第113話 出産の兆候

 それは3月に入ってすぐのことだった。


フィリップは2月一杯まで持たないかも知れないと言われていたのに、今も私の側で生きていてくれている。



午前9時過ぎ―


朝食を食べ終えた私とフィリップは暖炉の前にいた。


「フィリップ。今日は痛みは無いの?」


暖炉脇に置いたキャスター付きベッドに横たわっているフィリップに声を掛けた。


「うん、今のところは大丈夫だよ。お陰でこうしてエルザと話ができるのだから神様に感謝しないとね」


信仰深いフィリップは最近意識があるときは欠かさず聖書に目を通すようになっていた。


「ええ、そうね…」


「ところでエルザは何をしているんだい?」


聖書を閉じるとフィリップが尋ねてきた。


「今はね、赤ちゃんのスタイを縫っているのよ」


「そうか…本当にエルザは働き者だね」


「じっとしているのが性に合わないのよ…ウッ…」


突然お腹が痛みだしてきた。


「エルザ?どうしたの?」


「お、お腹が突然…」


どんどん痛みが増してくる。まさか…陣痛…?

予定日まではまだ2週間程先なのに…。


「うっ!」


そう思った矢先、耐え難いほどの痛みが襲ってきた。


「エルザッ!大変だっ!」


フィリップは枕元に置いてある呼び鈴に手を伸ばすとベルを鳴らした。


チリンチリン

チリンチリン


すると…。


「お呼びでしょうかっ?!」


直ぐ側で控えていたのだろうか。メイドのクララが駆けつけてきた。


「ク、クララ…」


痛みで話をするのも辛い。


「エルザ様っ?!ひょっとして…!」


「そうなんだ。もしかすると…陣痛が来たのかも知れない。すぐにシャロン先生に連絡を入れてくれるかい?」


フィリップがクララに頼んだ。


「はい!分かりましたっ!」


再び、部屋を急ぎ足で去っていくクララ。


「エルザ…。今、先生を呼んでもらっているから…頑張るんだよ…?」


フィリップが私の右手を握りしめてきた。


「ええ…分かったわ…」


自分だって具合が悪いのに、私を勇気づけてくれるフィリップ。彼の為にも…頑張らなくては…。


するとバタバタと廊下を走る音がこちらへ向って近付いてきた。



「エルザ様っ?!陣痛が始まったのですかっ?!」


シャロン先生が3人の助産婦さんとチャールズさんを伴って部屋に現れた。


「は、はい…そうみたいです…」


何とか必死に答える。


「分かりました。ではすぐに準備を始めましょう。それで…フィリップ様は…」


「はい、僕は…隣の部屋でエルザのことを待っています」


「ではベッドごと移動いたしましょう」


チャールズさんはフィリップに声を掛けた。


「ああ、頼むよ。エルザ、頑張るんだよ?」


「え。ええ…わ、分かったわ…」


フィリップは隣の部屋へ移動し…私の長く、苦しい陣痛との戦いが始まった―。


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