第89話 秘密の話

 12時半―


部屋で休んでいると、扉をノックする音が聞こえてきた。


コンコン


「はーい、どうぞ」


クララがフルーツを持ってきてくれたのだろうと思って扉に向って声を掛けた。


「失礼致します…」


カチャリと扉が開いて驚いた。何とフルーツを運んできてくれたのはチャールズさんだったからだ。


「エルザ様、フルーツをお持ち致しました」


チャールズさんは、満面の笑みを浮かべながらワゴンを押して部屋に入ってきた。

ワゴンの上には色とりどりのフルーツが乗せられている。


「まさか忙しいチャールズさんがフルーツを運んでくれるとは思いませんでした。それにしても…凄い量ですね…」


山盛りに乗せられたフルーツに目を見張ってしまった。


「ええ、エルザ様がどのようなフルーツを好まれるのか分かりませんでしたので、様々なフルーツを御用意させて頂きました。」


笑みを絶やさずに私のテーブルの前に次から次へとフルーツを置いていくチャールズさん。

バナナやストロベリー、オレンジ、キウイ…他にも様々なフルーツが私の前に並んだ。


「あ、ありがとうございます…」


「いいえ、他には何かご入用ですか?」


「いえ、大丈夫です」


「ところで、エルザ様。クララから聞きました。ご懐妊…されたそうですね?」


「ええ、そうなのよ。念願の赤ちゃんが出来たわ」


「おめでとうございます。フィリップ様はさぞかしお喜びになられたことでしょう?」


「ええ、とても喜んでくれたわ。本当は妊娠が分かった直後に書斎に報告に行こうとしたのだけど…セシルが一緒でしょう?彼には悪いけど、誰よりも一番早く妊娠の報告をしたかった相手はフィリップだったから…伝えるのが少し遅くなってしまったのですけどね」


「いいえ、それで宜しかったと思います。やはり一番始めに報告を受ける御方はフィリップさまでしょうから」


「ええ、そうですよね」


「…っ…」


すると何故か突然チャールズさんは涙ぐんだ。


「え?チャ、チャールズさん?!どうしたのですか?」


「い、いえ…ま、まさかこんな喜ばしいことがフィリップ様の身に起こるとは思わなかったので…つい、嬉しくて…」


チャールズさんは胸ポケットからチーフを取り出すと目頭を押さえた。


「エルザ様…これは…私の独り言だと思って聞いて頂けませんか…?」


突然チャールズさんは思い詰めた表情で私を見た。


「え?ええ…分かりました…」


「ありがとうございます」


「フィリップ様は…エルザ様と結婚することが決まった時から、この結婚は長く続かないからと話しておられました。病気で長生き出来ない自分といると不幸にするだけだから、エルザ様に嫌われるように酷い夫になるのだと話されていたのです。きっとエルザ様は嫌気がさして、すぐに出ていくことになるだろうと…寂しげに笑っておられました。その話を聞いた私達もエルザ様をこの屋敷にお迎えする時から覚悟はしておりました。恐らくエルザ様はすぐにいなくなってしまわれるのだろうと…」


「チャールズさん…」


「なのに、エルザ様はフィリップ様を見捨てることも無く…新しい命まで育んで下さって…本当にありがとうございます…」


チャールズさんは深々と頭を下げてきた。


「そんな…お礼だなんて…」


でも、チャールズさんの話を聞いて、フィリップがどれほど追い詰められていたかが分かった。


そして…彼から離れないで本当に良かったと、私は改めて思うのだった―。

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