5章 34. せっかくの休みだってのに

 帝都へ帰り着いた俺達は、ゼクシリア王子とメルフィナ王女を城へ送り届けた後しばしの休日を得た。


 この1週間ちょっとは戦いの日々が続いていたので、久しぶりに気を休められる。




「はぁー、やっぱたまにはのんびりするのもいいなー」




「クウー(うんー)」




 俺は休みを利用し、久しぶりにクウ達魔獣と帝都周辺を散歩している。


 人目に付くのは望ましくないので早朝からではあるが、雪国らしい朝の新鮮な空気が心地よい。




「お前達にはここ数日戦わせてばっかりで申し訳ないな……」




「ピィー(そんなことはありません。私は灯と一緒にいられるだけで幸せですよ)」




「ギギッ!(灯殿のそばはいつも楽しいでござるからな!)」




 空を楽しそうに飛んでいるライチとイビルは、特に不満もなさそうで本心から俺との旅を楽しんでいるようだ。


 空を飛ぶ2匹に目を向けていると、アオガネが俺の横に回り込んでくる。




「どうした?」




「シャー(灯は今後この国をどうするんだ?)」




「どう、か……。まだ分からないな」




 突然のアオガネの問いかけに対し、俺は上手く答えを見いだせなかった。


 最初は帝国の人間は全員獣人族を奴隷としか思ってない奴らばかりかと思っていたが、帝家の様に全員が全員獣人族を利用しようとしている訳では無い。


 そんな人達と触れ合ってきて、全てを敵と認識することが出来なくなって来ているのだ。




「シャー(俺達は灯がどんな決断をしようと着いていく。安心して自由に生きろよ)」




「自由にか、確かにその方が気楽でいいかもな」




 ここ最近は多くのことで頭を悩ませてきたが、初心に戻って俺がやりたいと思ったことを自由にやるのも悪くないかもしれない。


 そうすることで失敗もするだろうが、自分の決めた道なら後悔もないだろう。




「ありがとうアオガネ、ちょっと考えてみるよ」




 俺が礼を言うと、アオガネは静かに少し後方に下がっていく。




「クウッ!(あっ、ライチがなんか取ってきた!)」




「ん?っておぉ!いつの間に狩りなんかしてきたんだよ!?」




「ピイィー!(灯、いいのが居たので一緒に食べましょう!)」




 アオガネと話し込んでいるうちにライチは狩りに出かけていたようで、巨大なクマを蹄で掴みながら戻ってきた。


 体毛は真っ白で、まるでホッキョクグマの様な見た目をしている。




「ははっ、それじゃあ久しぶりに皆で料理でもするか!」




「クウー!(やったー!)」




 念の為キャンプ用の料理セットを持ってきておいて良かったと安堵しながら、俺は久しぶりに動物の解体を始める。


 ここ何日もこういった自給自足の旅はしていなかったから、なんだか懐かしさを覚えつつその後も皆で楽しく騒いでいた。




























 ――




























 午前中クウ達との散歩を楽しんだ俺は、若干テンション高めで寮へと戻ってきた。




「あー!やっとダーリン見つけたー!」




 そんな俺の帰りを待ち構えていたのはシンリーだった。


 彼女は何やら俺を探していたようで、慌てて駆け寄ってくる。




「ダーリンどこ行ってたの?」




「朝からクウ達と散歩してたんだよ」




「えぇー、いいなー!何で誘ってくれなかったの?」




「あーごめん、忘れてたわ」




 俺はガンマとの相部屋だが、まだガンマが寝ている時に部屋を出てきたし、そんな明け方に女子寮にシンリー達を誘いに行こうなんて考えは、一切思いつかなかった。




「ダーリン、酷い……」




「ごめんごめん!今度行く時は誘うよ!」




 シンリーが誘われなかったからなのか突然泣き出したので、俺は慌てて機嫌を取ろうとする。




「ほんと?」




「ほんとほんと!」




「やったー!絶対だからね?忘れないでよ?」




「あれ、涙は……?」




 シンリーは、今度は誘うと言った瞬間あっという間に泣き止んだ。


 まさかの嘘泣きに俺は声も出なかった。まさか魔人にこんな特技があったとは驚きである。




「あっいた!おい森、大将見つけたんなら連れて来いよ!」




「あー、ごめんごめん忘れてた……」




「お前なぁ……」




 シンリーと妙な約束を結んでいると、ガンマが慌てた表情で駆けつけてきた。


 随分と焦った様子だが、何かあったのだろうか。




「ダーリン、何か皇帝が緊急で私達のこと呼んでるんだよ」




「ああ、せっかくの休みだってのに、すぐに来いだとよ……」




「皇帝が呼んでるのか。分かった、すぐに向かおう」




 彼らが慌てている理由は分かったが、それにしても皇帝はなぜ俺達を呼んでいるのだろうか。


 ゼクシリア王子からは俺達を護衛兵にすると言われているが、恐らくその関係の可能性が高そうではある。


 まぁ何にしろ皇帝がお呼びとあらば行かないわけにはいかないので、俺は急いで正装に着替えると、シンリー達と共に高台の要塞城へ向かう。
























 ――
























 高台を登り城の前までやって来ると、ドロシーとシーラがすでに待っていた。


 そしてその横には元試験官であるキール、マーク、カローラの3人もいる。




「ご主人様やっと来た」




「ふふっ、まぁ元は休日だったのですから仕方ないですわよ」




 ドロシーは随分と待たされたかのような、不満そうな顔をしている。


 シーラはそんなドロシーを宥めるが、その後ろの元試験官3人もドロシーと同じ様に「おせーよ」って言いたそうな顔をしているので、だいぶ待たせたのだろう。




 まぁ別に俺は休みだから自由に休んでいたんだし、文句を言われる筋合いはないがな。


 文句があるならこの後会う皇帝にでもぶつけてくれ。








「せっかくの休みに呼び出すなんてふざけ――」




「おぉい!ちょっと待て!ほんとに文句言うやつがあるかよ!」




 謁見の間にて、皇帝陛下に面と向かってドロシーは不満を言い放った。


 まさか本当にやるとは思っていなかったので油断し、俺は慌ててドロシーの口を塞ぐ。




「も、申し訳ありません皇帝陛下!」




「はっはっは!よいよい、急に呼び出したのはワシなのだから気にはせんぞ」




 カローラが代表して慌てて頭を下げるが、皇帝陛下はそんな俺達を笑って許してくれた。


 この前聞いた第2試験のことといい、中々ユーモアに溢れる帝のようだ。




「おいドロシー、後で飯たらふく食わせてやるから静かにしてろよ?」




「……分かった」




 皇帝陛下が許してくれた隙に、俺は小声でドロシーを説得する。


 ドロシーはまだ不満があるようで頬を膨らませて怒っているが、それでも食事に釣られたのかここは引き下がってくれた。


 怒らせたのは皇帝なのだから、後で城の給仕室に言って飯でも用意してもらおう。




「さて、そなたらを急遽呼び出したのは他でもない、すでに我が息子ゼクシリアから聞いているだろうが、帝家側近の護衛兵となってもらうためじゃ」




(やっぱりか……)




 まぁ予想通りではあるが、ただなぜ休日を繰り上げてまで急に呼び出したのかその理由は気になる。




「発言よろしいでしょうか?」




「キールか、良いぞ」




「ありがとうございます。それで彼らの召集は休暇明けと伺っていたのですが、なぜ今日呼び出したのでしょうか?」




 俺が気になっていたことをキールが聞いてくれた。さすがクールガイだ。




「実は前までゼクシリアとメルフィナの護衛を務めていた者の容態が、良くならんのじゃ。武器に毒を塗られていたらしくてな、そのせいで回復が遅れているのじゃよ」




 どうやら前まで側近の護衛をしていた先輩方の具合が、まだ良くならないらしい。


 それは仕方の無いことだろうが、それなら臨時で他の人を護衛にすれば良いだろうに。




「元々はそなたらの休暇が明けるまでは臨時の者を護衛にするつもりじゃったのだがな、その者らは今寝込んでいる者たちよりも実力が数段劣るのじゃ。帝家の護衛は実力がなければ務まらぬ。敵が強力な毒を使うとなれば、ちと実力不足なのじゃよ」




 俺が思っていたことを、皇帝陛下はピンポイントで説明してくれた。


 まぁ帝家の護衛を弱い奴に任せて殺されでもしたら、元も子も無いからな。


 しかも敵が毒を使うとなれば守りは強化しなければならない。


 急に召集するには真っ当な理由だろう。




「灯、ドロシー、シンリー、ガンマ、シーラよ、休みを削るのは申し訳ないが、今日から護衛の任に就いてはくれぬか?」




 皇帝陛下直々の命令、いや要望に俺達は深く頷くことで応える。


 こうして俺達は、休みを返上して帝家直属の護衛兵へと昇格したのだった。


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