第115話 彼が呼んでいる
「駄目ですっ!エルザ様っ!出産したばかりで動くなど…無理ですっ!」
痛みを堪えてベッドから無理に起き上がろうとする私をシャロン先生が必死に引き止める。
「それならキャスター付きのベッドにエルザを移動させればいいじゃないか」
セシルはそれだけ言い残すと部屋を飛び出して行った。
「そんな…ベッドに移動させるなんて…」
「それだけでお体に負担がかかってしまうのに…」
看護婦さん達は心配そうに話している。
そこへ…。
「持ってきたぞ!」
セシルがどこからかキャスター付きベッドを持って部屋に現れた。
「よし、エルザ。俺がお前をベッドに運んでやる」
「ええ、お願い」
セシルの言葉に頷くと、シャロン先生が青ざめた。
「そんな!すぐに動かされては…危険ですっ!」
「大丈夫だっ!」
セシルが声を荒らげた。
「そっと…運ぶから…うわ言でずっと兄さんが…呼んでるんだよ…エルザを…」
セシルの声が震えている。
「そ、そんな…」
フィリップ…今にも命が消えそうなのに…私を呼んでくれているの…?
「セシル、お願い。私をフィリップのところまで連れて行って」
「ああ、分かった…いいですよね?先生」
セシルは返事をするとシャロン先生を振り返った。
「わ、分かりました…。そこまで仰るなら…仕方ありません…」
先生は渋々承諾する。
「ありがとうございます、先生。…それじゃフィリップ」
「ああ、分かってる」
セシルに向ってすっかり弱った手を伸ばすと、彼は私をそっと抱き上げた。
「う…」
身体を動かした拍子で痛みが走る。
「エルザッ!」
母が心配そうな顔でこちらを見ている。
「悪い…大丈夫か?エルザ…」
痛みで顔が歪む私にセシルが声を掛けてきた。
「え、ええ…だ、大丈夫…それよりも…は、早く…フィリップのところへ…つ、連れて行って…?」
「わ、分かったよ…それじゃ、すぐに行こう」
そしてセシルは誰に言うともなに声を掛けた。
「生まれた子供も連れてきてくれ」
「私が連れて行くわ」
手を上げたのは母だった。
「…お母さん…子供をお願い…」
ベッドに寝かされると母に頼んだ。
「ええ、分かったわ」
「どうぞ」
看護婦さんが産着を着せた私の子供を母に託す。
「さぁ、パパのところへ行きましょう?」
母は眠っている子供に声をかけた。
「よし、行こう」
セシルが私を見た。
「ええ。お願い」
「少し揺れるかもしれないが…我慢してくれ」
そしてセシルは私を乗せて、ベッドを運び始めた。
ベッドに寝たまま運ばれながら、私は必死で心の中で祈った。
どうか、神様。
最後に一目…フィリップに我が子を見させてあげて下さい―と。
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