6章 29. 一時離脱させてもらおう

 赤軍騎士8名に加え3騎士の1人であるレゼントと戦うことを決めたフレシア達は、簡単な打ち合わせを済ませると各々武器を構える。




「いいなお前達、奴が盾を展開したら攻撃は全て無意味となる。絶対に正面から挑むでないぞ」




「はい!」




「了解です!」




 アマネとデリシアはフレシアの言葉に深く頷き、それぞれ右と左に別れて行動を開始する。


 フレシアはあえて正面から突撃し、自身を囮にする。3人の中では彼女が最も警戒されているので、ならばその警戒心を利用してやろうという魂胆だ。




「おいお主ら!こっちじゃ!」




 フレシアは隠れていたたてものから勢いよく飛び出すと、刀を上段に構えたまま赤軍の陣へと飛び込んでいく。




「出てきたか、お前達迎え撃て!」




「「「はっ!」」」




 赤軍騎士はレゼントの指示に従い、後衛4人は弓を構え前衛4人が片手剣と盾を構える。


 まず後衛4人が一斉に射撃を開始するが、放たれた4本の矢はフレシアが全て斬り落とした。




「くらえ!」




「おらぁ!」




「甘いのう」




 矢を凌ぎ地面に着地したところを前衛の騎士2人が駆け出して狙いに行く。


 しかし、着地の隙を狙ったというのにフレシアの身体能力はそんなもの意にも返さないかのように、鮮やかに騎士2人を相手取ってみせる。




「やはり強い。剣術の腕ならクリスさんとほぼ同レベルだな」




 そんなフレシアの剣技を後方から見ていたレゼントは、そんなことを呟く。


 彼はクリスの数年後輩にあたる騎士であり、それ故フレシアの赤軍時代を知っている人物でもある。


 だからこそ彼女の実力も充分認め、最も警戒していたのだ。




「俺が前衛で攻撃を防ぐ、お前達はその隙に全員で矢を放て!」




「はっ!」




 レゼントは素早く騎士達に指示を飛ばすと、彼らの頭上を軽々とひとっ飛びで越え、フレシアの正面に躍り出た。


 巨体からは想像出来ない身軽さである。これもフレシアがレゼントを懸念する1つの要因であった。




「ふん、ようやく前に出てきおったか。随分と舐められたものじゃの」




「あなたに恨みはないですが、勝つためにここで倒されてもらいますよ」




 刀を肩に担ぎ半笑いを見せるフレシアに対し、レゼントは恐れる様子など微塵も見せず堂々と宣言した。


 そこには負けることなど一切感じさせない、強者の余裕が伺える。




「負けて恥をかいても知らぬぞ!」




「それはこちらのセリフだ!」




 フレシアは力強く地面を蹴り、鋭い突きを放つ。


 対するレゼントは両手の甲をフレシアの方へ向ける。するとそこから極厚の赤き盾が展開された。


 これこそが、赤軍最強の盾「反射型防壁」だ。




 レゼントの盾に勢いよく衝突したフレシアの切っ先は、貫くことが出来ず勢いをそのままそっくり返されて、大きく後方に吹き飛ばされた。


 そして、その隙を狙う様に赤軍騎士の矢の雨が降り注ぐ。




「ぬぅ……!」




 この連撃にはさすがのフレシアもたまらず苦悶の声をあげる。




 が、フレシアはただやられている訳では無い。彼女の目的は囮であり、今まさに2人の仲間が不意をついて攻勢に出ていたのだ。




「せやあぁぁ!」




「はあぁ!」




 レゼントが正面に盾を展開した瞬間、両サイドに潜んでいたアマネとデリシアが襲いかかった。


 突然奇襲を受けた赤軍騎士達には動揺が走る。




「隠れていたのか。だが甘い!」




 しかし、そういう攻めで攻略してこようとする者と幾度となく戦ってきたレゼントは、突然現れた2人に対しても冷静に対処した。


 正面に構えていた両手を横に広げ、盾を自身の横に展開させて2人の攻撃を封じる。




「ぬわあっ!」




 両手剣を上段から振り下ろしていたデリシアは、勢い止まらず反射型防壁によって吹き飛ばされた。


 レゼントはそのままもう一方の奴も吹き飛ばされて終わりだろうと考える。




 しかし、アマネはまだ諦めてはいなかった。




「ここよ、長柄槍起動!『伸槍鋭突』」




 レゼントの構える盾にに触れる直前、アマネは必殺技を起動させたのだ。


 アマネの必殺技伸槍鋭突は、槍の矛先を伸ばし糸や鞭の様に自在に操ることが出来る。


 それを使って盾を滑らせるように槍を操り、レゼントの背後まで伸ばした。




「これなら避けられないでしょ!」




「むっ、これはまずいか。仕方ない……アーマーシールド起動!」




 アマネの自信満々で勝利を確信した声に対し、レゼントは若干動揺しつつも冷静に次の一手を繰り出してくる。


 咄嗟に両手の反射型防壁を解除した後、今度は鎧に仕込まれていた盾を展開したのだ。




「なっ、嘘でしょ!まだ盾あるの!?」




 アーマーシールドは使用者の全身を包み込む様に球状に展開する、全方位防御用の盾である。


 せっかく策を講じて後一歩のところまでいったというのに、惜しくもアマネの攻撃は阻まれてしまったのだ。




「もう少しだったが、残念だったな」




 悔しさから歯を食いしばっているアマネに対し、レゼントは上から悪どい笑みを浮かべていた。




「いや、良くやったぞお前達。ようやく隙が出来たわい」




 しかし、フレシアはこうなることも全て計算済みだったのだ。


 彼女は鎧を天高く起動させて天高く舞うと、必殺技を起動させる。




「確かにその盾は優秀じゃが、弱点もある。刀起動!『桃龍乱舞』」




 フレシアは空中から桃色の龍を呼び出すと、一気に振り下ろす。


 その狙いは当然レゼント――、ではなくその後ろにいる赤軍騎士8名だった。




 アーマーシールドの弱点は、それを起動している間他の武装を起動出来なくなることだ。そしてそれは反射型防壁を起動出来なくなることを意味している。


 現在アーマーシールドでアマネ攻撃を防いでいるレゼントは身動きを取れず、他の騎士達のカバーには回れない。


 この隙こそがフレシアの狙いであった。




「うわぁ、く、来るなぁ!」




「やばいっ!」




「ひいぃー!」




 赤軍の騎士達は悲鳴を上げて逃げ出すが、桃龍はそんな彼らよりも圧倒的に速く一瞬で先回りする。


 逃げ場を失い呆然と立ち尽くす騎士達を相手に、フレシアは容赦なく必殺の一撃を見舞ったのだ。




「くっ……、狙いは騎士達だったか!」




 桃龍が通過した後には、立っていられるものは1人もおらず、8人は同時に脱落させられたのだ。


 これでフレシアの騎士撃退数は合計13人。現在ダントツでトップを独走していたが、残念ながらそれは意味の無い称号であった。




「さて、残るはお主だけじゃな」




「……!」




 あっという間に劣勢へと追い込まれたレゼントは、フレシアの言葉に無言で歯噛みする。


 目には先程までの余裕は消え失せ、焦りから怒りの色が混じっていた。




「盾しかないあんたは仲間が居なきゃ私達には勝てないでしょ!」




「確かに、あとは攻め続ければいつかは勝てるってことね」




 先程吹き飛ばされたデリシアも復帰し、アマネのことばに付け加える。


 3対9から一転して、3対1という状況が出来上がっていた。




「ちっ、見抜かれていたか。フレシアさんの入れ知恵だな……!」




「いや?アマネ達にはそこまで教えてはおらん。自分で戦って見出した結論じゃよ」




 フレシアは作戦の概要は伝えたがそれの真意までは伝えていない。


 レゼントの弱点は彼女達自身が見つけたのだと、淡々と答える。




「なるほど、青軍は能力だけでなく頭脳も優秀であったか」




「「いやー、それほどでもー」」




「お前ら……」




 戦闘中だと言うのに、敵に褒められアマネとデリシアは嬉しそうに頭を搔く。


 この2人の似たもの同士っぷりには、さすがのフレシアも重いため息をつくのだった。




「まぁ良い、ともかくお主はここまでじゃ。観念するんじゃな」




「悪いが、俺にはまだやることがあるのでそうはいかない。ここは――」




 レゼントは言葉を途中で区切り溜めを作る。


 それを不思議そうに見ていたアマネ達3人は続く言葉と同時に驚きの光景を目にした。




「一時離脱させてもらおう!」




 そう声高らかに宣言したレゼントは、アーマーシールドを展開させて球体のまま勢いよく跳ね上がったのだ。


 空中に避難したレゼントは、球体を維持して建物の壁を蹴って逃げていく。


 そのゴムボールが跳ねているかのような光景には、フレシア達も空いた口が塞がらなかった。


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