6章 エピローグ
クリサンセマム王国で行われた勇者選別は、マリスの優勝で幕を閉じた。
しかし当事者であるマリスは、なぜ自分が優勝したのか理解が追いついていない。
「何で、僕が優勝……?」
「恐らくその武器だろう。輝きや放たれている魔力の量が明らかに異常だ。それは通常の魔剣ではない。恐らくそれこそが、この戦いの勝者に与えられる勇者の剣ということだ」
「じゃあ、これが勇戦闘者ってことですか?」
「ああ、そうなるな」
状況がよく分かっていなかったマリスも、直前まで対戦相手であったクリスの説明で納得してきた。
この勇者選別決勝本戦の勝利条件は2つ。
1つは参加している騎士の中で最後の1人まで残っていること。そしてもう1つがスラム街のどこかに隠されているという優勝者に与えられる勇者の装備を見つけることだ。
マリスはその2つ目の条件を満たし、優勝を決めたのである。
「なんか、歯切れの悪い終わり方ですね……」
「だがそれがルールだ。私達はそれに従うまで」
先程まで白熱した激戦を繰り広げていたクリスも、今はいつもの冷淡な雰囲気に戻っている。
太刀もすでに鞘に収めており、戦う意思はもう存在しない。
マリスもそんなクリスを見て、今一度勇者の剣に目を向けると刃を収めた。
『これにて勇者選別は終了と致します。参加した騎士の皆様は赤軍騎士団本部前までお集まり下さい』
一緒に戦った今は意識を失っている仲間達を1箇所に集め寝かせていると、そんなアナウンスが聞こえてきた。
「聞こえたろう、すぐに移動するぞ」
「はい!でも皆は……」
「問題無い、脱落者は他の者がすぐに回収に来るだろ。命の危険のある傷を負った者はいないのだし心配は無用だ」
「り、了解です!」
マリスは仲間達に一礼すると、クリスの後を追って赤軍騎士団本部へとやって来た。
そこにはすでに他の残っていた騎士達の姿があったが、その数は自分達を入れてもたったの5人。
そこから、あの戦いがどれ程熾烈を極めていたのかが伺える。
「よく集まってくれたな」
「国王陛下!」
集合したマリス達の前に現れたのは、何とクリサンセマム王国の現国王カージェリスタ・クリサンセマムであった。
クリスはその姿を見るや否や即座に跪き、他の者達もそれに続くように頭を下げ跪く。
カージェリスタは残った5人の騎士全員を一瞥すると、最後にマリスのところで目を止める。
「優勝者マリス、顔を上げよ」
「はっ!」
カージェリスタに促されて、マリスはゆっけりと顔を上げて国王を見据える。
「勇者選別に勝利したそなたは、今日から勇者を名乗ることを許可する。国のためにその力大いに振るうがよい。残りの装備はそれだ」
「はっ!」
マリスはカージェリスタより、勇者の称号と残りの装備である兜、鎧、盾を託された。
これで晴れてマリスが勇者であることが、正式に認められたことになる。
「さて、そなたらはなぜこんなことをしたのか不思議に思っていたことだろう。それを今から説明する」
カージェリスタの言葉にマリスは小さく息を飲む。
こんな強力な装備を持たされて、これまで通り任務を続けるなんてことは無いと分かってはいたが、その目的までははっきりと理解していなかった。
だが、その謎もここで解明されるとあって、一同には緊張が走る。
「その目的は、帝国との戦争だ」
「……え」
「近年帝国の身勝手な動きは目に余る。これ以上同盟条約を蔑ろにする奴らを放置してはおけぬからな。勇者とは戦争において我らの最強の矛であることを意味する。マリスよ、そなたが役目を全うしてくれることを願っておるぞ」
カージェリスタはそれだけ言い終えると、踵を返し騎士達の前から姿を消す。
突然の戦争宣言と勇者の役目を知り、マリスはまだ実感が湧くわけもなく放心状態となっていた。
「戦争か……。勇者マリス、貴様の任務は誰よりも重要なものだ。国のためにも失敗は許されない。そのこと胸に刻んでおけ」
「……はい」
熟練の騎士であるクリスは、すでに戦争が始まることを覚悟し気持ちを切り替えていた。
そんな彼に激を飛ばされ、マリスは未だ納得がいかないままか細い声で返事をする。
こうしてその後の目的を知らされた後、一同は解散となった。
――
勇者選別が終わってたか数日後、サクリファイスによる昏倒から意識を取り戻したライノ達は、共闘した仲間内で盛大な打ち上げを開催していた。
「はっはっは!いやー、まさかマリスが優勝するとはな!」
「ですよねー、ほんと驚きですよ」
「はは……、まぁ優勝出来たのはほとんど皆さんのおかげみたいなものですけどね」
自分の隊員が優勝したことを大いに喜んでいるライノとそれに同調するアマネ。マリスは2人に何度も賛辞を送られその度に苦い顔をしている。
「いえ、勇者の剣を見つけたのはマリス君なのですから、私達は関係ありませんよ」
「あれもほんとに偶然なんだけどね……」
「だとしてもその運を引き寄せたのはそなた自身じゃ、そう謙遜するでない。そういつまでも畏まっていては皆に悪いぞ」
「はい……、ありがとうございます」
レグザーとフレシアにも賞賛され、マリスは照れを隠すように頭を搔く。
彼女言う通りいつまでも認めずにいれば他の皆にも申し訳ないと思い、マリスは有難く皆の言葉を受け取ることにした。
そんなマリス達の横のテーブルでは、いつの間に親しくなったのかディークとエルフルーラが仲良さげに話をしている。
その横ではガロンド隊やフレシア隊の面々も楽しげに声を上げて酒を酌み交わしていた。
「戦争、か……」
だがそんな楽しげな空間の中で、マリスだけは心の底から楽しむことが出来ず、時折暗い顔をのぞかせている。
そうして勇者選別の打ち上げを楽しんだ翌日、王国にある一報が届いた。
それは、ボウルサム帝国皇帝エルドリア・マルキス・ソーガ・エインシェイトが崩御したこと、そして新たにエミヨン・カデナ・ディアニアという人物が皇帝を名乗り、帝国の新体制を築くというものだ。
この報告に、王国の人間は様々な感情を胸に抱く。
そして皇帝が崩御したことを気に、王国は開戦への準備を本格的に開始するのだった。
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