3章 17. いわゆる人質ってやつだ

 この砂漠地帯最大のオアシスであるサラジウム。


 これだけ広い街なら冒険者ギルドもあるのではと思い散策中に、なぜか俺達は獣人族に囲まれていた。


 溶岩の魔人に注意を受けていたにも関わらずこのザマだ。


 どうやら獣人族は俺が予想していたよりも、相当シビアな人種なのかもしれない。




「大人しくその魔獣達を解放しなさい!」




「いや、別に俺達は攫った訳じゃ――」




「黙れ邪悪な人間共め!我ら獣人の民は決して貴様らには屈しないぞ!」




 しかも彼らは俺達を魔獣ハンターと勘違いしているというオマケ付きだ。


 それもこちらの話には一切聞く耳を持たない。


 しかもその獣人族の中には、さっき俺がぶつかったうさぎ耳の女性の姿もある。


 相変わらず彼女の視線は怖い。




「どうするのご主人様?」




「うーん、話が出来そうな状況でもないからな」




 この状況は全て獣人族側の勘違いで、俺達は何も悪いことはしていない。


 だが、それを話しても彼らは一切話を聞こうとはしないだろう。


 ただこちらから手を出す訳にもいかないので、襲われたら正当防衛ということで反撃することにしよう。




「悪いけどあんた達の言っていることの意味が分からない。俺達はこの先に用があるんだ。道を開けてくれ」




 相手は俺達の意見なんかどうせ聞かないだろうし、ならこちらの用件だけ言って歩きだそう。


 そうすればこの状況も何かしら動き出すだろうし。




「ドロシー、クウ、マイラ警戒しておけよ」




「分かった」




「クウ」




「ガウ」




 一応襲われた時の為に、小声で気をつけるように指示を出した瞬間、遂に獣人族が動いた。


 俺達の前後を2人で挟む計4人の獣人族が、一斉に襲いかかってきたのだ。


 4人はそれぞれ、剣や斧などの武器抜いたり、己の爪や牙を剥き出しにして、一足飛びに間を詰めてくる。


 獣人族は、人間よりも遥かに身体能力を高いので、こういった獣の様な動きで戦闘を仕掛けてくる。




「任せて」




「やりすぎるなよドロシー」




「うん」




 ドロシーがやってくれると言うので、俺はクウとマイラを抱いて素早く身を屈める。


 するとドロシーは前後に腕を向けて、両方同時に泥弾を連射した。




「うおっ!」




「なっ、魔法使い!?」




「無詠唱だと!?」




「小賢しいっ!」




 ドロシーの泥弾を獣人族達は剣や爪で弾き上手く凌いだ。


 ちゃんと威力を抑えめで撃ったからか、彼らは一瞬驚きはしたが、あまり動じてはいない。


 が、しかしそれでも一瞬でもその場に足を止めたのは事実だ。


 ドロシーはその隙を見逃さない。




「よいしょっ」




 ドロシーが両手を地面に叩きつけると、地中を伝って獣人族達の足元から大量の泥が噴き出し、彼らの自由を奪う。


 この拘束用の泥は粘着力が強く滅多なことじゃとれないので、これで獣人族は身動きを取れなくなった。




「ナイスドロシー」




 一瞬の出来事に獣人族達は声も出させない。


 という訳ではなさそうだった。


 彼らのその表情には驚きこそあるものの、まだ何か手を隠しているようで、余裕が残っている。


 まだ何か仕掛けてくるのかもしれない。




「フッ」




 そう予想していた矢先に、上で物音がしたなと思って顔を上げたら、うさぎ耳の女の子が降ってきた。


 彼女は小さく息を吐きながら、両手に短剣を握りしめ斬りかかって来ている。




「ご主人様上!」




 ドロシーは前後の獣人族拘束の為に両手を地面に付いており、動けない。




「分かってる!クウ頼むぞ!」




「クアッ!」




 うさぎ耳の女の子の短剣が鼻先まで届くという所で、クウのワープによって、彼女ごとまとめて回避に成功する。




「えっ?な、何!?」




 ワープの先は俺達から少し離れた地面であり、突然別の場所に移動したことに彼女は困惑を隠せないでいた。




「今だっ!」




「え、きゃっ!」




 俺はうさぎ耳の女の子が戸惑っている隙に間を詰め、両腕を取って組み伏せる形で拘束。彼女の短剣と自由を奪った。


 少々乱暴で、女の子相手にすることでは無いことは分かっている。


 しかし、獣人族の身体能力は人間遥かに凌駕しており、こんな小さな女の子でも、俺よりもずっと力強いだろう。


 だから何の能力も持っていない俺が、一切手を抜く訳にはいかないのだ。




「ネ、ネイア!」




「うぅ、お姉ちゃんごめん……」




 獣人族の表情にも先程までの余裕はない。どうやらこの子が最後の切り札だったのだろう。


 それとこの子と、あの鋭い目つきのうさぎ耳の女性は姉妹だったらしい。


 まぁそれは今はどうでもいいのだが。




「さて、これからどうするかな」




「この人達食べていいの?」




「「「!?」」」




 ドロシーの突然の発言にうさぎ耳の女性以外の獣人族3人が、一斉にぎょっとしたような顔をした。


 まぁ俺も食べていいの?なんて言う奴に出会ったら、恐怖で震え上がるだろうが。


 そんな彼らに対して、うさぎ耳の女性は驚きつつも何か覚悟を決めた様な表情をしている。


 いや、別に食べられないから安心してほしい。




「ドロシー、食べるのは無しだってさっき言ったろ」




「はーい」




「それより色々と話を聞きたいから、何人か連れて行くぞ。全員はちょっと多過ぎるし」




 なぜ俺達はハンターと間違え襲ってきたのか、詳しい話を聞きたいしそれに誤解も解いておきたい。


 冷静に話をする為にも、とりあえずこの獣人の女の子を抑えておこう。いわゆる人質ってやつだ。


 あまりこういう手は使いたくないが、円滑に進める為にも、この子にはついてきてもらおう。




「そんじゃこの子と後1人誰か連れて行くか。あんた達、この子を傷つけたくなかったら大人しくしておけよ」




「ぐっ、卑怯な……!」




「はいはい、そういうのは後でいいから。それより誰を連れて行こうか――」




「わ、私を連れて行きなさい!」




 誰に話を聞こうか決めようとしていると、突然うさぎ耳の女性が名乗りを上げた。


 彼女の表情には、何やら鬼気迫るものがある。妹を連れて行かれるのが不安なのだろう。


 他の獣人族達は、さっきのドロシーの発言でびびったのか、完全に大人しくなってしまった。


 それならわざわざ姉妹を引き離すのも可哀想だし、彼女を連れて行くとするか。




「それじゃあ、あんたにしようか」




「わ、分かりました。その代わり、私の妹は解放してください!」




「いや、悪いけどそれはダメだ。人質の意味が無いからな」




「私が代わりに人質になります!」




「人質を変えるつもりは無い」




 彼女の申し出には一瞬考えたが、俺の力じゃ成人した獣人族にはかないそうもないので却下だ。


 そんなのかっこ悪いからいちいち言わないけど。




「ドロシー、その女性を解放してあげて」




「いいの?」




「ああ、こっちにはこの子がいるから、下手なことはしないだろ」




「分かった」




 ドロシーは俺の指示に従い、うさぎ耳の女性を泥から解放した。


 案の定こちらには人質がいるので、彼女も自由になってすぐ襲いかかるという素振りは見せない。


 ただ相変わらず、鬼の様な形相で睨んではいるが。


 残りの獣人族達には、しばらく大人しくしてもらう為にも、ドロシーの泥を残してもらうことにする。


 ドロシーが繋いでいない分力は弱めだが、それでもしばらくは時間を稼げるだろう。




「それじゃそろそろ行くか」




「うん」




「ごめんなさいお姉ちゃん……」




「大丈夫よ、ネイアは私が守るから」




 2人は何を想像しているのか、青暗い顔で俯いたままついてくる。


 別に俺達は人攫いではないのだが、今この場でこの誤解を解くのは難しい。


 少々心苦しいが、そのまま勘違いしておいてもらおう。




 そうして俺達は、うさぎ耳の獣人族2人を引き連れ、俺達はその場をあとにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る