4章 9.デートの約束

 マリス達と偶然にも再開した次の日。


 今日は彼らと協力して人攫い達を探すことになったのだが、なぜか俺はシンリーと2人きりで町を歩いていた。


 そう、昨日の夜なぜかしてしまったデートの約束を俺は今実行しているのだ。




「ダーリン楽しいわねっ!」




「ああ、そうだな……」




 シンリーは今まで見たことがないほど満面の笑みを浮かべ、俺の腕を組んで楽しそうにしている。


 対する俺は、子供達が攫われているって時にこんなことをしていていいものかと、ずっと頭を悩ませていた。


 もちろんデート中とはいえ、その目的は子供達を探すこと。それ自体は別にサボっている訳では無い。


 今も常に、シンリーが広範囲にわたり捜索を続けているのだ。




「シンリー、花粉の方は何か反応あるか?」




「うーん、まだ何もないわ」




「そうか」




 今朝、シンリーとデートをすることになったとライノ隊の皆に伝えたら、当然のごとく猛反対された。


 これはチャンスと思い、すかさず俺も皆の意見に便乗して、デートの約束を有耶無耶にしようと試みたが、そう上手くはいかない。




 デートが無くなりそうになった瞬間、シンリーが頭からラフレシア並の大輪を咲かせて、町中に花粉をばら蒔いたのだ。


 その花は花粉をばら蒔いた瞬間、役目を終えたとばかりにあっという間に枯れ散ってしまった。


 それよりもなんと、シンリーの放つ花粉は発信機のようになっており、花粉を介してシンリーは町中の情報を全て把握出来るらしい。


 なら最初からそれを使ってくれよと思ったが、どうやらシンリーはこの能力を使うと、他の能力一切使えなくなるらしいのだ。


 だから今のシンリーは、戦闘力はゼロに等しい。




 そんなリスクを背負ってまで、彼女はこのデートを潰したくなかったのだ。


 この状況にはさすがに男として、彼女の気持ちに答えないわけにはいかない。


 だから今俺はシンリーと2人っきりでいる。




「ねぇダーリン!海を見に行きましょうよ!」




「いいけどこの辺港だから、見栄え悪いんじゃないか?」




「心配しなくても大丈夫よ、花粉の情報でちゃんと砂浜の場所は分かってるから!」




「そうなのか、なら折角だし行ってみるか」




 もう俺は悩むのは辞め、折角のこのデートを楽しむことにした。


 こうしている今もシンリーは花粉で子供達を探してくれているのだし、気が散っていたらそんなリスクを背負ってくれた彼女に申し訳ない。


 だから今は、シンリーと楽しむことだけを考えることにしたのだ。




 浜辺へと移動した俺達は、波打ち際をゆっくりと歩いている。


 人影はほとんど無く、波の音が心に染み渡って気持ちいい。


 こんなにリラックスした気分を味わったのは、この世界に来てから初めてかもしれないな。




「風が気持ちいいねー」




「そうだな、これもシンリーが連れてきてくれたおかげだよ」




「……!も、もうダーリンったら、急にやめてよね」




 こんな気分になれたのも全てシンリーのおかげ。そう思って素直に礼を言ったけなのだが、シンリーは顔を真っ赤に染めて恥ずかしそうに俯いてしまった。


 そんな態度を取られると、何だか俺まで恥ずかしくなってくる。




「な、なんだよ、純粋にお礼を言っただけだろ」




「うん、そうだね……。どういたしまして」




 シンリーの顔はまだ若干赤かったが、それでももう照れは無いようで、満面の笑みでこちらを見上げている。


 幼い容姿の奥から滲み出る、大人の余裕も合わさって太陽のように眩しい。




「なんだかシンリーのお陰で、少し気が楽になった気がするな」




 思えば俺は、ユドラが操られ子供達が攫われてから、ずっと焦りと後悔ばかりが頭の中を駆け巡っていた。


 だが今日シンリーとこうしてデートして、気を休めることが出来たのだ。


 攫われたのは心配だが、気を張り詰めすぎて肝心なところで失敗するのが1番良くない。


 だからこそ、時にはこうしてガス抜も必要なのかもしれないと感じた。




「ふふっ、ダーリン元気になってよかったわ。それ!」




 ちょっと自分の世界に入って考え込んでいた隙に、いつの間にかシンリーは海の中に入っていて、突然水を掛けられた。




「うわっ、やったなこの!」




「きゃっ!ふふっ、負けないわよー!」




 お陰で俺の頭は文字通り冷え俺も海に突入し、そこからは水の掛け合い合戦が始まった。




 そうしてしばらく遊んだ後は2人で砂浜を駆け回り、綺麗な貝殻を見つけては笑い合い、デートを存分に満喫した。


 思いっきりベタベタな展開である。
























 ――




















 乗り気では無かったシンリーとのデートも、いつしか心の底から楽しみ出していた頃、直前まで楽しそうにしていたシンリーが急に足を止めてしまった。




「どうしたシンリー?」




「えっと、何か妙な場所を見つけたの」




「妙な場所?」




「うん、なんかそこだけ魔力が漂ってて変な感じがするの」




 どうやらシンリーが町中にばら蒔いていた花粉が、何かを発見したらしい。


 しかもそこは、この砂浜のすぐ近くだという。それを聞いて俺達は、すぐさまその妙な場所へと急行した。




「ここよ」




「見た感じは普通の海岸にしか見えないな。どの辺りに魔力が漂ってるんだ?」




「えーっと、あそこよ。あの岩がいくつか転がってる所」




 シンリーの指さす先には、確か岩が数個転がっていて、その先に巨大な海岸の壁がある。


 シンリー曰くこの壁付近で、魔力が不自然に漂っているらしい。




「とにかく調べてみるか」




「うん」




 もしかしたら、子供達に繋がる手掛かりかもしれない。


 そう思ったら、魔力の見えない俺では何も分からないかもしれないが、それでもいてもたってもいられなくなった。




「壁には何も、怪しい所は無さそうだな」




「でも、そこだけ魔力が妙に多いんだよ」




「ならこの周りの岩に何かあるのか――おっ!」




 壁見ても何も分からなかったので、周りの岩に視線を移してみると、薄らとだが何かを引き摺った様な跡が残っていることに気がついた。


 砂浜の不自然な乱れ方からして、まるで誰かが無理矢理に何かを隠そうとしたかのように。




「シンリー、この岩を動かすの手伝ってくれないか」




「うん、分かったわ」




「いくぞ、せーのっ!」




 シンリーと一緒にその岩を、引き摺った跡のあった場所に押し戻した。


 すると岩は何かにはまったかのような鈍い音をたてて、固定されたのだ。


 そしてその時、一瞬だけ壁に淡い青紫色の光が点ったのを俺は見逃さなかった。




「なるほど、どうやらこの周りの岩が鍵みたいだな」




「さすがダーリン!じゃあ他の岩も動かしていきましょ!」




「ああ!」




 こうして俺とシンリーは協力して、残りの跡が微かに残っている岩を動かしていき、4つ目の岩をはめたところで遂に壁に異変が起こった。


 淡い薄紫色の光と共に、なんとあの何も怪しい所のなかった壁に1箇所、人が数人通れそうな穴が出現したのだ。




「すごーい!洞窟が出てきたわよ!」




「魔法で隠蔽してたのか。これじゃ見ただけじゃ何も分からない訳だ」




 この隠蔽魔法には見覚えがある。かつて竜の蹄の潜んでいた場所でも似たような魔法が使われていた。


 つまりは、こういう何かを必死に隠そうとする裏には、必ず悪事が潜んでいるということだ。




「もしかしたら、この先に子供達がいるかもしれないな」




「どうするダーリン?」




「当然、行くに決まってるさ!」




「そう来なくっちゃね!」




 町中はシンリーが全面をカバーしていたので、ドロシーとマリス達は一緒に町の周辺を捜索に当たっている。だから彼らの増援は望めないだろう。


 だが、モンスターボックスの中には魔獣が全員揃っているし、シンリーも拡散している花粉を消滅させれば、少し威力は落ちるが能力も使えるようになるらしい。


 戦うには十分、そう判断した俺達は、いよいよ洞窟内へと歩みを進ませたのだった。

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