第49話 無くし物の行方
あれから私はフィリップの執務室でセシルに仕事を教えて貰ていた。
午後5時半―
コンコン
不意に部屋の扉がノックされた。
「おや?誰だろう?」
書類からセシルが顔を上げた。
「あ、セシルはそのまま仕事をしていて。私が代わりに対応するから」
「ああ、頼むよ」
私は席から立ち上がる扉に向かい、そっと開けた。
「あ…」
するとそこには驚いた様子のチャールズさんが立っていた。
「あの…?どうかした?」
ひょっとして…私はこの部屋に入ってはいけなかったのだろうか…?そこで慌てて謝罪した。
「ご、ごめんなさい!私ったら…フィリップの許可も得ずに勝手に書斎に入ってしまって…」
するとチャールズさんが慌てたように頭を下げてきた。
「いえ!とんでもございません。どうか私に謝罪などされないでください。セシル様に食事のことでお声をかけに伺っただけですので。まさか…エルザ様もご一緒だとは思いもせず、少々驚いただけです」
「何だ?どうかしたのか?」
そこへ私とチャールズさんのやり取りを聞きつけたのか、セシルがやってきた。
「あ、セシル様…」
「チャールズ、エルザはここにいたらまずかったのか?彼女に仕事を教えていだけなのだが…」
「いいえ、そんなことはございません。エルザ様はフィリップ様の奥様でいらっしゃいますから、入ってはならない部屋など、この離れには1つもございません」
何故かチャールズさんは焦った様子でセシルに説明する。
「…ふ〜ん…なら別にいいが…。所で俺に何か用事でもあったのか?」
「はい、お夕食の件で伺ったのですが…お部屋で食事をされるか、それともダイニングルームでお食事されるのか…どうされますか?」
「う〜ん…」
チャールズさんに尋ねられたセシルは何故か私を見た。
「エルザはどうする?」
「え?私?」
「そうだ、自室で食事をするのか…それともダイニングルームで食事をするのかどちらを選ぶ?」
「私はどちらでも構わないけど…」
「そうか、なら一緒に食事をしよう」
セシルは嬉しそうに頷くと、チャールズさんに言った。
「今夜の食事は俺はエルザと一緒にダイニングルームで取ることにする」
「はい、かしこまりました。では18時になりましたらお2人でダイニングルームへいらして下さい」
「ああ」
「分かったわ」
私とセシルはそれぞれ返事をした。
「…では失礼致します」
チャールズさんは一礼し…何故か一瞬私をチラリと見ると、すぐに踵を返して去っていった。
チャールズさん…?
一体、今の目は何だったのだろう…?
その時―。
「エルザ」
背後からセシルに名前を呼ばれた。
「何かしら?」
振り返って返事をする。
「食事まで後少し時間がある。残りの仕事をやってしまわないか?」
「え、ええ。そうね」
セシルに促され、私は再び書斎机に向かった―。
少しの間、2人で静かに仕事をしていた時…。
「あ…」
私は思わず声に出してしまった。
「どうかしたのか?」
セシルが顔を上げてこちらを見る。
「いえ、万年筆のインクが切れてしまったみたいなの。文字が書けなくなってしまったわ」
「そうなのか?ひょっとして引き出しに予備が入っていないか?俺もこの引き出しを探して見るから、エルザは自分の書斎机の引き出しを調べてみてくれ」
「ええ、分かったわ」
ごめんなさい、フィリップ。引き出し…見せて下さい。
心の中でフィリップに謝罪しつつ、引き出しを開けた…その瞬間―。
「え…?」
私は思わず目を見張った。
そこには…フィリップに拒絶された私の刺繍入りハンカチが丁寧に折り畳まれて入っていた―。
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