7章 4.理科の実験

 空の旅をはじめて最初に見つけた積乱雲には、結局魔人の姿はなかった。


 大変だったのは雲に近づいた途端、フロートゴートに一斉に襲われたことだ。


 俺の体質の影響なんだろうが、巨大な綿飴が迫ってくるような光景に思わず見入ってしまっていたら、息が出来ないほど埋もれてしまったのは失態である。


 最近はそういうことも少なかったので忘れていたが、体質のこともあるのだし今後はもっと慎重にいこうと思う。




 そして現在俺達は、荒れた天候を探して空を飛び回っていた。




「どこも天気が良くてなかなか見つからないなぁ」




「うん」




 意外と天候の悪い所はなかなか見つからず、魔人の捜索は難航していた。




「そういや何で天気の悪そうな所を探すんだ?」




 ふと、そもそもなぜ荒れた天候の場所に魔人が居るのか理由を聞いていなかったので、時間潰しの意味も込めて尋ねてみた。




「空の魔人は、竜巻で巻き上げられた小さな浮き島に暮らしているからですわ」




「浮き島?島が浮いてるってこと?」




「えぇ、だから空の魔人の周囲はいつも天気が悪いんですよ」




 シーラの説明に俺が驚いていると、リツが付け加えて説明してくれる。


 それで天気の悪い所を探す理由は分かったが、まさか竜巻で島を浮かせるとは空の魔人はやることが大胆だな。




「竜巻の発生条件は確か強い上昇気流だったよな。なら、台風とかそういうのを探してみるか」




 竜巻に関する知識は正直朧気であるが、それでもなんとなくは分かるのでそれっぽい場所を探してみることにする。




























 ――






















 






 その後空の魔人を捜索し続けたが、結局その日は何の成果も得られることは無く一旦仕切り直す為に竜の島へと帰還した。




「灯、魔人は見つかったのか?」




「いやダメだった、全然見つからないな」




 俺達が帰ってきたことに気づきゼクシリアが駆け寄ってきたので、浮き島のことも含め今回の成果を話す。




「なるほど、竜巻か……」




 俺の話を全て聞いたゼクシリアは、何やら考え込む素振りを見せる。その様子から何かいい案でもあるのかもしれない。




「なぁ灯、その悪天候とやらを我々で発生させるのはどうだ?」




「俺達でか?」




「ああ、空の魔人が悪天候を好むのなら、我々がより一層強力な悪天候を作り出すことが出来れば上手く釣れると思うんだ」




 ゼクシリアの案は、自分達で竜巻を発生させ空の魔人を誘い込もうというものであった。


 確かに彼の言う通り、今日みたいに世界中を飛び回って魔人を探すよりも、竜巻を作って呼び出した方が早そうな気はする。


 それに竜巻を作るなんて、理科の実験の拡大版っぽくて面白そうだ。




「よし、明日はそれでやってみるか!」




「了解だ!」




 こうして俺達はゼクシリアの提案に乗り、竜巻を発生させ魔人を誘い出す作戦に変更した。






 翌日、今日も快晴である竜の島の中央に集まった俺達は、この快適な天候を荒れさせる実験の準備を始める。




「ゼクシリアは竜巻の発生条件は知ってるのか?」




「詳しくは知らないが、昔魔法の訓練をしていた時に巨大な風を発生させたことならある。私が提案したのは、その経験があったからなんだ」




「なるほど、そういや帝家の皆は秘伝魔法とかで凄い炎を出せるからな」




 帝家は代々伝わる秘伝魔法として、超高温の炎を操ることが出来る。そして帝国は雪国であるので、その気温差の関係で突風が発生したのだろう。


 その時のは偶発的なものだったのだろうが、今回はそれを自発的に発生させなければならないのだから大変だ。


 だが幸いなことに、ここは竜巻を発生させるのに好条件であった。


 この島は周囲が岩山で囲われているため、力を凝縮するには最高の立地なのだから。




「空気は温かいのと冷たいのの2種類があって、温かい方が軽いんだ。だから温かい空気の塊に冷たい空気をぶつけると温かい空気が押し上げられて上昇気流が発生するんだよ」




「そ、そうなのか。灯は随分と詳しいんだな……」




 俺は学生時代授業で習った知識を朧気ながらゼクシリアに伝える。


 別にこれまで頭がいいキャラって訳でもなかったので、いきなりそんな話を披露されてゼクシリアを含め周囲の者達は全員戸惑っている様子だった。




 まぁこんなものは知ってて当然みたいなものなので、皆の反応はスルーして説明を続けよう。


 俺だってそこまで詳しい訳じゃないんだから変に突っつかれたらボロが出てしまうし。




「それで温かい空気の方は、ガンマとゼクシリアに任せようと思うんだがどうだ?」




「ああ、問題無いな」




「おう!熱さなら任せてくれ!」




 高温なら任せろとばかりにガンマは胸を叩いて応える。ゼクシリアも熱に関しては心配は無いだろう。


 問題は低温の方だな。




「で、冷たい空気の方なんだが、シーラとドロシーいけるか?」




「どうでしょう、わたくしは問題ありませんが……」




「あんまり自信ない」




 シーラはたぶん大丈夫だろうが、ドロシーは難しそうな顔をしていた。


 確かに泥は冷たいのだが、ゼクシリアとガンマとの温度差を考えると少々不安が残る。


 かと言ってシーラだけに低温の方を任せるのは負担が大き過ぎるだろうし、どうしたものか。




「それならば、私に任せて下さい」




 俺がどうしようか悩んでいると、突然リツがそんなことを言ってどこかへ飛び去って行く。


 そしてしばらくして戻ってきた時には、背後に数匹のドラゴンを引き連れていた。




「この子達はフリーズドラゴンと言い、氷系のブレスを吐くことが出来ます。役に立つのではないですか?」




「おぉ、氷か!助かるよリツ。よろしくなフリーズドラゴン!」




「「「シャゴアァァ!」」」




 フリーズドラゴン達は、白い息を吐きながら鳴き声をあげる。


 氷の様に透き通った水色の鱗が特徴的な、なんとも美しい幻想的な竜達だ。




 リツの連れてきた3匹のフリーズドラゴンの参加によって、どうにか低温側も準備は整った。


 後は竜巻の元となる渦巻きを用意すれば、理論上竜巻は作れるだろう。




「この中で風系の魔法使える人っている?」




「はいはーい!私使えるよー!」




 肝心の渦巻きの発生方法に関しては正直分からなかったので、最後の手段として魔法に頼ることにした。


 幸いなことにステラさんが風系の魔法を使えるらしかったので、これで条件は全て揃ったことになる。




「よーし、それじゃあ早速始めようか!まずはゼクシリアとガンマで空気を温めてくれ!」




 ゼクシリアとガンマだけを島の中央に配置して、他の面々が避難したのを確認した俺は2人に号令を出す。




「おっしゃ任せろ!」




「了解だ、フレイムショット!」




 俺の合図と同時にガンマは島の地面を一瞬でマグマ地帯に変貌させ、更にその上をゼクシリアの炎の弾が飛び散る。


 これであの周囲の空気はかなり温まっただろう。




「よし次だ!ステラさん、島の山に沿うように空気の流れを作って貰えますか?」




「出来るけど範囲が広いからかなり弱くなっちゃうよ?」




「それで問題無いのでお願いします!」




「りょーかいっ!ウィンドロード!」




 範囲が広い分威力はかなり落ちるらしいが、これは竜巻の基礎となる渦の流れさえあればいいので、弱くても問題は無い。


 ステラさんの魔法によって、囲われた岩山に穏やかな風の流れが発生するのを確認した。


 ここまで来れば後は最後の仕上げのみだ。




「最後だ!シーラ、フリーズドラゴン、島の外側から一気に冷気を送ってくれ!」




「分かりましたわ!」




「「「シャゴアァァ!」」」




 俺は事前に山の外に出ていたシーラ達に指示を送る。


 その声を聞いたフリーズドラゴン達は一斉に口から凍えるような冷気を吐き出し、更にシーラによる広範囲の海水と合わさることで即席の吹雪を生み出した。




 吹雪は島の中央で温められている空気と衝突し力強く押し上げ始める。


 更にステラさんの作ってくれていた風の流れに乗ることで、島を丸呑みするほどの巨大な竜巻へと変貌していった。




「うおぉぉ!これデカすぎるだろ!?」




「ダーリン、速くこっちへ!」




「おう!ガンマ、ゼクシリア速く避難するぞ!」




 想像以上に巨大な竜巻が発生し度肝を抜かれていると、後ろからシンリーの声が聞こえてきたので慌ててそちらへ避難を開始する。




「か、風が強過ぎる……!」




「こりゃやべぇな」




 だが、島の中央にいたガンマとゼクシリアは竜巻の風圧に耐え切れず飛ばされそうになっていた。




「まったく、しょうがないわね!」




 そんな2人を見かねたシンリーは、咄嗟に地面から根を生やしてガンマ達の体を固定させる。


 おかげで2人は飛ばされずにすんだ。




「ナイスシンリー!」




「これくらい当然よ!」




 俺はシンリーに礼を言うと、彼女は誇らしげに胸を張ってみせた。




「よし、後は魔人が来るのを待つだけだ……!」




 俺は魔人の登場を見逃さないようにマナと融合し、その瞬間を待つ。




 と、その時俺は竜巻の上方で小さな何者かが動くのを目撃したのだった。


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