4章 12. 2度目の戦闘は敗北

 気がついた時には、俺の視界には大海原が広がっていた。


 一瞬陸のような影が見えたような気がしたが、次の瞬間にはもう俺は海の中。


 押し寄せる波を必死に耐え、溺れないようにもがくだけで精一杯。


 泳ぐのは得意でも不得意でもない平凡な技能だが、海を泳ぐのは初めてで波にのまれて上手くいかない。


 このままだと溺れてしまう。そう思った瞬間俺に更なる悲劇が襲いかかってきた。




「ボアアアァァァ!」




「ごぶっ!な、なん、こいづ!?」




 波のせいでまともに喋ることも出来ないが、そんなことはどうでもいい。


 俺の目の前には巨大な海龍が姿を現していたのだ。


 恐らくたまたまこの付近を泳いでいたところ、俺の体質に引き寄せられてやって来たのだろう。


 海龍は俺の姿を見た瞬間、目を細めその巨大な口をあんぐりと開けた。


 何故か俺には、海龍の表情が笑っているように見えたが、そんなことを気にしている間もなく、次の瞬間俺は丸呑みにされてしまったのだ。


 真っ暗な口の中でぐるぐると掻き回されて、俺の意識は次第に薄れていった。
























 ――




















「う、うそ……、ダーリンが食べられた……」




「クウー!」




 魔法使い達の唱えた魔法「ゲート」によって、灯は一瞬で沖までワープさせられそして海龍に丸呑みにされた。


 その一部始終をシンリーやクウ達はただ呆然と見ていることしか出来なかった。




「はっはっは!こいつは傑作だ!ちょっと海に散歩にでも出てもらおうと思っただけなのに、まさか偶然通りがかった海龍の餌になっちまうなんて!」




「あのガキどんだけ運が無いんだよ。いや、海龍にあんな至近距離で出会えたんだからある意味運がいいのか!?」




 そんな灯を惨劇を目撃して、リーダーの男「アンドレ」と黄ラインの男「ベルディ」は腹を抱えて笑っている。


 彼らも海龍に食われるのは計算外だったようで、嬉しい誤算に笑いが止まらない。




「このクソ人間共が!」




「クアッ!」




 そんな彼らの態度に我慢の限界が来たのか、シンリーは普段なら有り得ないほど口調を荒らげて怒りで肩を震わせる。


 そしてそれに続くようにクウが怒りの声を上げ、他の魔獣達も咆哮を上げた。




「おっとっと、まだこいつらが居たんだったな。おいお前ら!船を出すぞ!」




「し、しかし船長!まだこの船は完全には仕上がっておりませんが、よろしいのですか!?」




「馬鹿野郎!ここに留まっていたら、あいつらの戦闘に巻き込まれて、大破しちまうだろうが!」




「り、了解です!」




 アンドレの怒号にムチを打たれたかのように、船員達が慌ただしく動きだし出航の準備を始めた。


 シンリー達の態度から、地を這ってでも船俺達を殺すと言わんばかりのオーラを感じ取った、アンドレの直感である。




「おいベルディ、お前は船を出すまでの時間稼ぎを頼むぞ」




「まぁた俺が殿をするのかよ。懲りないねぇ」




「うっせぇ、あいつらを船に近づけるんじゃねぇぞ」




「へいへい」




 昨夜の戦闘でもベルディはアンドレ達の窮地を助け、サンダーウルフを囮にした。


 今回の戦闘でもサンダーウルフが囮となって、その隙に船で逃げるというもはや恒例と言ってもいいパターンが出来上がっている。


 そのことにベルディは若干嫌そうな顔をしつつも、ライチの雷のお陰で強化されたサンダーウルフの能力を確かめたいという欲が勝ってしまい、殿を受け持つことにした。




「くっ、このオオカミ邪魔よ!」




「バオオォン!」




 シンリーは花粉をばら蒔いた影響で現在弱体化しており、本領を発揮出来ないでいた。


 そしてシンリーの次に攻撃力の高いライチの雷撃もオオカミ相手には効果が薄く、苦戦を強いることとなっている。


 更にはそこに魔法使い達から放たれる魔法の雨を浴びせられることで、まともに連携を取ることもままならない。




「船長、準備完了しました!」




「よし!出航だ!」




「「「はっ!」」」




 オオカミに足止めされて手も足も出せないでいるうちに、とうとう出航の準備が整ってしまい、船は海へと逃げて行ってしまった。


 シンリー達がどうにかオオカミを倒した時にはすでに、船は海の彼方で豆粒のように小さくなっている。


 全員魔力と体力を使いすぎた影響で、かなり離れたこの距離を追いつくことはもう出来ない。


 灯は海中に消え、魔法使い達共々船には逃げられ、子供達は見つからず、何もなし得られないまま2度目の戦闘は敗北という形で幕を閉じたのだった。




















 ――






















「うぅ……、こ、ここは、どこだ?」




 意識を取り戻した時、俺はどこかの洞窟の中にいた。


 潮の匂いがキツく真っ暗ではあるが、壁の所々に魔光石があるお陰で星空のように少し照らされている。




「俺、どうしたんだっけ……?」




 まだ目を覚ましたばかりだからか、前後の記憶があやふやだ。


 必死に記憶の底を手繰り、何があったのか思い出そうとする。




「確か隠れた洞窟を見つけて、そこで魔法使い達と戦ってたはずだよな」




 だんだんと意識がハッキリとしてきて、記憶が甦ってきた。




「それで、敵に空間魔法を使われて海に投げ出されたんだったな。そしてその後は……」




 そこまでいって俺は、突然現れた海龍に丸呑みにされたことを思い出した。


 蘇ってくるあの巨大な口と唸り声。今もまだ耳の奥底で聞こえてくる気がする。


 海龍の口の中でぐるぐると掻き回されて、俺は意識を失ったんだ。




「何で俺食べられたのに生きてるんだ?はっ、まさか実は死んでるのか……!」




 そのことに気づいた瞬間俺は、慌てて頬をつねったり引っぱたいたりして確認してみる。


 するとなんと痛みははっきりと感じることが出来た。


 別にそれが、死んでいないという保証にはならない。ない。


 だが、それでも他にも体の気だるさや海に落ちたせいでビシャビシャの服を見て、俺は生きているのだと実感した。それだけで今は十分だろう。




「ともかくまずは現在地を知らないとな」




 生きていると分かったのなら、すぐさまクウやシンリー達の元へと帰らねばならない。


 今は戦っている最中で、皆のことが心配だから。




「モンスターリングはどうだ?壊れてないよな……、おっ!ちゃんと反応するぞ!」




 モンスターリング能力があれば、クウ立ちの居場所を知ることなど造作もない。


 海に濡れて壊れる物でも無いようで問題なく起動し、そこにクウ達の居場所が写し出された。




「うーん、見た感じだと皆バラバラに動いてるな」




 モンスターリングには、バラバラに行動している魔獣達の姿が表示された。


 そのことから予想されるのは、戦闘が終わって皆で俺を捜索しているか、まだ戦いは終わっておらず戦況は劣勢で皆バラバラに逃げているか。


 出来れば後の予想は外れて欲しいが、その可能性もゼロではない。


 幸い皆との距離はそこまで遠いという訳ではなさそうなので、どうにか帰ることは出来そうなのが唯一の救いだ。




「海龍は俺を食べたけど、美味しくなかったからどこかノ島にでも吐き出したってとこかな?」




 周囲を見渡しても、真っ暗な洞窟内で外の様子が分からないから、そのくらいしか予想は出来ない。


 でもこの状況でそれ以外の可能性はないだろうと判断した。




「道具は全部無事みたいだな。モンスターボックスにはまだイビルが中に壊れてなくてよかった」




 魔獣達は皆戦闘に出していたが、サナギのイビルだけは残っていたので無くしたりしなくてよかったと、ほっと息をつく。


 この魔道具達が壊れるかどうかは分からないが、無くしたら同じようなものだからな。




「よし、体のどこも大した怪我はして無さそうだし、まずはここがどこなのか探るか!」




 すり傷などは多々あるが、幸い大きな怪我は1つも無い。


 一応腰に付けているポーチには回復薬が入っているが、あまり量はないしこれはもしもの時の為に取っておくべきだろう。




 そうして現状の確認を終えた俺は、壁から魔光石を1つ掘り出しそれを懐中電灯代わりにして、洞窟の中を進んでいく。


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