6章 25. ライバルとの再戦

 青軍フレシア隊隊長フレシア。彼女の経歴は騎士団の中では少し異例だ。


 とある村で生まれた彼女は、幼少期から類まれなる剣技の才を持っていた。ある時村に魔獣が侵入してきた時、目にも止まらぬ速さでたちまち斬り伏せたことから、訓練士へスカウトされ騎士への道を歩み出す。




 が、彼女の経歴が異例なのはここからだ。騎士団は赤青の2色があるのだが、本来ならどちらかへ入軍してしまえばもう変更することは出来ない。


 だから訓練士時代は再三にわたり、どちらの軍に入るか深く考えるようにと口を酸っぱくして言われる。


 そして訓練士を終えたフレシアは青軍――、ではなく赤軍へ所属したのだ。




 そこから数十年間、彼女は赤軍の騎士として職務を全うしている。


 だが、そこからどういう経緯で青軍へ移籍したのか。その秘密を知る者は、この国には極わずかしかいない。




 不明瞭な点の多いフレシアではあるが、それでも彼女が騎士団で唯一軍を跨いだ人物であることは紛れもない事実である。


 その証拠に、赤軍時代の名残か彼女の扱う魔剣の魔力色は赤系統に属するのだ。




「フレシアさ〜ん、ありがとうございます〜」




 颯爽と現れ窮地を救ってくれたフレシアに対し、アマネはふにゃふにゃと弱々しい声音で感謝を述べる。




「情けない声を出すでない!」




「す、すみません……」




「ったく、それにこやつらもじゃな。せっかく久々に桃龍を呼び出したというのに、たったの一撃でやられるとは。相変わらず赤軍の騎士はごく1部を覗いて地力が低いのう」




 フレシアは弱音を上げるアマネを叱責すると、その間足元に伸びている赤軍騎士5人を見渡してため息を吐く。




「仕方ないですよ、いきなりフレシアさんの必殺技なんて受けたら青軍でもこうなる人達は多いと思いますよ?」




「ふぅむ、ここ数年は全体的に騎士自体がたるんでおるようじゃな。落ち着いたら鍛え直してやるか」




「わ、私は任務があるので遠慮しておきます〜」




 何気なくやられた側のフォローに回ったアマネだが、まさかそのとばっちりが自分にまで向いてくるとは思わず早々に寝返る。


 フレシアはそんな若い騎士達に再びため息を吐くが、そこへまた新たな騎士が駆けてきた。




「フレシア隊長―、お婆ちゃんの救助完了ですよー」




「おお、ご苦労じゃったな」




「ば、ばあちゃん!」




 駆けてきたのはフレシア隊の隊員であるデリシアだ。彼女は隊長が赤軍の騎士を相手にしているうちに、瓦礫の下敷きになっていた民間人の救助を行っていたのである。




 彼女の腕にはお婆さんが抱かれており、先程まで地に尻もちを着き黙って経緯を見守っていた青年は、それを目にした瞬間慌てて駆け出す。




「お婆ちゃんの御家族さんですか?ちょっと擦り傷は目立ちますが、お婆ちゃんはご無事ですよ」




「あ、ありがとうございます、騎士様……!」




「そんなに泣くんじゃないよ。この通りばあちゃんは無事じゃから」




 デリシアにお婆さんの無事を告げられた青年は、涙を流し震える声で礼を口にする。


 お婆さんは泣き崩れる青年の頭を優しく撫でながら、自分が問題ないことをアピールした。


 そんな微笑ましい光景に、アマネは思わず心が温まり目に涙を浮かべていた。




「しかしお主ら、なぜ避難をしなかったのじゃ?」




 青年とお婆さんがある程度落ち着いたところで、フレシアは彼らがここにまだ残っていた理由を聞き出す。




「避難勧告が出た時に逃げ出そうとはしたんですが、ばあちゃんは足が悪くてすぐに動けなかったんですよ。近所の連中は一目散に逃げ出してしまって助けを求めることも出来ず、そうして今に至るという感じです……」




 青年は暗い顔で俯きがちに、これまでのことを説明してくれた。


 その話を聞いた女性騎士3人は、目に見えて怒りを募らせる。




「やはりこの戦い、わしは気に入らんの……」




 この勇者選別決勝の裏にある狙い、スラム街の住人の間引きという予想がいよいよ本格的に当たってきたことを悟り、フレシアは静かに目を細める。




「珍しい魔道具が手に入るかもと思ってたけど、こんなので貰っても全然嬉しくないわ」




「民間人にまで被害を及ぼすなんて、こんなの直ぐに辞めるべきですよ!」




「それは無理じゃな。国が公式に始めた戦いを今更止められる訳がないし、そもそもそんなことをしているうちに全て終わるじゃろ」




 デリシアもフレシアに賛同するように怒りを口にし、アマネは決勝戦の中止を提案する。


 だがそんな案はフレシアによって即座に却下された。




「ともかく、今はこの者達を安全な場所へ避難させるのが先決じゃな」




 ここで悩んでいても仕方ないという口調で、フレシアはアマネとデリシアに声を掛ける。


 その言葉にはアマネ大いに賛成であった。




「はい、フレシアさん達とは隊は違いますが、乗りかかった船ですし助けてくれた恩もあります。是非私も同行させて下さい!」




「アマネちゃんは強いから大歓迎だよ!それになんか、不思議と親近感も湧くしねー」




「わしとしても戦力は多いに越したことはないからの。力を貸してくれると助かる」




 デリシアとフレシアは嫌がる素振りなど一切見せず、アマネの申し出を受け入れた。


 結託した3人はお婆さんと青年を連れて、スラム街の外を目指して移動を開始する。




 こうしてまた、別の所で謎の同盟が結ばれたのだった。




























 ――


























 孤児の兄妹を救助したマリス、エルフルーラ、レグザーの3名は、現在は他の避難が遅れてしまった民間人の警護をこなしていたのだった。


 彼らが救助した民間人はもう既に10人は超えている。想像以上に避難が完了出来ていないことに、3人は焦りを覚えていたのだった。




『赤軍5名同時に脱落、現在残っている騎士は37名!』




「今度は5人同時か、だんだんと数が減ってきたな」




「はい、でもまだ半分以上は残っていますから油断は出来ませんよ」




「うん、気を引き締めていこう」




 定期的に流れてくるアナウンスに耳を傾け、3人はそれぞれ勇者選別の脱落者の数に頭を巡らせる。


 騎士はまだ半数以上残っており、残念ながら自分達の周りに勇戦闘者の気配も一切感じられない。




 まだまだ戦いは長引きそうだと改めて気を引き締め直していたその時、路地の角から騎士が姿を現した。


 言ったそばから敵の登場かと、マリス達は三者三様に各々の武器を構え警戒する。


 だが、その相手騎士の存在にマリスは思わず声を零す。




「ディ、ディーク!?」




「マリスか、こんな所で出会うとは運がいいな」




 マリス達の前に姿を現したのは、予選トーナメントの決勝でマリスの対戦相手だったガロンド隊の騎士、ディークであった。


 まさかの再会にマリスは思わず驚きの声を上げ、ディークも嬉しさから息を飲んで喉を鳴らす。




「知り合いなのか?」




「はい、僕とレグザーさんの同期です……」




 この場で唯一ディークの存在を知らないエルフルーラに、マリスは簡単に説明をする。




「ディーク君、お久しぶりですね」




「レグザーも居るのか、貴様ともケリをつけたいところではあるが、今用があるのは……」




 ディークは久しぶりの再会を果たしたレグザーとの挨拶は程々に、すぐにその視線はマリスへと向けられる。


 予選トーナメントの決勝で敗北したディークは、この決勝でマリスとの再戦を望んでおり、それが今目の前で叶おうとしているのだ。


 こんなチャンスを彼が逃すはずもない。




「うん、分かってるよ。エリーさんレグザーさん、悪いけどここは僕1人に任せて貰えないかな」




「し、しかし!3人でかかった方が――」




 マリスの申し出に意義を唱えるエルフルーラだったが、同期であるレグザーはその意図を理解したらしく、彼女の腕を引いて言葉を途中で遮る。




「エリーさんの言い分は理解してるよ。でも、この場だけは誰にも譲る訳にはいかないんだ」




「ふん、覚悟は出来ているようだな」




 マリスの言葉に、ディークは満足げに鋭い笑みを浮かべた。


 無意識的に、お互いライバルとの戦いに心を踊らせていたのだ。




「もちろんさ、だからこの場は僕に任せて2人は市民の皆を頼んだよ」




「……分かった。ここは任せたぞ!」




「頑張って下さい」




 エルフルーラもマリス達の決意に納得し、救助していた民間人を誘導してその場を後にする。


 レグザーも小さく声援を残しその後を追いかける。それがどちらに送られたものかは分からないが、マリスとディークはすでにお互いのことしか意識内になく、他の全てが脳内から排除されていた。




 マリスとディークは一瞬の静寂の後、最速で地を蹴り同時に刃を激しく交差し合う。


 こうして、ライバルとの再戦が幕を開けたのだった。


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