6章 27. だから俺は最後まで俺らしく
赤軍本部3騎士が1人クリス。彼は他の追随を許さないその圧倒的な剣才を以て、若くして赤軍最強の男となった。
赤軍には個々の力は無いと思われているが、彼を含めた3人の騎士だけは違う。
矛、盾、射、それぞれずば抜けた才を持つ彼らは、王国の切り札としてこの王都を守り続けてきた。
その最強の剣士が今、ライノの前に立ちはだかっていたのだ。
「やれ」
『グオオオォォォ!』
荒れ狂う赤き雷を見に纏ったかの如き、荘厳な姿で唸り声をあげる赤龍は空高くに滞空していたかと思うと、次の瞬間にはライノ目掛け一直線に降りてくる。
そんな、恐怖を体現したかの様なクリスの必殺技に対し、ライノは真正面から斧を構えていた。
「へっ、これぐらいの龍なんざ、今まで味わってきた戦いの日々に比べたら、どうってことねぇぜ」
ライノは己の相棒とも言える両手斧を強く握り締めると、苦笑い気味に強がりを口にする。
顔には大粒の汗が頬を伝っており、そのことからこれがどれだけピンチな状況であるかが伺えた。
「そういうことは受けきってから言え」
「当たり前だ、両手斧起動!『拡大兜割り』」
クリスの反論するように、ライノは自身の武器に魔力を注ぎ込む。
そんなライノの準備を待っていたかのように、赤龍は全速力でライノに襲いかかった。
『グオオオォォォ!』
「はああぁぁぁあ!」
流星の如く降り注ぐ赤龍目掛け、ライノは巨大化させた斧を振るった。
その瞬間、空間を震わす程の衝撃波と共に赤と青の閃光が激しくぶつかり合う。
一瞬互角のように見えた両者の必殺技であったが、その力の差は少しずつ現れはじめた。
赤龍の想像を絶する圧倒的な力に対し、ライノも地面に足がめり込むほどに踏ん張って耐えていたが、それでもジリジリと後退させられ、今や膝が地面すれすれまで追い込まれていたのだ。
「ぐっ、この、くそっ……!」
『グオオオォォォ!』
赤龍の攻撃を必死に堪えるライノであったが、両手両足は震えだしもう限界は近い。
そんなライノの様子を無表情で眺めていたクリスは、誰にも聞こえないほど小さくため息をついた。
そのことから、彼が少なからずライノのことを期待していたことが分かる。
「こんなものか、やはり大したこと――」
「まだだ!アーマー起動!」
クリスの落胆した声をかき消すように、ライノは全力で声を張り上げ鎧にも魔力を注ぎだす。
斧だけでなく鎧にも多量の魔力を注ぐことは、先のことを考えると愚策であるが、彼はそんな先を見るような男ではない。
その一瞬一瞬に全力を注ぎ込み、力には力で真っ向から立ち向かうのみなのだ。
「うぉらぁぁぁあ!」
『グオオォォ……!』
鎧を起動させることでライノは全身の身体能力を極限まで向上させ、先程まで押されていた赤龍を押し返す。
やがて赤龍の放つ強い赤光は、ライノの全身から放たれる眩いほどの青い輝きに飲み込まれていった。
「トドメだこの野郎!」
先程までの劣勢とはうって変わって見事に巻き返してみせたライノは、最終的に両手斧を全力で振り抜き赤龍を無に帰した。
「へっ、どうだよクリス先輩。これで満足か?」
「……驚いたな。まさか本当にこの私の必殺技を打ち砕くとは。久し振りに楽しめそうな奴に会えた」
クリスの放った赤龍は一切の手加減もない。
それなのにその強大な力に対し、真正面から打ち砕いてみせたライノにクリスの口元は少し吊り上がる。
「おっ、おぉ、クリス先輩って笑うんすね……」
相変わらず目だけは無のままだが、それでも感情に変化が現れたことにライノは驚きを隠せないでいた。
「馬鹿を言うな、私の感情は動かない。澄み渡る水面の心でいなければ剣は鈍る」
「そうすか、まっ、そんなことは関係ねぇや。それより、後はあんたを叩き潰すだけですぜ」
「……かかってこい」
下手な敬語で堂々と宣言するライノに対し、クリスは一切動じることは無く、再び無表情に戻ると鋭い眼光で見据える。
一瞬和んだ両者の空気に、再び張り詰めるような緊張が満たされ、静寂を斬りさき強く大地を踏みつけた。
「うらあぁ!」
「……」
ライノの振るう上段からの大振りの一撃を、クリスは一切揺らぐことなく、軽々と刀でいなし更に反撃を加える。
その流れる様な一連の型にライノは身を強ばらせるが、それでも負けじと次の一手を繰り出す。
しかし、攻撃を繰り出す度にクリスの反撃によって、ライノは体に傷を作っていくのだった。
「くそっ、相変わらずバケモノみてーな強さだな……!」
「さっきの威勢はどうした?こんなものじゃないだろう」
隙の一切ないクリスの剣戟に、ライノは堪らず大きく飛び退いた。
いくら赤龍を破ったとはいえ、両者には埋められないかけ離れた実力差がある。
1対1で戦っていてはライノの敗北は必須だ。
だが、それでもライノは諦めることなく力強い眼でクリスを見据える。その瞳には一切の諦めの色など感じられない。
「ここまで実力差があって、なぜ貴様はそうまでして戦える?」
「実力差のある戦いなんざこれまで何度も味わってきたんだよ。その度に俺は自分の不甲斐なさを突きつけられた。でもな、ここで折れたら俺は俺じゃなくなっちまう。だから俺は最後まで俺らしく戦い抜くんだ!」
かつて絶対強者である魔人と戦った時も、ライノは諦めなかった。
たった1度拳を交わらせただけで力の違いを突きつけられたが、それでもライノは最後まで戦い抜いた。
それこそが、このライノという男の生き様なのだ。
「負けると分かっていても尚続けるか、愚かな考えだ」
「へっ、何とでも言えよ。これが俺のやり方だ」
「いいだろう、ならば徹底的に叩きのめし現実というものを知らしめてやろう」
「ははっ、そりゃいいや。胸をお借りするぜ、クリス先輩」
ライノの馬鹿すぎるほどに真っ直ぐな生き様に、クリスは言い知れぬ感情が芽生えていた。
だが、その正体は彼には分からない。だからこそ、それを知る為にもクリスはライノとの戦いを続けるのである。
――
ライノとクリスの戦いが始まってから5分が経過する。
まだそれほど時間は経っていないように思えるが、それでも両者の間には、明らかな動きの違いが現れ始めた。
ライノは攻撃を繰り出す度に動きの1つ1つが鈍くなっていくのに対し、クリスはその度に研ぎ澄まされていく。
騎士としての格の違いが、時間が経つ毎に如実に現れてきたのだ。
「どうしたライノ、随分と斧が重そうだぞ?」
「なんの……、まだ、まだぁ!」
クリスの挑発にのせられるようにライノは斧を振るうが、もうクリスはその斧を刀でいなすこともせず、簡単に避けて反撃を繰り返すのだった。
最早力の差は歴然、いつ決着がついてもおかしくは無い。
そんな時、とうとう疲労がピークに達したのか、ライノの意識が一瞬途切れてしまった。
その時間はコンマ1秒にも満たないのだが、クリスの前でその一瞬の隙は命取りである。
「気が緩んだか、これで終わりだ」
隙を見せたライノに容赦なくクリスの刀が迫る。
奮闘したライノであったが、彼もここまでだ。
「ぐっ、しまっ――」
と、そう思われたが。
「あー!くそが!」
謎の罵声と共に、ライノとクリスの間に何者かが割って入ってきた。
その者はライノを庇うようにクリスの刀を受け止める。その結果ライノは辛うじて脱落を間逃れたのだ。
「……」
「うっ、相変わらずなんて力だ……!」
だがそれでもクリスの刀は止まらず、突然現れたその者毎ライノを斬るつもりで、より一層刀に力を込めだした。
その迫力に乱入者は押し込まれる。
「ちょ、隊長!何してるんすか!?」
「どういうことですかこれは?」
「俺らには指示出しといて勝手に動かないで下さいよ」
「あーあ、結局クリス先輩と正面から戦うのか……」
しかし、更に4人の乱入者が現れたことでさすがのクリスも大きく飛び退く。
絶対絶命のピンチであった筈のライノだが、その者達のお陰で九死に一生を得る。
突然両者の戦いに割り込みライノを救ったその人物は、彼の長年のライバルであるガロンドとその隊員達であった。
「ガ、ガロンド、てめぇなんで……」
「うるせぇな、お前の戦いが不甲斐ないからわざわざ加勢しに来てやったんだ!少しは感謝したらどうだ!」
困惑するライノに対し、ガロンドは荒っぽい口調であしらう。
こうして、ガロンドという意外な助っ人の登場により、クリスとの戦いは激化していくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます