**


9月――

 

 午後2時のこと。


 ベビーベッドの中からルークが私に訴えてくる。


「マンマ、マンマ」


ルークはだいぶ言葉が出るようになっていた。


「あら、ルーク。お腹が空いたのね?」


すぐにベッドから抱き上げ、カウチソファに座るとブラウスをはだけてルークに授乳を始めた。


コクンコクンコクン


ルークは余程お腹が空いていたのか、すごい勢いで吸い付いている。


「だいぶ飲めるようになってきたわね〜」


授乳しながら話しかけると、ルークはつぶらな瞳でじっと私を見つめてくる。


「フフフ……なんて可愛いのかしら」


我が子がこんなに可愛いのだから、成長を見守ることが出来なかったフィリップはどれだけ未練があっただろう……。


「ルーク。いっぱい飲んで、早く大きくなってね……」


私はルークに語りかけた――。



**



 お腹一杯になったルークはすっかり眠っている。


そんなルークの側で私は父に無理にお願いして任せてもらっている帳簿を開いて、仕事をしていた。


その時――。



コンコン


ノックの音と共に、母の声が聞こえてきた。


『エルザ、私よ。入っていい?』


「はい、どうぞ」


声を投げかけると、すぐに扉が開かれ母が部屋の中に入ってきた。その姿は何故か慌てているようにも見える。


「お母様、どうしたの?」


「エルザ、最近セシルと会ったかしら?」


「いいえ?お母様も知っているはずでしょう?私は実家に戻ってから一度もセシルとは会っていないわよ?」


一体母は突然何を尋ねてくるのだろう。


「…そうなのね……」


「お母様、セシルがどうしたの?」


「ええ……。実はセシルのことだけど、この国を出るらしいのよ」


「え?!ど、どうして……?」


「ええ。アンバー家の事業を広げるために、『カリス』の国に行くらしいわ」


「『カリス』……この国から国境を2つ超えた国ね。商業がとても盛んな国だと聞いたことがあるわ……。でも…まさか他の国に行くなんて……」


何故セシルは何も言ってくれなかったのだろう。

自分で驚くほど、ショックを受けていることに気付いた。


「そ、それで……セシルはいつ『カリス』へ行くのかしら?」


「それがどうも今週中には出発するらしいわ。私も今日突然人づてに知ったのよ」


「そうなの……。お父様は知っていたのかしら…?」


「さぁ……。どうなのかしら…」


セシルにお別れを告げたいけれども…恐らく向こうはそれを望んでいないだろう。

別れを言うつもりなら、私に伝えていたはずなのだから。


「とにかく、今はその事を告げに来ただけだから。それじゃ、ルークのお昼寝の邪魔しては悪いから行くわね」


母はそれだけ告げると、部屋から出ていった。



「セシル……」


ポツリとセシルの名を呟く。



そして、その夜……セシルが私に会いにやってきた――。

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