第161話 受け入れ難い行為

「セ、セシル?い、一体突然何するのよ?!」


驚いて、とっさにセシルの身体から離れ、唇を押さえて彼を見た。

けれど私の心の同様をよそに、セシルは不思議そうな顔をして見つめている。


「何するって……?たかがキスをしただけじゃないか。俺たちは夫婦なんだからそれくらい当然のことだろう?何故そんなに驚く必要がある?」


「え……?」


そうだった。

セシルの中では……私達は夫婦なのだ。

今のセシルにとってキスは当然の行為なのかもしれない。

だけど……私に取っては……!


「あ、あのね。セシル…ここは病室なのよ?いつ他の人達が入って来るか分からないのよ?それに貴方は怪我人なのだから……」


そこから先はなんと言葉を伝えれば良いのか思い浮かばなかった。



「うん……けどな…別に夫婦なんだから病室でキスする位なら誰かに見られたとしても別に俺は少しも構わないけどな」


「そ、そんな……そ、それでも私はやっぱりイヤよ……」


俯いて、それだけ言うのがやっとだった。


駄目だ。

キスくらい別に構わないとセシルは言うけれども、私にとってはとんでもないことだった。


「ごめん……悪かった。分かった、もう病室ではそんなことはしないと誓うから……毎日面会に来てくれるよな?」


切なげな目で訴えてくるセシル。


「セシル……」


その時、お医者様に言われたことが脳裏に蘇ってくる。


無理に記憶を戻すようなことはしていはいけないということ。時が経てばいずれ記憶が戻るかもしれないので今は本人の話を肯定してあげるようにすることを――。


先程、私の不用意な発言でセシルは酷い頭痛を起してしまった。

それにセシルにはフィリップが亡くなった時に、色々お世話になっている。

何より……セシルは大切な幼馴染……。


「分かったわ……明日も来るから、そんな顔をしないで?」


そこまで言いかけた時――。



コンコン


扉がノック音と共に開かれ、義母が室内へと入ってきた。


「エルザ……遅くなってごめんなさい……」


義母は余程慌てて来たのか、肩で息をしていた。


「お義母様……ありがとうございます。すぐにいらしていただいて」


「エルザ……」


義母に深々と頭を下げると、次にセシルに声を掛けた。


「セシル、それじゃお義母様がいらしたので私は帰らせて貰うわね?」


「ああ、分かったよ、また明日……待ってるから」


笑みを浮かべて私を見るセシルは普段通りの彼に見える。


「え、ええ……またね。セシル」


そしてセシルが義母と話をしている合間に手早く荷物を片付けると、2人に挨拶をしてまるで逃げるように私は病室を後にした。


これから先、どうすれば良いのか、具体的な対応策も頭にうかばないまま――。




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