5章 21. 皇帝陛下から受験票を奪えるわけない

 メルフィナ王女の護衛に任命された俺達第1班は、現在彼女の乗る馬車の周囲を囲むように移動していた。


 馬術に関しては、この1ヶ月の訓練で習ったのである程度こなれている。俺は最悪話しかけて命令すればいいしな。




「昨日の戦闘で捕らえた獣人族はどうなるんですか?」




「彼らは捕虜という名目で帝都に保護している」




「何で捕虜?」




「いくら帝家が獣人族を嫌っていないとはいえ、帝都には獣人族に家族を奪われた者も多くいる。その者達の反発を抑える為にも捕虜という名目は必要なのだ」




「ふーん」




 ドロシーは獣人族を捕虜にした理由を聞いた割に、素っ気ない返事を返す。興味が無いなら聞かなければいいのに。




 それはそうとさっきの話の内容だが、どうやら帝家にも立場があってそう簡単に保護は出来ないらしい。


 まぁ俺としてはあのまま獣人族達を放置するくらいなら、捕虜でも何でも安全な所に居てもらえる方が安心するのでありがたい。




「しかしよく俺達みたいな新人を王女の護衛につかせたものだよなー」




「ふん、僕らの実力をようやく上も認めたということだろう」




「なるほど、そういうことか!」




 ジードとザリューは何やら天狗になってアホな話をしている。


 お前達は昨日の戦闘では何もしてないだろうが。




「自惚れるな。護衛に任命されたのはドロシーの防御力と灯の俊敏性を買われてのことだ。貴様らもいい加減己の実力を見つめ直せ!」




「うぐっ……!」




 俺が思っていたことをカローラが全て代弁してくれた。


 ジードは言い返すことも出来ず言葉を詰まらせている。これでこいつらも少しは大人しくなるといいのだが。




「で、でも灯は訓練では俺達とそこまで実力は変わらなかったじゃないですか!たまたま活躍出来たからって調子に乗るんじゃねぇぞ!」




「乗ってねぇよアホ」




「なっ、何だとこのやろ――」




「いい加減にしろお前達!任務中だぞ!」




 ジードは黙っていたというのに、ザリューの方は俺に突っかかって来た。そのせいで俺までカローラに怒鳴られたじゃないか。




「この際だから言っておこう。お前達、先日の第2試験のことは覚えているか?」




「そりゃもちろん、帝都内での受験票探しですよね?」




「ああ、あの試験には受験票を入手する為の様々な方法が隠されていたのだが、灯はその中でも最も難易度の高いものをクリアしているのだよ」




「えっ、そうだったんですか?それは知らなかったな」




 受験票を入手する方法が色々とあることは、他の魔人達の話を聞いて知っていたが、まさか俺が1番難しいのに挑んでいたとは気づかなかった。




 確かに魔法使いにバレずに忍び寄り受験票を盗み取るなんて、今考えたら頭がおかしいとしか思えないな。


 なぜその発想に至ったのか不思議で仕方ない。




「灯が挑戦したのって、どんな内容だったのですか?」




「我々魔法師団の同輩数人に第3試験の受験票を持たせておき、受験者がそれを奪い取るというものだ。これに挑戦したのは灯1人だったな」




「そ、そんな方法があったのか……」




 ジードとザリューはこの方法に思い至らなかったらしく、悔しそうな顔をしていた。


 まぁ俺も最初の1回は見つかってしまったのだし、あまりでかい顔は出来ないがな。




「だが、僕だってそれくらい知っていたなら、簡単にこなせたさ……!」




「いや、ジードでは無理だな。これは高い機動力と隠密性が無ければすぐにバレてしまい逃げられる。貴様には向いていないだろう」




 ジードが悔し紛れの言い訳をするも、それはカローラに簡単に握り潰してしまう。


 もう少し優しくしてもいいのではと思うが、彼女は良くも悪くも真面目なのだ。




「それに、言っておくが最高難易度というのはその事ではないぞ。これは事前情報だ」




「じゃあ一体何なんですか!?」




 カローラのもったいぶった言い方にザリューが声を荒らげる。


 俺もてっきりその受験票の入手方法が難易度が高いだけだと思っていたので、驚きだ。


 もうこうなったらさっさと話してほしい。




「灯が奪った受験票を見た時には私も目を疑ったよ。灯はな、皇帝陛下から受験票を奪っていたのだ」




「「はあ!?」」




 カローラから放たれた衝撃の一言に、ジードとザリューは揃って素っ頓狂な声を上げる。


 ちなみにドロシーはこの話には一切興味が無いらしく、馬の上で寝ていた。なんて器用な奴なんだか。




「皇帝陛下は毎年試験に忍び込んでは受験者を己の目で見極めてらっしゃるのだが、それを出し抜くなど私も聞いたことが無い。あの時は自分の目を何度疑ったことか……」




「ああー、そう言えば皇帝陛下にあった時何か見覚えがあるなーって思ってたが、あの時のじいさんだったのか」




 数日前皇帝陛下に会った時、どうもどこかで見た顔だと思っていたが、俺が最初に目を付けたのがまさかの皇帝だったらしい。




「ふ、ふざけるな!皇帝陛下から受験票を奪えるわけないだろう!ズルをしたに決まっている!」




「ズルっつーか、尾行はバレたから正面から無理やり奪い取ったな。まぁ反則ギリギリの裏ワザみたいなもんだよ」




 試験の目的としては、バレずに奪えるかを見るものだったので、そういう意味でいえば失敗だろう。


 だが、どんな形でも受験票を奪えれば試験には受かるので、そこの判断はされなかったのだ。




「ふむ、皇帝陛下から細かい話は聞けていなかったが、そんなことがあったのだな。むしろ正面から受験票を奪えることの方が有り得ない。だからあの日、皇帝陛下はえらくご機嫌だったのか」




「そ、そうでしたか。反則技みたいなことをしたので、怒ってなくて良かったです……」




「反則などあるものか。あの試験は受験票さえ持ってこれればそれでいいのだからな。バレれば難易度が更に上がる、その程度だろう」




 試験とはいえ相手は皇帝陛下なので、せこいやり方をしたのだから怒らせても仕方ない。


 陛下が寛大なお方で本当によかった。




「ともかくそういう経緯があったから、灯は皇帝陛下を含め魔法師団では一目置かれた存在なのだよ。それがあるからこそ今回の護衛にも抜擢されたということを忘れるんじゃないぞ?」




「「は、はい……」」




 カローラに色々と説明されて、ジードとザリューは渋々返事をした。


 手を抜いていたとはいえ、これまで下に見ていた奴がじつは凄い奴だったと分かれば、あまりいい気分はしないのだろう。


 まぁ俺は実に気分がいいのだが。褒められたのもそうだし、あのアホ2人を見返せたというのも、実にいい気味だ。




「ちっ」




「絶対裏があるに決まってる。俺があいつより下なわけがない……!」




 ジードとザリューは未だに真実を認められないようで、ボソボソと小言で愚痴を言っている。


 昨日は一瞬だが俺の戦闘姿も見せたというのに、何故こうも頑なに認めようとしないのだろうか。




 実力主義だから相手の上に行きたいという気持ちも分かるが、程々にしてほしいものだ。


 こっちは別に魔法師団のトップを狙っているわけでもないのだか。




「それはそうと灯、お前は馬車の中に移動しろ」




「へ?馬車って、まさか王女様のいる馬車じゃないですよね?」




「そのまさかだ。本来なら王女の側近が常に傍にいなければならないのだが、今はこの通りだからな。貴様らの中から誰か1人を臨時で側近にしようと考えていたのだが、やはり灯が適任だろう」




 褒められて鼻を高くしていたら、まさかの命令に俺は狼狽える。


 カローラもさすがに俺のことを持ち上げ過ぎだろう。




「いや、でも俺礼儀作法とかおざなりですから、王女様に失礼ですよ……?」




「その辺は臨時だからと免じてもらおう。ぐだぐた言ってないでさっさと王女を護衛しろ!」




「は、はい……」




 必死に抵抗するも最終的にはカローラさんに怒鳴られ、俺はメルフィナ王女の乗る馬車内に移動した。


 どうしてこうなってしまったのだろうか。


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