第162話 悩む母娘
滞在先のスイートルームに到着すると、ドアノッカーを掴んで扉をノックした。
コンコン
すると、ややあって……。
カチャリと鍵の開閉音が聞こえ、ゆっくりと扉は開かれた。
「まぁ、エルザじゃないの。どうして戻って来たの?まだ次の授乳までは時間があるのに」
今の時刻は午後2時を少し過ぎたところだった。
本来であれば、午後3時にホテルに戻る予定だったので1時間前倒しの時間に私が戻ったので母は驚いたのだろう。
「ええ‥‥ちょっと訳があって‥‥。帰ってきてしまったの。何だか疲れてしまったし」
「ええ、そうね。顔色が良くないわ。少し休んだ方が良さそうね。早く中へお入りなさい」
「ええ……」
母に促されて部屋の中へと入ると、まずはルークの様子を見に行った。
ルークは日当たりのよい窓際に置かれたベビーベッドで眠っていた。
「フフフ……何て可愛いのかしら。本当に天使みたい…‥」
私とフィリップの愛の結晶、彼の忘れ形見‥‥そして何よりも大切な存在。
そしてセシルはルークを自分の子供だと勘違いしている。
「フィリップ……私、これからどうすればいいの?どうして‥‥貴方は私の傍にいないの……?」
眠っているルークの小さな頬にそっと触れながら、思わず目に涙が浮かびそうになった時‥‥。
「エルザ、ハーブティーを淹れたわ。お飲みなさい?気持ちが落ち着くわよ」
母が背後から声を掛けて来た。
「ええ、お母様」
眠っているルークにキスすると、ソファに座る母の元へ向かった。
「お飲みなさい、貴女の好きなラベンダーティーよ?」
木目のテーブルの上にはカップにそそがれたハーブティーが湯気を立てながら良い香りを漂わせている。
その香りを嗅ぐだけで、何となく心が落ち着いてくる。さらにテーブルの上には小さなクッキーも乗っている。
「ありがとう、お母様。早速頂くわ」
ソファに座るとカップを手に取り、そっと口につけた。途端にラベンダーの香りが鼻腔をくすぐる。
「いい香り……とても美味しいわ……」
「そう、それは良かったわ。それでエルザ……セシルと何かあったのでしょう?」
「え?ど、どうしてそれを……?」
母の問いかけにドキリとした。
「それくらい分かるわよ。そうでも無ければこんなに早く戻ってくるはずないもの。それで?一体何があったの?」
「え、ええ‥‥。その、セシルが……私のことを妻と思っているから、過剰なスキンシップを……」
あまり母には伝えにくいことだ。
家族のキスと恋人同士や夫婦のキスとでは違うのだから。
「え?何か変な事をされたの?」
母が眉をしかめた。
「へ、変なこと…と言うよりは…そ、その…キスを…。夫婦だからそれ位構わないだろうってセシルが……それどころかルークは自分の子供だと思い込んでいるのよ。そえで困ってしまって‥‥お義母様に連絡を入れたら、駆けつけて来てくれて今セシルと一緒にいるわ」
「そうだったの……?全く、何てことなの…?」
母はため息をつくと頭を押さえてしまった。
セシル‥‥。
ひょっと彼はずっと私と夫婦になることを夢見ていたのだろうか?
その願望が、馬車事故をきっかけに記憶喪失を引き起こしているのなら‥‥私はセシルにこの先どうやって接していけばいいのだろう?
いくら考えても答えは見つからなかった――。
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