6章 24. 騎士以前に人間失格
「騎士のお兄ちゃんお姉ちゃんありがとー!」
小さな手を無邪気に振る孤児の妹。無事にスラム街から避難させたマリス達は、2人に手持ちのお金を少しばかり握らせると、別れることとなった。
マリス達にはまだ勇者選別の決勝がありスラム街を出ることは出来ないので、そこまでしか彼ら子ども達を見送ることしか出来なかったのだ。
「取り敢えずこれで被害に合うのは防げたかな」
「ああ、念の為最低3日は生きられるだろう金も持たせたし、この後は騎士団の本部へ行くようにも言ってある。紹介状も書いたからもう心配はいらないだろう」
例えお金を持たせたとはいえ、彼らはまだ幼い子どもなのだ。悪どい輩に遭遇し、渡した金を取られてしまう可能性が絶対にないとは言い切れない。
だからエルフルーラは別れ際に、騎士団本部へこの子達を保護する様にと紹介状を書いて持たせたのだ。
「レグザーさんも、ここまで着いてきてもらっちゃってありがとうね」
「いえ、お気になさらず」
マリスは子ども達の姿が見えなくなるまで見送った後、途中から自分達に同行してくれたレグザーに礼を伝える。
レグザーは無表情なまま、冷淡に返事をするのみであったが。
「しかし、なぜ突然会ったばかりの我々に協力したのだ?」
エルフルーラも感謝を伝えつつ、しかし何の事情も聞かず協力してくれたことに対し疑問は持っていたようで、そのことを追求しだした。
マリスもそのことに関しては気になっていたらしく、黙ってレグザーの返事を待つ。
「あなた方を助けたのは、うちの隊長の意思に従った結果です」
「隊長って言うと、フレシアさんか。意思ってどういうことなの?」
「決勝に進んだ私達隊員は隊長から、勇者の装備を探すのではなくこの街にまだ残っている住民の救助する様指示を受けましたので、それに従って行動したまでです」
レグザーはマリス達の質問に対して淡々と回答する。
無感情ではあるが、そこからフレシア隊長の指示には逆らわないという忠実さが伺えた。
「なぜ、その隊長は住民の救助を優先したのだ?」
「それは分かりません」
エルフルーラはレグザーからフレシアの真意を聞き出そうとしたが、残念ながらそれは叶わなかった。
3人の間に一瞬の沈黙が漂い、気まずさが場を支配する。
マリスとレグザーは顔見知り程度の仲で、エルフルーラなど先程知り合ったばかり。他人も同然の3人なのだからそれも仕方ないのだろう。
「それでは、私は隊長の指示に従いますのでこれで――」
「ちょ、ちょっと待ってレグザーさん!」
その沈黙を脱するようにレグザーが動こうとしたが、マリスは慌ててそれを止める。
まだ考えがまとまっていないのか、マリスは口元をもごもごさせていたが、やがて意を決したらしく静かに口を開く。
「あの子達の様に騎士の戦いに巻き込まれる人達を見過ごす訳にはいかない。だから僕もレグザーさんと一緒に行動させてほしいんだ!」
「え……」
マリスの突然の申し出に、レグザーは困惑し言葉を失う。
だがそんな彼女に畳み掛けるように、今度はエルフルーラも乗り出してきた。
「私もマリスに同感だ。騎士同士の争いで市民が巻き添えを食らうなどあってはならない。私にも協力させてくれ!」
「……分かりました。よろしくお願いします」
レグザーはマリス達の申し出を一瞬悩んだが、先程子ども達を救っていた姿を思い出し、彼らの正義感を信じることにした。
「じゃあ、僕ら3人で避難してない人達を助けよう!」
「うむ、よろしく頼むぞ!」
「はい」
こうしてマリス、エルフルーラ、レグザーという軍も隊も違う3人が、奇妙な巡り合わせによって共闘することとなった。
彼らの意識の中に、もう勇者選別の装備のことは一切はない。
――
南西側からスタートしたアマネは、現在複数の赤軍騎士と交戦していた。
「右の建物へ追い込め!」
「挟んで動きを封じるぞ!」
「攻撃が来る!全員盾展開しろ!」
左右に幅広く展開し連携を駆使して攻めてくる5人の赤軍騎士に対し、アマネはじりじりと壁際へと追い詰められていた。
「あーもう!ちまちまと鬱陶しいなー!」
アマネは敵の小狡い戦法に、そうとうフラストレーションが溜まっているご様子だ。
それでもアマネが彼らに倒されずにいるのは、個々の実力に大きな差があるからである。
だからこそ油断せず確実に勝ちを取りに来ようとする赤軍の騎士に対し、アマネは一切手を抜けない緊張状態が続いているのだ。
だが、そんな拮抗した状況も長くは続かなかった。
とうとう壁まで追い込まれ逃げ場を失ったアマネに対し、赤軍騎士は一斉に距離を取り背負っていた長弓を構えだす。
「必殺技で決めるぞ!」
「「「長弓起動!『拡散射撃』」」」
5人の赤軍騎士は同時に長弓の必殺技を起動させる。
その瞬間、5つの弓から無数に拡散された真紅の矢がアマネを狙い一直線に放たれた。
「やばっ、これまずいかも……!」
アマネは咄嗟に盾に魔力を注ぎ防御体勢をとるが、それで防ぎきれる矢の量ではないことを直感し、鎧にも魔力を注ぎ真上へジャンプし緊急脱出を図る。
しかし、それでも完全には避けきれず十数本の矢はアマネに直撃するのだった。
「くうぅ、痛っ!」
空中で矢の強襲を受けたアマネはそのまま落下し、受け身も取れず地に崩れる。
「撃ち落としたぞ!」
「よし今だ!一気にトドメをさせ!」
地面に横たわり痛みを堪えるアマネに対し、赤軍の騎士は間髪入れずに畳かけようとしかけてくる。
絶体絶命のピンチであるが、しかしそんな中を意外な人物が止めに入ってきた。
「た、助けて下さい騎士様!ばあちゃんが!うちのばあちゃんが瓦礫の下敷きに!」
突然現れたのは全身土埃で汚れ、体の至る所に擦り傷のある青年であった。
青年は顔を真っ青に染めて、涙を流しながら必死に助けを求めてくる。
「ど、どうしたの……!?」
アマネはそんな彼に応えるように、痛む体を必死に抑え込み立ち上がった。
そのまま戦闘など一時放置し、事情を聞こうと青年の方へ足を向ける。
「ちっ、もう少しでトドメをさせたというのに邪魔をしやがって!」
だが、それを見た赤軍の騎士は小さく舌打ちして、苛立ち混じりに青年目掛け矢を1本放ったのだった。
威嚇の意味を込めて放ったのであろう騎士の矢は青年の足元に命中し、その衝撃で彼は大きく吹き飛ばされる。
「うぐっ、あぁ……」
「ちょっと、何をするのよ!?」
アマネは突然の赤軍騎士の行動に瞠目し、青年に駆け寄りながら怒鳴り散らす。
だがそんなアマネに対して、騎士達は軽く顔を見合わせると肩を竦めて笑いだしたのだった。
「ははは、おいおい本気か?スラム街の奴らなんか気にかけてどういうつもりだよ?」
「そいつらには何度も避難勧告は出していたんだ。それなのに逃げなかったそいつらが悪いんだよ。死んでも俺達を恨むなよな」
「そうそう、それにそいつらはこの街を不法占拠している犯罪者だ。助ける義理は無いね」
一通り笑い終えた騎士様が口々にする言葉に、アマネは血が滲みそうな程拳を強く握り締め、頭に青筋を立てる。
「あなた達、それ本気で言ってるの?」
「ああ?んなもん当たり前だろうが」
「命を弄び軽んじるあなた達に、同じ騎士を名乗ってほしくはないわ。騎士以前に人間失格よ」
アマネは自身でも驚くほど、彼らへの怒りで身を震わせる。
「ちっ、うぜぇ女だ。これだから青騎士は嫌いなんだよ」
「もういいからさっさとやっちまおうぜ」
怒るアマネに対し赤軍騎士5人は面倒臭くなったのか、トドメをさすため全員再び弓を構える。
そして一斉に矢を放とうとしたその瞬間、空からどこまでも澄み渡るような声が響いてきた。
「おいおい、女1人相手に随分と大人気ないのぅ。しかも民間人まで巻き込むとは、騎士の恥晒しもいいところじゃよ」
お婆さん口調とは裏腹に若々しいソプラノ質の声が聞こえたと同時に、空に一瞬影が入る。
突然の暗がりに全員が空を見上げるが、残念ながらそれに気づた時にはもう遅かった。
『ラアアァァー!』
美しい歌声の様な鳴き声と共に姿を見せたのは、桃色に輝く細長い龍であった。
呆然と立ち尽くす赤軍騎士5人目掛け、桃色の龍は一直線に襲い掛かる。
結果、騎士達は悲鳴の声をあげる隙もなくたったの数秒で、全員まとめて意識を刈り取られたのだった。
「よっと、平気かのアマネや」
「フ、フレシアさ〜ん!」
地面に膝をつき疲労困憊のアマネの前に颯爽と現れたのは、先日一緒に酒を飲みかわした騎士フレシアであった。
彼女は縋りよってくるアマネに対し、武器を肩に乗せ余裕の笑みを向ける。
フレシアの助太刀により、アマネは窮地を脱したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます