7章 34. 獣の性

 フリーを倒しエミヨン派の勢力を全て倒した俺は、なぜか獣人族達から魔王として崇められている。


 俺としては正直嬉しくない称号だが、皆は本気で喜んでそう叫んでいるので止めることも出来ず、結局受け入れることとなった。




「ダーリーン!お疲れ様―!」




「おおっと、シンリーも皆を守ってくれてありがとな」




 戦闘時は終始獣人族の護衛に回っていたシンリーが俺の元に駆けつけ、勢いよく飛びついてくる。


 いきなりで俺は体勢を崩したが、それでもどうにか彼女を抱きとめた。




「ダーリン大丈夫?どこか怪我してない?」




「平気だよ、ちょっと手こずったけど今回は打撲程度で済んだからな」




「やっぱり怪我してるじゃない!もう、もしものことがあったらどうするのよ」




 フリーから受けた攻撃といえば岩石を何発ももらったくらいで、それほど大怪我はしていない。


 だというのにシンリーは俺の体を心配してか、不安げな表情で治療にあたってくれる。


 ちょっと大袈裟な気もするが、彼女の優しさを無下にするわけにもいかないので、大人しく傷を治してもらおう。




「灯様、いや魔王様、我ら同朋の乗船ももうすぐ完了致します」




「魔王……、まぁいいや。それでもうすぐ出航出来るのか、了解だ」




 シンリーに治癒されていると、兎人族のおさであるジェイから報告が上がった。


 魔王という呼び名には全く慣れる気配がないが。




「はい、これで傷は完治したわよ」




「ありがとうシンリー。よし、それじゃあ出航前に沖周辺の状況でも確認しに行くか」




 シンリーによる治癒も完了したので、出航前にもう一度周辺に危険はないか確認に向かう。




「それならばあしがお供するぜよ」




「おっけー、あとはシーラも連れて行こうか」




「ダーリン私は?」




「シンリー達はもしもの時のために獣人族のそばに居てくれ」




 俺はシンリーや他の魔人達にそう指示を残すと、途中シーラを引き連れカイジンと共に沖へと飛翔する。




 そして近海にはもう敵勢力は存在しないことを確認すると、一時港へと帰還した。




「よしっ、今のところ海は安全だな。このうちにとっとと島へ帰るぞ!」




「それがいいですわね」




 新世界魔獣人国への出入口は今のところ竜の島にしか無い。


 だがいつまでも港にいたらまたいつ敵に襲われるか分からないので、とっとと帝国を出航する必要がある。




「「魔王様―!」」




 と、港へ降りシーラ達とそんな話をしているとこちらへいくつかの人影が駆けてくる。


 目を凝らして見てみると、その姿はラビア達であることが分かった。


 だが、その割にはなぜかいつもよりその数が多い気がするのは気のせいだろうか。




「魔王様、先程は私達を守ってくださりありがとうございました!」




「皆も救出してくれてありがとうございます!」




「ほんとに皆を救っちゃうなんて、魔王様達凄いですー!」




「あの、これ、食事をお持ち致しました……」




「……」




 ラビア、ネイア、アイラ、セーナの4人は口々に俺達の功績を讃え、わちゃわちゃと周りを取り囲んでくる。


 だがやはり、そんな中に1人だけ俺の知らない人物がいた。


 見たところ兎人族の女性のようだが、ラビア達よりは大人っぽく見える。彼女は一体何者だろうか。




「魔王様!魔王様!」




「ねぇー、話聞いてますー?」




「あっ!ご飯私が食べさせてあげますよー!」




「そっ、それは私がやる……!」




「……」




「えぇーい!落ち着けお前ら!話が進まんだろうが!」




 いつ彼女の紹介があるのかと待っていたら、ラビア達はいつまで経っても自分達の話しかせず、さすがに耐えきれずキレてしまった。


 俺の怒りに彼女達はしゅんとなって落ち込むが、俺は悪くないからな。




「取り敢えず飯はありがとう、貰っとくよ。んで?そっちの兎人族の女性は誰なんだよ?」




「あっとそうだ、まだ紹介してませんでしたね。彼女は私とネイアの姉レイアです」




 兎人族で年長者っぽい見た目から薄々勘づいてはいたが、彼女はラビアとネイアの姉らしい。


 しかし今まで会ったことが無かったということは、つまりはそういうことなのだろう。




「初めまして灯様、それとも魔王様の方がよろしいですかね?」




「どっちでもいいよ。それよりすまなかったな、救出が遅くなって」




「いえ、私達はもう自由は得られないとばかり思って生きてきましたので、こうしてまた妹達に会えただけで幸せです……」




「そうか……」




 やはりレイアは帝国に囚われていた奴隷の1人だったらしい。


 ラビア達は砂漠で会った時から周りより一回り幼かった。


 それなのになぜ救出メンバーに加わっていたのか謎であったが、どうやら姉のレイアを救うために扮装していたみたいだ。


 前から何かあるんだとは思っていたが、そういうことだったとは。




 もっと早く言ってくれれば、優先して捜索に当たることも出来たというのに。


 俺達に気をつかっていたのだろう。




「はぁ……、ラビア、ネイア」




「「は、はい!」」




 俺は1つ大きくため息をつくと、真っ直ぐラビアとネイアを見据える。


 その目に何かを察したのか、2人は自然と姿勢を正す。




「お前ら、そういう大事なことはもっと早く言え」




「で、でも、それだと皆様の迷惑に……」




「迷惑なんて気にするなよ、俺達は友達だろうが」




「は、はい……、ごめん、なさい……」




「あり、がとう、ございます……」




 ピリついた空気の中、俺は2人に優しく微笑みかけそう告げた。


 その瞬間、ラビアとネイアは緊張の糸が解れたのか、地面に崩れて号泣しだす。


 これまで多くの苦労があっただろうに、どんな困難も2人で乗り越えてきたのだろう。




 レイアはそんな2人を後ろから抱き締め、彼女も目に涙を零す。


 今だけは泣いて全てを吐き出せばいいさ。


 ようやく家族と再会出来たのだから。




「貴方様、意外と優しいところもあるのですわね」




「ばーか、俺は優しさしかねーよ」




「確かに、口は悪いがその通りぜよ」




 シーラのいたずらっぽい笑みと嫌味に対し俺も半分冗談交じりに答えたが、なぜかカイジンは間に受けて納得顔である。


 こいつ意外と天然なのか?




「魔王様、もう大丈夫です。色々とありがとうございました」




「結局魔王呼びなんだな。まぁまた何かあったら今度こそ声掛けるんだぞ?」




「「「はい!」」」




 しばらくしてラビア達も落ち着いたようなので、そう締めくくる。


 それよりもう魔王って呼び名は定着してるんだな。


 まぁ別にいいけど。




「それで魔王様、今後とも妹達のことをよろしくお願い致しますね」




「は……?それってどういう――」




「もちろん、末永くという意味ですよ」




「ぐっ……、色々とツッコミた過ぎて言葉が出てこない……!」




 これで話は終わりかと思われたが、そう綺麗には終わらなかった。


 やはり彼女達がいる限りそっちに話題が転がるのは避けられないのだろうか。


 というかなぜもうレイアがそのことを知っている!




「よろしければ私も是非御一緒したいですけども……」




「多過ぎるわ!なんでこう、獣人族はハーレムを作りたがるのかね!?」




「やはり、獣の性なのでしょうか?」




「知らねーよ!」




 レイアだけはまともであって欲しかったが、残念ながら彼女もあっち側の者だったらしい。


 俺は獣人族の倫理観には着いていけないよ。




「それで、今後はどうするのですか?魔王様の新たな国で改革をなさるのでしょうか!?」




「すげぇグイグイ来るな……、俺は内政になんか興味ないから」




「そうなのですか、せっかく皆も慕っているのですから魔王様が引っ張って下されば安心だと思いますけど……」




 前言撤回、レイアはラビア達以上にタチが悪かった。


 初対面でこんな推してくるとか、随分とタフな根性してるよ。


 ともかくこれ以上ここに居たら変な方向に話が向かいそうだ。




「俺まだやることあるからこの辺で!」




「ああっ、まだ聞きたいことが沢山あったのに……」




 俺はレイア達を無理やり振り切る様に、上空へと飛び逃げる。




「あっそうだ、セーナ飯ありがとうなー!」




「あ、は、はい……!」




 空へ逃げたところでセーナに飯を貰ったことを思い出したので、改めてその礼もきちんと伝えておく。


 突然声を掛けられたセーナは、金のキツネ耳が真っ赤にさせ照れている様子であった。




「貴方様、それでどこに行くんですの?」




「ああ、今のうちにちょっと帝国を回ってきて、魔獣を仲間にしてこようと思うんだ」




「そう言えばこの国の魔獣はまだ仲間になっていなかったぜよな」




「そういうことだからこっちは任せるぞ!」




 レイア達から逃げるための口実にしてしまったが、これも大切なことなのでしっかりとこなさなければならない。




 こうして港周辺は魔人達に任せ、俺は帝国を巡って魔獣達を仲間にする旅へと出るのだった。

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