第87話 おめでたい報告
クララに午前中は自室で休んでいるとフィリップに伝言を頼むと、少し横になることにした。
身体の締め付けが少ないワンピースドレスに着替えると、私はカウチソファに横になった。
「ふぅ…それにしても赤ちゃんが出来ると眠くなるのね…」
そしていつしか私は眠りについていた―。
****
誰かが髪にそっと振れる気配を感じ…目を開けて驚いた。
私を心配そうに覗き込んでいるフィリップの顔がすぐ側にあったたからだ。
「え?フィリップ…?」
「あ…ご、ごめん。起こしちゃったかな?午前中は仕事を休むと聞いて様子を見に来たらエルザが眠っていたから…。もしかして具合が悪いのかと思って心配のあまり、つい髪に触れてしまって…」
フィリップが申し訳なさげに謝ってきた。
「いいえ、大丈夫よ。ちょっと眠くなって横になっていただけだから…それよりも大事な話があるの。聞いてちょうだい」
私は身体を起こした。
「何?大事な話って」
「ええ。私ね…実は赤ちゃんが出来たの」
「え…?」
フィリップが大きく目を見開いた。
「そ、それ…本当なのかい…?」
「ええ、本当よ。フィリップ、私達…パパとママになるのよ?本当はね、赤ちゃんがお腹にいるってシャロン先生に教えて貰った時、すぐにでも貴方に報告に行きたかったの。でも…書斎ではセシルが一緒に仕事しているでしょう?セシルには悪いと思ったのだけど、一番最初は貴方にだけ報告して2人だけでお祝いしたかったの」
「エルザ…ッ!ありがとうっ!」
次の瞬間、フィリップに抱きしめられ…。
「あ!ご、ごめんっ!」
驚いたように私の身体から離れた。
「どうしたの?フィリップ?」
「だって…お腹の中に子供がいるのに、強く抱きしめたりしてしまったから…それでもし子供に万一のことがあったりしたら…」
申し訳なさそうに謝ってくるフィリップを見ていると、彼がどれほど私の身体を大切に思ってくれているのかが身に染みて感じられる。
「ありがとうフィリップ…。そこまで私の身体を心配してくれて。貴方だって病気を抱えて大変なのに…」
するとフィリップは首を振った。
「僕のことなら大丈夫だよ。主治医の先生の話では病気の進行が穏やかになってきているらしいんだ。だから始めに宣告された余命よりも…もっと長く生きられるかもしれないって言われたんだよ」
「え…?そうだったの…?だったら何故そのことを教えてくれなかったの?」
「うん…実はまだ完全にそうと決まったわけでは無いから、まだ家族には黙っていたほうがいいと言われたんだ。…でも内緒にしておいてごめん」
フィリップは頭を下げてきた。
「いいのよ、そんなことで謝らないで。でも…本当に嬉しいわ。赤ちゃんが出来たこともだけどフィリップと一緒に過ごせる時間が伸びたのだから…」
最後の方は涙声になってしまった。
「エルザ…」
今度はフィリップはそっと私を抱きしめてきた。
「大丈夫、エルザを残してそんなに簡単に先には逝かないよ。だって僕はパパになるんだから。この腕に子供を抱くまでは…絶対に死んだりしないから」
「フィリップ…」
フィリップの声は力強かった。
その言葉は…まるで自分に言い聞かせるように聞こえた。
だから私は彼の胸に顔を埋めると懇願した。
「ええ、約束よ。フィリップ…。赤ちゃんが生まれるまでは…絶対に…私を残して先に死なないで。お願い…」
私の熱い涙がフィリップの胸を濡らす。
「勿論だよ。エルザ」
そんな私をフィリップは髪を撫でながら優しく声を掛けてくれる。
静かな部屋の中、私達は少しの間無言で抱きしめあった。
…お互いの温もりを忘れることの無いように―。
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