5章 33. イナリとの別れ

 港中を駆け回り見張りを眠らせ回っていると、ガンマが俺の元へとやって来た。


 どうやら獣人族を全員船に乗せ終わったらしい。


 後半はずっと走り回っていたので、さすがに息も絶え絶えであるが、ひとまず船の所まで戻ってきた。




「はぁ、はぁ、よしシーラ、取り敢えず人目のつかなそうな沖まで船を移動させてくれるか?」




「それは問題ありませんが、大丈夫ですか貴方様?」




「大丈夫大丈夫、ちょっと、疲れただけだから……」




 シーラは俺の状態を不安そうに見つめてくるが、船首に移動し波を操ることで船を出航させた。


 俺はただ肺が悲鳴を上げているだけなので、次第に良くなるだろう。




「この辺りでよろしいですか?」




「ああ、問題無いよ。ご苦労さん」




 やがて港が豆粒くらいの大きさになるまで移動した船は一旦動きを止めた。


 その頃には俺の息も元通りだ。


 ここまで来ればもう安心だろう。これで第3関門も突破、後はナーシサス諸島に帰るだけである。




「よし、じゃあ仕上げだな。出てこいイナリ!」




「ボアァッ!」




 俺の呼び掛けに応えモンスターボックスから飛び出してきたイナリは勢いよく海に飛び込む。


 久しぶりの海とあって少し嬉しそうだ。




「イナリ、この船隊をナーシサス諸島まで送り届けてくれるか?」




「ボアッ!(その程度楽勝だぜ!)」




 船は10隻もあるというのに、イナリは随分と余裕そうだった。


 俺達はここから先は同行出来ないので、最初からイナリに任せようと思っていたのだ。


 ただ、船の数も多くイナリでは引けないかもしれないから、最悪道案内だけでもと考えていた。


 だが、イナリはやる気満々で全ての船を引いていくつもりのようだ。


 さすがは海の王者と呼ばれるだけはある。




「俺は各船の奴らに説明してくるわ」




「任せたガンマ」




 そう言うとガンマは軽々と船を飛び移り、各船に乗っている獣人族達に今後の説明を始めてくれた。




「イナリ、途中で食えそうな獲物がいたら獣人族達にも分けてやってくれ」




「ボアッ!」




「後ナーシサス諸島までの道のりは分かるな?着けば族長達が対応してくれると思うから、そこまで任せるぞ」




「ボアッ!」




「俺達ももう少し調査をしたら一旦帰ろうと思うから、それまではイナリもそっちで待っててくれな?」




「ボアッ!(心配はいらんぞ、全て任せておけ!)」




 色々と細かく説明していたら、ガンマにこれ以上は必要ないと言われてしまった。


 しばらく別れることになるからと、ちょっと過保護になっていたようだ。




「大将、説明終わったぜ」




「ありがとう、それじゃあ俺達はそろそろ行くよ。またなイナリ」




「ボアァッ!(離れるのは寂しいが、再開を楽しみにしている!)」




 これ以上時間をかけると夜が明けてしまう。とうとうイナリとの別れの時間が来てしまったようだ。


 別れは寂しいがまたすぐに会える。今はただやるべきことに全力を注ぐだけだ。




「よし、急いで港に戻るぞ」




「だがどうやって戻るんだ?俺は海はちょっと苦手だぞ」




「あ……」




 港に帰ろうとしたが、戻る手段を考えていなかった。


 獣人族を脱出させることしか考えておらず、その後のことがすっかり頭から抜け落ちていたのだ。




「や、やべ、どうしよう……」




「全くダーリンはうっかりさんなんだから。ここは私に任せて!」




 さすがにこの距離を泳いで行くわけにもいかず悩んでいると、シンリーが海へと飛び込んだ。


 何をする気かと慌ててその行方を目で追うと、着水する直前に根を平らに広げ即席のいかだを作り上げた。


 一瞬で移動手段を確保するとは、本当にシンリーは頼りになる。




「サンキューシンリー!」




 俺はシンリーに礼を言いながら、獣人族を乗せている船から飛び降りた。


 かなりの距離があるが、途中でシンリーがツルを伸ばして受け止めてくれたので怪我は無い。


 その後他の魔人達が乗り込んだことを確認すると、再びシーラに波を操作してもらい、大急ぎで港へと戻る。


 もう地平線の先が微かに赤みを帯び始めているので、日が昇る前にアディマンテの館に戻らねば。




「よし、港へ到着だ!ありがとうなシンリーにシーラ」




「これくらいは構いませんが、ここからどうやって戻るのですか?」




 ココから館までの帰り道が気になっている様子のシーラに、俺は胸を張って答える。




「そんなの決まってるだろ。走ってだよ」




「「「えぇー!」」」




 まぁ当然のごとく大ブーイングだった。だがここに来るまで馬車を使っていた訳でも無いんだし、走る以外に移動手段が無いんだから仕方ないじゃないか。




「文句言ってないでさっさと行くぞ!」




「ご主人様、融合はずるい」




「しょうがないだろ!俺は融合しなきゃ絶対間に合わないんだから!」




 ライチと融合して速度を上げた俺に対し、ドロシーは不満げな表情だった。


 だがこうしなければ俺は並以下の走力と持久力なんだから、これくらいは許して欲しい。




 そんなこんなで、空が白む中俺達は屋敷を目指して全力疾走するのだった。






















 ――
























 港から全力で駆けること数十分、俺達はアディマンテの館へと戻ってきた。


 後は疑われないよう各々持ち場へ戻れば、これで任務達成である。




「それじゃ皆、また後でな」




 手早く挨拶を済ませると、各自の持ち場へこそこそと戻っていく。


 幸いまだ誰も獣人族が居なくなったことには気づいていないようだったので、騒ぎが起こっているということも無かった。


 こっちの警備員の交代時間は知っていたので、交代した後に襲ったおかげだろう。




 ただこの後起床時間になると当然獣人族が消えたことで、魔法師団は朝から慌ただしくなったのだが、俺達は何食わない顔でさり気なく捜査に協力する。




「灯さん、獣人族はどこへ消えたのでしょうか……」




「分かりませんねー、俺もメルフィナ王女の部屋の前でずっと構えてたので全く気づきませんでした。不覚です」




 へレーナさんと雑談をしながら、今は帝都へ出発する為の準備を淡々とこなす。


 朝は消えた獣人族のことで少し騒ぎになったが、警備員が誰一人怪我を負っていないことや、今は王子らを帝都へ帰還させることが最優先ということもあり、消えた獣人族のことは一旦保留となった。




「獣人族の仲間が助けに来たのかなー?」




「ステラ、それは有り得ませんよ。帝国にいる獣人族は皆奴隷で自由に動くことは出来ないのですから」




「じゃあ誰かが手引きしたってこと?」




「そうなります」




 一旦保留になったとはいえ、それが話題に上がらない理由にはならない。


 メルフィナ王女の付き人である彼女達でさえ、今は獣人族の話に夢中になっている。




「でも私は無闇に命を奪うのは嫌でしたから、逃げてくれたのなら嬉しいです」




「確かにそうですね。あれだけの数が死体になるとか想像しただけで吐きそうになります……」




「ふふっ、さぁ今日から帝都へ帰るのですから、気持ちを切り替えましょう!」




 メルフィナ王女は獣人族を処分するのは反対だったようで、逃げたことを少し嬉しそうにしていた。


 そんな彼女の号令で気持ちを切り替えた俺達は、手早く準備を済ませ出発する。




 その後3日間、誰かに襲われることも何か事故が発生することも無く、快適な旅の果てに俺達は帝都へと帰ってきたのだった。


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