第117話 悲しい目覚め

「フィリップ…?」


声を振るわせながら、名前を呼んでみた。


「フィリップ…目を開けて…?」


ポタリ


私の涙がフィリップの顔を濡らすものの…全く彼は無反応だった。


「う、嘘よね…?」


グラリと身体が大きく傾く。


「エルザ…」

「セ、セシル…」


セシルが涙で目を赤くしながら私の身体を支えてくれた。あちこちでは悲し気なすすり泣きが聞こえている。


「…失礼致します」


フィリップの主治医の先生が進み出てくるとフィリップの脈を見たり、瞳を覗き込んでいたが…やがて首を振るとため息をついた。


そして私たちを見渡すと、重々しく口を開いた。


「残念な事ですが…ご臨終です…」


「フィリップ…ッ!!」


お義母様がお義父様にすがって泣き崩れた。


「そ、そんな…」


私を支えているセシルの身体が小刻みに震えている。



「フィリップ…」


嘘…?

本当に…本当に死んでしまったの?

こんなにあっさりと…?


すーっと全身から力が抜けていくのが分かった。


「おい…?エルザ?エルザッ!!」

「キャアッ!!エルザッ!!」


セシルが必死で私を呼ぶ声と…母の悲痛な叫びを最後に…私の意識は暗転した―。




****



 誰もいない、真っ白な霧に覆われた空間を私は彷徨っていた。


「誰かいないの…?」


声を上げても返事をする者は誰もいない。


「誰か…誰かいるなら返事をしてーっ!」


必死で叫ぶと、霧がボンヤリ晴れていく。そして霧の切れ目にフィリップの後姿が見えた。


「フィリップ!」


良かった。フィリップは生きている。死んだなんて嘘だった。


「フィリップッ!」


けれど、フィリップは私がいくら呼び掛けても返事をしてくれない。それどころか彼は立ち止まること無く、前へ前へと歩いて行く。


「お願いっ!待って!フィリップッ!」


けれど…私の叫ぶ声も虚しく、フィリップの姿は見えなくなってしまった。


「そんな…フィリップ…逝かないで…側にいて…!」


私は真っ白な霧の世界で泣き続け…。




「…ルザ…エルザッ!」


「あ…」


誰かが私を必死に呼ぶ声で、目が覚めた。


「エルザ…気付いたのね…?」


ベッドの側では母が心配そうに私を覗き込んでいた。


「あ…お母様…」


すると小さな赤子の泣き声が聞こえているのに気付いた。見ると、看護婦さんが子供を抱いてあやしていた。


「エルザ…無理に起こしてごめんなさい…。赤ちゃんがミルクを欲しがって泣いているのよ…」


「ミルク…」


「はい、赤ちゃんがお腹をすかせて泣いています」


看護婦さんは泣いている我が子を連れてきて、私に託してきた。


「フォギャッフギャッ」


弱々しい声で泣く、小さな小さな命…。


「待っていてね…今、ミルクを上げるから…」


私は前をはだけると、我が子を胸に抱き寄せた―。




****



「初めてなのに、上手にミルクをあげることが出来たわね」


母乳をあげ終えてベッドに横たわった私を母が褒めてくれた。


「ええ…良かったわ。ちゃんと出てくれて…」


「初乳は赤ちゃんにとって、とても重要なミルクですからね。エルザ様はちゃんと出たので良かったです」


看護婦さんが褒めてくれた。


「…ありがとうございます…」


「それでは私は一度これで失礼致します」


看護婦さんはお辞儀をすると部屋を出て行き…残るのは私と母、それに生まれたばかりの私の子供の3人だけだった。


「お母様…他の人達は…」


「…皆さんは…フィリップの側に集まっているわ…。何故なら…」


母はそこで言葉を切った。


「フィリップが…亡くなったからでしょう…?」


「エルザ…」


「フィリップ…」


そして…目を閉じた私の目から、再び涙が溢れ出した――。



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