6章 8. さらば皇帝
エルドリア皇帝は、全身に炎の渦を纏わせながら目を細めエミヨンとフリーを睨みつける。
その目からは、これ以上手出しはさせないという力強い意思が込められていた。
「シーラ君、悪いが娘達を救出してくれぬか」
「わ、分かりましたわ……!」
シーラは皇帝に言われてようやく人質が解放されていることに気づき、海水を操ってセルフィナとネルフィナを回収した。
エルドリア皇帝はその魔法の威力もそうだが、最も驚くべきは味方には一切炎によるダメージが無いという、繊細な魔力コントロールにある。
その技術の高さに、さすがのシーラも動きを止めてしまっていたのだ。
「皇帝陛下、勝手に動かれては困ります」
「そうそう、これじゃ俺達の立場がねえっすよ」
「自分がどういう立場なのか自覚してほしいですね」
そんなエルドリア皇帝の後ろに続々と現れたのは、現在彼の護衛を務めているキール、マーク、カローラだ。
彼らは灯達の所属していた班の班長であるが、班員がほとんどいなくなってしまった為、それぞれ別の配属となったのだ。
ちなみにザリュー、ジード、レナリアの3人もそれぞれ別の班へと編入されている。
「ようやく現れたか皇帝……」
エミヨンは皇帝の座を狙っている以上エルドリアとの戦いは避けられない。
自身の獲物が現れたことで、先程までの余裕な表情は消え警戒心剥き出しの狩猟者の顔となった。
「エミヨン様、あまり時間をかけてたら他の魔法師団の連中も来るっすよ」
「分かっている、こっちには奴を仕留める切り札があるのだ。焦ることは無い」
「了解っす」
魔法師団のメンバーは、灯達の様な側近とは違い皇帝一行と少し距離をとった周囲を警戒していた。
だから先程空から降ってきた岩の残骸や、獣人族達に足止めを食らって中々近づけずにいたのだ。
皇帝に刺客を近付けさせないために周囲を警戒していたのが、裏目に出てしまったということである。
「へっ、魔法緩くなってやがんぞ!」
「姉上達を利用したこと、後悔させてやろう!」
時間が経過しすぎていたのか、重力魔法による拘束が弱まっていたところを、ガンマは力づくで振りほどく。
ゼクシリア王子もシーラが姉達を回収したことで気にするものがなくなり、魔力を溜めて臨戦態勢にはいる。
「皇帝を殺すにはあいつらが邪魔だな。獣人族共、奴らを蹴散らせ!」
「グオォー!」
「ブラァァァ!」
「ふん、そんなことさせぬわ!」
エミヨンの命令で周囲を囲んでいた獣人族達が、ゼクシリア王子とガンマ達目掛け一斉に襲いかかってくる。
だがエルドリア皇帝は、自身を纏っていた炎を自在に操り、迫り来る獣人族目掛け灼熱の炎を浴びせ動きを封じた。
「お、おい!何してんだ!」
今は敵とはいえ、操られている獣人族はガンマにとっては大切な仲間である。
そんな彼らが一瞬で燃やされたことに、己の立場も忘れガンマは激怒した。
「はっはっは!案ずるでないガンマ君、彼らは無事じゃよ」
しかし、そんなガンマのうっかり無礼など気にする素振りも見せず、エルドリア皇帝は高らかに笑っていた。
その異様な反応にガンマも気が抜かれてしまい、そのおかげかあることに気づく。
そう、皇帝エルドリアの炎は確かに獣人族達を包み込んでいるのだが、その炎に苦しむ素振りを見せている者が1人もいないことに。
「な、何だ、この炎は……」
「何、彼らは毒に侵され操られている。ならばその毒と操っている洗脳魔法だけを燃やせばいいだけじゃよ!」
「そんな無茶苦茶な。化け物ですわね……」
エルドリア皇帝の極められた魔力操作は、相手の魔法のみを燃やすことすら可能としていたのだ。
やがて獣人族にまとわりついていた炎は鎮火し、洗脳と毒が解けた彼らはバタバタと地面に伏していく。
外傷は一切無く、洗脳と毒が溶けた反動で気を失っているだけだった。
「ちっ、やっぱあいつだけ桁が違うな」
「あらら、せっかくの奴隷が解放されちゃったっすね」
エミヨンとフリーは獣人族を失ったというのに、それ程焦りを感じている様子は無かった。
「さて、残りはお主らだけじゃな。覚悟はいいか?」
エルドリア皇帝は獣人族全てを無力化すると、鋭い眼光でエミヨン達を睨みつける。
「仕方ない、もう少し後からの方が演出的には良かったのだがな。そんなことを気にしている場合でもないだろう」
「そっすね。もうちゃっちゃと終わらせましょうよ」
「何の話を――」
エミヨンとフリーの余裕のある素振りと、その会話の内容を怪しみエルドリア皇帝は聞き出そうとしたが、自身の体に異変が生じていることに気づき言葉は途中で止まった。
そして異変の根源である足元に目を送ると、下半身が土魔法で雁字搦めに封じられていることに気がついたのだ。
「なっ、これはどういうことじゃ!?」
「馬鹿だな皇帝のおっさん。敵は前だけじゃねーんだぜ?」
「お、お主は……!」
その土魔法を発動させた人物に、エルドリア皇帝の顔から余裕さは一瞬にして消え失せる。
なぜならその者は、エルドリア皇帝が自ら側近に任命したマークだったのだから。
「すまないな皇帝」
「不意打ち失礼する」
「ごぶっ!」
マークが裏切ったという事実に頭が追いつかないでいると、いつの間にかキールとカローラが剣を持ちながら後ろにたっていることに気づく。
だが、下半身は固められ身動きが取れずにいる。
動けずにいるまま、2人の突き立てた剣が自身の体をゆっくりと貫いた。
「父上!」
「てめぇら、何のつもりだ!?」
「我々3人は元より皇帝の部下ではないのだよ。エミヨン様の命令で潜入していたに過ぎない」
「騙していたのは悪かったが、元よりこれが我らの目的なのだよ」
激情すするゼクシリア王子とガンマに対し、キールとカローラはいつもと変わらぬ様子で淡々と答えた。
その2人の冷徹さが、本当に裏切ったのだということを実感させられる。
「ごはっ、ま、まさか、お主らが、敵の間者だったとは、な……」
「気づかぬのも無理はない。我々は5年も前からこの計画を練っていたのだからな。貴様を殺すための!」
エミヨンは不意打ちによってエルドリア皇帝が深手を負ったことを、嬉しそうに眺めながら説明する。
フリーそんな主に、やれやれと言った様子で肩を竦めていた。
「ぐつ、貴様ら!そこまでして皇帝の座が欲しいか!?」
「欲しい、欲しいね。私は皇帝になるために生まれてきたのだ。なのにそんな老いぼれがいつまでも皇帝の座に君臨していることが私には我慢ならない!」
「だからといってこんな反乱を起こして、民は誰一人としてお前には着いてこぬぞ!」
「着いてこないのなら死ぬだけさ」
「暴君が……!」
ゼクシリア王子は必死にこんな行動に出たエミヨンの真意を見抜こうとするが、その度に彼女の腐った精神にそんなものは意味が無いと痛感する。
「さぁキール、カローラ!その老いぼれにとどめを刺せ!」
「「はっ!」」
エミヨンの命令で、キールとカローラは突き刺している剣に魔力を注ぐ。
その影響でエルドリア皇帝は、今まで聞いたことないような断末魔の声を上げていた。
耳を割くような苦悶の声に、ガンマ達は皇帝を救おうと動く。
「おっと、させないっすよ!」
「んぐう、邪魔をするなぁ!」
ガンマ、シーラ、ゼクシリア王子の3人は重力魔法によってその場に縫い付けられてしまう。
必死に振り解こうとするも、その重力魔法は前よりも遥かに強いことに気がついた。
「こ、この重力、前よりも強い!?」
「当たり前っすよ。こういう時のために力は隠してたんすから」
困惑するシーラに、フリーは嬉しそうに不敵な笑みを浮かべていた。
そしてそこに時間を取られている隙に、とうとうキールとカローラの魔力は溜まってしまった。
「お前達、やれ!」
「ウィンドカーブ!」
「アイスバーン!」
「ぐああぁぁぁ!」
皇帝の胸に突き刺さる2本の剣によって、半身は鋭い風の刃で切り刻まれ、もう半身は差し口を中心に氷漬けとなる。
刻まれた方からはドス黒い血がダラダラと流れ真っ赤に染まり、氷漬けの体はボロボロと端から崩れていった。
不意打ちからの一連の攻撃によって、エルドリア皇帝はその息を今引き取る。
「さらば皇帝。そして今より、私の時代が始まる!」
ゼクシリア王子達が絶句するなか、狂気に満ちた笑みと共に、エミヨンは高らかと宣言した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます