5章 31. 殺すしかないだろう

 ゼクシリア王子の部屋に呼び出された俺は、そこで魔法師団を追い出されるのかと思っていた。


 だが王子の狙いはその逆で、俺を側近の近衛兵にするつもりらしい。




「なぜ、俺を側近にするんですか?」




「まず第1に実力だな。あのパーティー会場で灯はただ1人最後まで立っていた。しかもメルフィナを守るという使命を全うしてな。それだけの実力者を臨時で側近にしておくなど勿体ないだろう?」




 ゼクシリア王子の理由は理にかなっていた。確かに俺は、クウ達がいたとはいえあの場では最後まで戦い抜いていたし、メルフィナ王女も無傷ですんでいる。




 対してゼクシリア王子の護衛をしていた魔法師は、初撃の奇襲を王子から庇ったことで即ダウンしていた。


 それはそれで立派なことだろうが、一撃食らって退場してたら護衛等務まらないだろう。




「後は灯が魔獣使いということが大きい。メルフィナはあの目のせいで仲のいい者は少ないが、灯とはかなり打ち解けられているとへレーナ達から聞いていたぞ」




「えと、実はメルフィナ王女には自分が魔獣使いだってことがバレてまして……。王女も魔獣をペットにしているらしくてそれで親近感が湧いたのかもしれません」




「なるはどな、そういう事情があったのか。とはいえメルフィナと親しく出来る人材は貴重だ。そういった理由からそなたを護衛に任命したいのだが、お前達はどう思う?」




 ゼクシリア王子は俺を側近に任命した理由を説明した後、元試験官の3人に話を振った。


 王子に呼ばれるだけあって、実は彼らは相当な実力者だったのかもしれない。




「私はゼクシリア王子の決めたことなら賛成です」




「俺も問題ねぇと思いやす」




「私も異論はありません。ですが、灯1人だけでは護衛は務まらないのでは?」




 3人は特に不満はない様子だったが、ただ俺もカローラの言ったように1人だけというのは少し不安だと思っていた。


 他の元護衛は先の襲撃で大半がやられているとはいえ、護衛は1人で務まるものでもないのだから。




「もちろん他のメンバーにも、もう目星はついているさ。確か今回のパーティー会場襲撃時、敵幹部を仕留めた新人が2人いたな。彼らにも護衛を任せようと思う」




「というと、うちの班のガンマとシーラですかい?」




「そうだ」




 どうやら俺の知らぬ間に、ガンマとシーラも手柄を上げていたらしい。


 自分のことではないが何だか嬉しいな。




「そういうことなら私からも2名推薦したい人物がいます」




「ふむ、一体誰だ?」




「ドロシーとシンリーです。彼女らは先の戦闘で数千人の獣人族を無傷で取り押さえております。この制圧力は護衛でも十分役に立つかと」




「確かに彼女らの報告にも驚かされたな。分かった、検討しておこう」




 ゼクシリア王子の反応にカローラは静かに頭を下げる。


 ガンマやシーラだけでなく、まさかのドロシーとシンリーまで推薦されてしまった。


 随分と身内で固められているみたいだが、その方が色々と動きやすいのも事実なので何も言わないでおこう。




「一応先に伝えておいたが、正式に決まるのは帝都に帰ってからだ。灯、それまでの間は臨時としてメルフィナの護衛を任せたぞ」




「はい!」




 最後に改めて臨時としての務めを任され、俺はゼクシリア王子の部屋をあとにした。






















 ――


















 灯がゼクシリア王子の部屋を退室した後、マークとキールは訝しげな顔で王子に問いかける。




「ゼクシリア王子、魔獣使いを信用していいのですかい?」




「奴は魔法使いとして活躍する為この帝国へやって来たらしいですし、そういう事例は珍しくはない。しかし、魔獣使いとなると話は別です。必ず何かしらの企みがあるに違いない」




「……」




 ゼクシリア王子はキール達の疑いに沈黙する。


 その様子から、王子自身もまだ灯を完全に信頼してはいないということが伺えた。




「だが、奴は2度もメルフィナ王女の命を救っています。帝国に何かしらの企みがあるなら、帝家を救うとは思えません」




 カローラだけは、同じ班の部下だったこともあり灯を擁護している。


 だがそれは他の2人や王子も理解している為、カローラの説得はあまり参考にしていなかった。




「私も灯の目的には疑問がいくつかある。だが彼が命をかけて我々帝家を守ったこともまた事実だ。それは一緒に戦った私が保証しよう」




「ではゼクシリア王子は灯を信じるのですか?」




「いや、だからこそ身近に置くことで彼の真意を見抜こうと思っている。彼が帝国の敵でないのならそのまま護衛を全うしてもらう。だがもし仇なすのであれば――」




 ゼクシリア王子はそこで言葉を区切り、雰囲気を変え鋭い目付きで言い放つ。




「殺すしかないだろう」




 ゼクシリア王子のこの判断に、元試験官の3人は反論も苦言も呈することなく、静かに頷いた。






















 ――
























 ゼクシリア王子の部屋を出た俺は、その足でメルフィナ王女の元へと向かう。


 王子に言われた通り、俺は今臨時で王女の護衛の任に就いているし、それは帝都に帰るまで終わらないのだから、最後まで自分の任務は全うしなければならないのだ。




「メルフィナ王女、灯です。よろしいでしょうか?」




「あ、灯様っ!どうぞ」




「失礼します」




 メルフィナ王女の部屋の扉をノックし、許可を得た俺は入室する。


 その瞬間、目の前にやって来たステラさんになぜかバシバシと肩を叩かれた。




「灯君凄いじゃーん!よくメルフィナ王女を守ったよ!」




「はは……、取り敢えず叩くのやめてもらっていいですか」




「あ、ごめんごめん!でも灯君若いしちょっと頼りない雰囲気してたから心配してたんだよね。でもそんなの全然杞憂だったわ!」




「ステラ、少し落ち着きなさい。灯さんが困ってますよ」




 興奮気味に凄い勢いで語りだすステラさんをへレーナさんが押さえ付けてくれた。


 ステラさんから解放された俺は、ひとまずメルフィナ王女の元へ向かう。




「メルフィナ王女、お怪我はありませんでしたか?」




「はい、灯様が守って下さったおかげです」




 メルフィナ王女は恥ずかしそうに頬を赤く染めながら、お礼を言ってくれた。


 その初々しい表情は天使のように美しい。


 しかしそんな美しい表情は一転し、急に不安げな顔になった。




「しかし、宜しかったのですか?灯様が魔獣使いということをバラしてしまって……」




「あの状況じゃ仕方がなかったですから。それに先程ゼクシリア王子から、魔獣使いでも帝都で任務を続けていいと許可を頂きましたので、安心して下さい」




「そうでしたか、それは良かったです」




 メルフィナ王女は俺が解雇されるんじゃないかと心配していた様だが、まだ続けられると聞いて安堵の表情となった。


 先程まで自分の命が狙われていたというのに、なんと健気なのだろうか。




「へぇー、灯君魔獣使いだったんだー」




「黙っててすみません。やっぱ魔法使いじゃないと良くないですよね……」




「私は強くて王女様を守れるなら何でもいいと思うけどねー」




「それにメルフィナ王女も魔獣を飼育していますので、灯さんとの相性はいいと思いますよ」




 付き人の2人は俺が魔獣使いであることをどう思っているのか気になったが、意外と気に止めていないようだ。


 魔法の発達した国で獣人族を奴隷にもしている国だから、言い方は悪いがもっと差別的な反応を示されるかと思っていた。だが意外とそんなことは無いようだ。




 改めて思うが、帝国に来る前と後では想像していた国柄がだいぶ違うことをこの1ヶ月ちょっとで痛感した。


 どんな国でも、悪い人もいれば良い人もいるということだろう。


 ただ、それでも帝国の奴らが獣人族を利用しているということには変わりないし、その事は絶対に許せない。


 その価値観は今後何年この国に居ようと変わらないだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る