5章 17. 迷子にならないと気が済まない

 任務初日、突然の夜襲を受けた俺達はなし崩し的に戦闘に入ることとなった。


 だがこの状況は獣人族の情報を手に入れる絶好の機会でもある。


 俺は襲われて別行動になってしまったという体で単独行動を開始した。




「よし、カローラやジード達から上手くはぐれられたな」




『ピィ?(これからどうするのですか?)』




「そうだな、まずは出てこいイビル!」




「ギギッ!(お呼びでござるか!)」




 ライチの声が脳内に響く中、俺はモンスターボックスからイビルを呼び出す。


 イビルの目的は敵勢力の偵察だ。最初の奇襲では魔法使い達が攻めてきたが、帝国は奴隷にした獣人族を基本戦力としている。


 だからその拠点を調べる為に、隠密性に優れるイビルに行動してもらうのだ。




「イビル、敵の本拠地を見つけたら俺に知らせてくれ」




「ギギッ!(了解でござる!)」




 イビルは俺の命令を受けるとすぐさま夜闇に飛び立った。


 これで数分もすれば敵の本陣が掴めるはずだ。後はそれまでの時間敵に王子達を襲わせないために戦うだけ。




「やるぞライチ」




『ピィッ!(了解です!)』




 イビルを見送った俺達は、マントをはためかせながら戦場へと駆ける。






















 ――






















 灯が敵の襲撃に紛れて単独行動をしている頃、第1班は複数の魔法使い達と交戦していた。




「くそっ、灯はどこに消えた!?やられたのか!?」




 カローラは突然姿を消した灯の安否を気にしていたが、敵の数が多く捜索に迎えないでいた。


 本来の目的はこの反皇帝派を王子達に近付けさせないのが彼女の班に課せられた任務なので、それを放棄することは出来ない。




「数が多すぎる!」




「落ち着け、俺達は選ばれた精鋭だぞ?この程度の有象無象に負けるわけがない」




「そ、そうだな。俺達ならやれる!」




 ザリューは初の実戦に混乱していたが、ジードの自信過剰な態度のおかげで冷静さを取り戻す。




「いくぞ、シャインフォース!」




 ジードは得意魔法の聖光系の肉体強化で己の体を眩く輝かせる。


 聖光系の魔法は防御力に秀でた魔法で、それによりジードの耐久性は一時的に数段階向上した。




 だが、彼もまた実戦は初であり、己のおかした愚作に気がついていない。




「あの光を狙え!集中砲火だ!」




「「「おぉー!」」」




 夜闇に唐突に現れた光源は、当然格好の的である。


 ジードは帝国の中では上位に位置する魔法使いではあるが、夜戦を知らなかったのだ。




「ぬうぅ!ひ、卑怯な……!」




「あのバカ……!」




 反皇帝派からの集中砲火により、ジードの強化された耐久力もガリガリと削られていく。


 いかに防御を上げようとも複数の魔法を同時に浴びれば当然脆いものである。


 カローラは必死にフォローに回ろうとするが、彼女自身戦闘の真っ只中であり援護には回れないでいた。




「ど、どうすんだよジード!?」




「ぐぅ、こ、この僕がこんなことで負けるはずが……!」




「任せて、泥壁」




 ジードとその影に隠れるザリューの体はボロボロになり風前の灯火というところで、ドロシーが彼らの前に入り込み泥の壁を作りだし攻撃を凌いだ。


 ジードとザリューは間一髪のところで命を救われた。




「待たせたな、ヴァジュラ!」




 と、そこへ単独行動をしていた灯が合流し、魔法使い達を一掃する。


 灯の放つ雷撃も夜闇では目立つとはいえ、雷を避けられる人間などそうそういる訳もないので関係なかった。




















 ――






















 第1班の所に戻ってきた俺は、早々に魔法使い達を一掃した。


 こいつら相手に手加減をする必要は無いので、俺は一切の迷いなく雷撃を放つ。


 大抵は気絶する程度の威力に抑えておいたが、運の悪い者は死んでしまったかもしれない。まぁ襲ってきた彼らも死は覚悟しているだろうし、そこは俺の気にすることでは無いだろう。


 ただ人殺しなんてしたくはないので、出来るだけ気絶で済ませるようにはする。




「おい灯!勝手な行動を取るんじゃない!」




「す、すみません」




「ったく、城の案内の時もそうだが貴様は迷子にならないと気が済まないのか?」




「い、いえいえ、たまたまですよ」




 戻ってきた俺は当然の様にカローラに叱られた。当然のことだから仕方ないとはいえ、恐らく迷子というレッテルが貼られたことだろう。




「それからジード!夜戦で聖光系の魔法を使うバカがどこにいる!もっと状況を考えろ!」




「くっ、はい……」




 説教を受けたジードは悔しそうに俯く。まぁあんなに馬鹿みたいに光っていたら的になるのは必然だ。


 あいつは俺と違って何も考えず、ただ得意魔法を使っただけみたいだしな。




「ドロシー、お前は良くやったな。中々いい動きだったぞ」




「うん」




 そんな中ドロシーだけが褒められていた。なんかドロシーに負けるというのは悔しいな。




「とにかく今は情報が欲しいな。私が本陣へ向かうからお前達はここで待機――」




「西側が突破された!王女が攫われたぞ!」




 カローラが次の指示をだそうとした瞬間、遠くの方から嫌な内容の叫び声が聞こえてきた。


 俺達が戦っていた限りでは優勢と思えていても、戦場全体は劣勢であり王女が攫われてしまったということだ。




「くそっ、西に敵が集中していたのか……!」




 カローラは西側が重点的に攻められていたの予想したが、恐らく北と南に俺達両班が配備されたことで、手薄になってしまった西か東に敵が流れた可能性が高い。


 俺達の力は圧倒的だが、今回はそれが裏目に出たのだ。




「ギギッ(今戻ったでござる!)」




 状況が緊迫していく中、偵察に出ていたイビルが帰ってきた。


 イビルは俺の背後の茂みに隠れると、ひそひそと偵察の報告を始める。




「ギギギッ(敵の本陣は東側にあったでござる。そこから多数の獣人族がこちらに流れ込んでいたので、間違いないでござるよ)」




「なっ、嘘だろ!」




「どうした灯?」




「な、何でもないです。すみません……」




 イビルからの衝撃的な報告の内容に、俺は思わず声を荒らげてしまった。


 俺はてっきり敵の本陣とメルフィナ王女の攫われた方向は同じだと予想していたので、まさか真逆に逃げるとは思ってもいなかったのだ。




(くそっ、どうすりゃいいんだよ!)




 今は攫われた獣人族の情報を手に入れる絶好の機会である。本陣の親玉を仕留めればそこから多くの情報は得られるだろう。


 だが、魔法師団の一員としても個人的にも、王女を見捨てるという選択肢も取れない。


 正直俺はあの王女と出会った時から、彼女のことは気に入っていて嫌いじゃなかった。


 今の俺には、久しぶりに出会えた同世代の知り合いなのだ。


 どちらも俺にとってはかけがえのないもので、一方を見捨てることなんて出来ない。




「ご主人様、私が行く」




 すぐさま結論を出せず悶々としている俺を見て状況を察したのか、ドロシーが俺の傍に寄ってきて小声でそう言ってきた。




「でも、俺は……」




「ご主人様は王女を助けて。今の立場も大切だよ」




「ギギッ(ならば拙者がドロシー殿を案内した後、シンリー殿達の所に赴くでござるよ)」




 ドロシーが俺の気持ちを知っているかどうかは分からないが、彼女も今の立場が大事なことは理解していた。


 だから彼女は本陣に行くことを申し出たのだろう。


 そしてそれを理解したイビルも即座に対応する。ほんとに俺は優秀な仲間に恵まれているようだ。




「分かった、なら俺がカローラさん達の気を引くからその間に頼んだぞ」




「うん」




「ギギッ(任せるでござる!)」




 全てを1人でどうにかすることなんて初めから無理に決まっている。


 そのことを俺はこの世界に来た時からよく知っていたというのに、モンスターガントレットを手に入れてから考え方が固くなってしまっていたようだ。




「しっかりしろ俺!」




 俺は顔を叩き気合を入れ直すと頭を切り替える。今俺がすべきことはカローラ達の目を盗みドロシーを行かせ、その後メルフィナ王女を救うことだ。


 本陣のことはドロシー達に任せ、俺は俺のすべきことの為に行動を開始した。


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