7章 5. あしは空の魔人ぜよ

 魔人を探しに行くのを止めて呼び出す作戦に切り替えた俺達は、巨大な竜巻を生み出すことに成功した。


 島を囲む山に沿うように生み出された巨大な竜巻は、全てを吸い上げるほど強大な風圧であり、洞窟に避難している俺達も油断したら体を持っていかれそうである。




「ご主人様、何か見える?」




「まだそれっぽいのは見当たんないな。もう少し探ってみるよ!」




 俺は現在ドロシーに体を飛ばされないように支えてもらいながら、マナと融合したことで得た視力を駆使して怪しい人影が現れないか探っている。


 竜巻を生み出せば魔人が現れるかもしれないなどと希望的観測で始めた作戦ではあるが、それでも皆の協力を無駄にする訳にはいかない。


 そう思いながら目を凝らしていると、竜巻のはるか上方で小さな人影の様なものを発見した。




「む、あれは……」




「何?ダーリン何か見つけたの?」




「ああ、ちょっと行ってくる!」




 それを見たのはマナの目でもってしてもほんの一瞬であり、すぐに竜巻による暴風の影に隠れてしまった。僅かなものであったが、それでも今はそれだけが唯一の手掛かりなので逃すわけにはいかない。


 俺は即座にマナとの融合を解くと、ライチと融合し直し竜巻の中へと突っ込む。




「うおぉっ!なんつー風だよ!」




『ピィ!?(大丈夫ですか灯!?)』




 ライチの心配する様な声が脳内に響くが、それに返事をする余裕も今は無い。


 あまりに強烈な風に体制を維持するのも困難なまま俺は竜巻に巻き上げられ、あっという間に上空へと投げ出された。




「ぬおぉ!負けるかー!」




 上空に放り出されて体はグルグルと回り平衡感覚が完全に狂っていたが、それでも右腕の翼をはためかせてどうにか姿勢を制御することに成功する。




「ふぅ、どうにか上まで来れたか……」




『ピィー(無茶し過ぎですよ)』




「はは、悪いな。にしても竜巻って上から見るとこうなってんだ。なんかすげぇな……」




 ライチの呆れたような声音に謝罪しながらも、足元の竜巻に目をやりその光景に感嘆の息が零れる。


 上から見た竜巻は台風の衛星写真の様に雲が巨大な渦となっている。肉眼で見るそれは写真で見た光景なんかよりも圧巻であり、自然の驚異を実感した。




「この竜巻、おまんがやったのか?」




「え……?」




 上から見た竜巻に感動していると、何者かなの声が聞こえてきた。


 突然のことに俺は困惑し、慌てて周囲を見回す。


 すると、後ろの少し上に誰かが居るのを発見した。


 その人物は鮮やかな水色の髪を短く切り揃え、身軽そうな衣を身にまとった渋顔のイケメンである。




「これはおまんがやったのかと聞いとる」




「えと、まぁ、下にいる仲間達と協力してやったけど」




「ちっ、面倒なことをしてくれたな……」




 しどろもどろになりながらもどうにか答える俺に、その人物は舌打ちで返し苛立ちを露わにする。




「そう言うあんたは誰なんだ?」




「あしは空の魔人ぜよ」




「ぜよ?」




 やはりと言うか、予想通り目の前の人物は空の魔人だった。


 まさかこんな即興の作戦で呼び出せるとは思わなかったので驚愕したが、こんな上空で何の装備もなく宙に浮いているのだから、魔人でない訳が無いのだ。


 しかし、「ぜよ」なんて言う人が実際に居るとは思わず、そこに驚いてしまった。


 なんだか今日は色々と驚かされてばっかりだな。




「おまんらが竜巻なんぞ作ったせいで、あしの島が引き寄せられて迷惑しとるんぜよ」




「そ、それは申し訳ないです……。すぐに消すよう言ってくるよ」




 竜巻に引き寄せられてやって来たとは思ってもいなかったので、急いで下に降りて竜巻を消すよう指示を出すため構える。


 だが、それは魔人に止められてしまった。




「いや、それには及ばん。あしが今すぐに吹き飛ばす」




 空の魔人はそう言うと、両手を竜巻の方に突き出す。


 その瞬間、竜巻を横から潰すように強烈な風が吹き荒れて、その風の影響によって竜巻は見事に掻き消えてしまった。




 これが空の魔人の力なのだろう。島を浮かしていると聞いた時から思っていたが、やはり想像を絶する能力の持ち主らしい。




「おい、おまんらはなぜこんな竜巻を発生させたのだ?」




「それはあんたに会うためだ。俺達は魔人を探していたんだよ」




 空の魔人の問い掛けに俺は正直に答えた。


 すると魔人は鋭い目付きに変わり、ジロジロと俺の身なりを眺めてくる。


 そうしてしばらくすると、ゆっくりと口を開いた。




「その装備品、おまん他の魔人に認められちゅうようだな」




「まぁ一応はな、だからあんたにも力を貸して欲しいんだ」




 空の魔人は俺の装備品を見て、他の魔人に認められているということを認識した。


 だから俺は、その流れで力を貸してくれないかと頼むことにしたのだ。




「ふっ、それで竜巻を発生させたということか。なかなか面白いことを考えるぜよ」




 空の魔人は俺達のやったことに小さく息を漏らし薄く笑う。


 この作戦はゼクシリアの考えたものだが、意外と上手くいって良かったな。




「まぁこの作戦を考えたのは別の奴なんだけどな。それより、協力の方はどうなんだ?」




「ふん、あしは自分の目で見て判断しやーせんにゃ力はさん。どうしてもと言うなら、おまんの力あしに示してみせるぜよ」


 


「なるほど、一筋縄ではいかないということか。なら遠慮なく!」




 空の魔人の協力を得るためには、俺の力を示す必要があるらしい。


 だから俺はライチの雷を身にまとった最高速度で突撃する。


 力を示すならこの一撃で十分だ。




 そう、技を出す前の俺は思っていた。


 だが残念ながら、その目論見は大きく外れてしまう。




「な、避けられた……?」




「こんなものか?おまんの力は」




 雷の如き俺の一撃は指1本かすることも無く空を切り、空の魔人はというといつの間にか俺の背後に移動していたのだ。


 あまりの速さに俺の目はまったく追いついていない。




「速さであしに勝てるとは思わん方がいいぜよ」




「ぐっ、まだまだぁ!」




 背後で余裕の言葉を吐く空の魔人に対し、俺は連続で最速の突きを放つ。


 だがそれらの攻撃を空の魔人は全て紙一重で交わしていた。


 その表情は余裕そのものであり、俺の攻撃になんの脅威も感じていないことが伝わってくる。




「その雷と腕サンダーバードか、しかし残念じゃったな。その力ならあしも使える、より強いのをな!」




「っ!速――」




 今の今まで目の前にいたはずの空の魔人は、気づけば姿は無くなり残っていたのは小さな雷の道筋のみである。


 そして、次の瞬間に俺は背中に強い衝撃を受け吹き飛ばされていた。




「ぐふっ、は、速さで完全に負けてる……!」




『ピ、ピイィ(私の速度を上回るなんて)』




 空の魔人の圧倒的な速さに、俺もライチも為す術はなくただやられるだけであった。




「どうした、もう限界か?こんな程度じゃあ、あしの力を貸すわけにはいかんぜよ!」




 ようやく勢いも治まり体勢を建て直した俺に、空の魔人は上から見下ろし小馬鹿にするように言ってくる。


 その言動は腹立たしいが、速さでは完膚なきまでにこちらが負けてる以上言い返すことも出来ない。




 だが、このまま黙って負けてやるつもりも毛頭ない。




「いいぜ、ならここからは戦い方を変える。俺と俺の仲間達の力を総動員して、あいつに勝ってやろうじゃねぇか」




 俺は1人そう呟きながら、口元を釣り上げて笑みを浮かべる。


 ここからは魔獣達全員の力を借りて、全力を以て空の魔人に挑む。


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