3章 3. シンリーは甘えん坊
渓谷のあるハクラン山脈までは、通常の馬車で5日かかる。
だが、俺達の乗る馬車を引くグラス達は、普通の馬よりも体力も走力もあるので、恐らく3日程で着くだろう。
森から渓谷までの間はサバンナの様に、細い草がチラホラと生えているだけなので、通行上の問題も少ない。
強力な魔獣もほとんど居ないので、渓谷までは比較的安全に移動出来る。
「ねぇ、なんでダーリンとドロシーが隣合って座ってるのよ」
出発してすぐ、馬車の窓からシンリーが顔を出してそんなことを聞いてきた。
その頬はフグのように膨れており、若干怒っている気がする。
しかし俺に心当たりは全くないので、その理由は見当もつかないが。
「何でって、御者なんだから仕方ないだろ」
「そう、私とご主人様はグラス達の手網を引いてるから仕方ない」
「むぅー、それなら私も御者をやるわ!」
仲間外れが嫌だったのか、シンリーは窓から飛び出して今日に壁を伝って、御者席で入ってきた。
「おい、狭いだろシンリー」
「大丈夫よ、私がダーリンの膝の上に乗れば問題無いわ!」
そう言ってシンリーは、無理やり俺と手網の間に体を滑り込ませてきた。
確かに彼女の体は幼いのでこの姿勢でも問題は無いのだが、コレはさすがに恥ずかしい。
「ふっ、シンリーは甘えん坊」
「うるさいわよ!」
「はぁ……」
ドロシーとシンリーは、こういうことでしょっちゅう喧嘩をする。
俺も最初のうちは止めていたが、最近は面倒になってきたので、なるべく関わらないことにした。
喧嘩するほど仲がいいなんて言うしな。
「シンリーも御者を覚えてみるか?」
「えぇ、教えてダーリン!」
「分かった、じゃあ渓谷まで暇だしやるか」
いつまでも喧嘩していても時間が勿体ないので、シンリーにも御者を教えることにした。
シンリーが覚えてくれれば、3人で交代で休憩も取れるしな。
こうして現在、御者に3人もいるという少々窮屈な状態で、道を行く。
下級冒険者っぽい格好の俺、ゴスロリのドロシー、花柄のカラフルなワンピースを着たシンリーという、奇妙な面子で、人に見られたら3度見くらいはされそうだ。
ちなみにシンリーの買った服はワンピースが多かった。
ドロシーと違って突飛なものは無かったのが救いだ。
どうやら魔人全員が服のセンスが特殊という訳では無いらしく、宿の中で1人一安心していた。
――
シンリーに御者のやり方を教えながら旅を続け3日が経過し、俺達はようやく渓谷まで辿り着いた。
ここまで大きな問題もなく、旅は順調と言えるだろう。
強いて挙げるなら、たまにハイエナみたいな魔獣が俺に釣られてやって来たくらいだ。
そいつらも、毎食の狩りで獲た獲物の残りをあげれば簡単に去っていくので、特に影響は無かった。
「ここからは危険な場所も多いから、気を引き締めて行くぞ」
「うん」
「楽しみね」
俺達は現在、ハクラン山脈の麓にある洞窟の1つの前に立っている。
ここまでは冒険者ギルドで得た情報通りなので、問題なく来れた。
しかし、ここから先は古竜も多く生息する危険な領域だ。
気を引き締めて進まないと、俺なんか簡単に死んでしまうだろう。
「よし、じゃあここで一旦昼休憩して、食事と洞窟用の道具を用意するか」
「分かった」
「はーい」
ここまで順調に進んでいるのだから焦ることは無い。
しっかりと準備をして、万全を期して洞窟に挑もう。
「ドロシーとシンリーは魔獣達の食事を用意してくれ。俺は馬車の整備をするから」
「うん」
「じゃあ皆こっちへおいでー、ご飯を用意するわよー」
「クウ!」
「ガウガウ!」
「!」
「「「ブオォー!」」」
食事事情は、シンリーが仲間に加わったことで大幅に変わった。
まず彼女は至る所に植物を生やせられるので、グラス達の餌を取りに行く手間がはぶけた。
そしてさらに、彼女は水の出る特殊な植物も生やせられるので、飲み水等をいちいち取りに行くことも無くなった。
この2つが無くなったことで、狩りの人手が増え獲物も大量になった。
彼女1人のおかげで、サバイバル生活が途端にイージーモードになってしまったのだ。
森の魔人サイコー。
「よし、俺もちゃっちゃと馬車の整備を済ませるかな」
大きな故障などはどうしようもないが、簡単な整備ならライノさん達に習ったので問題は無い。
そして今回は、洞窟用に御者席やグラス達に懐中電灯の様な魔道具を装着させる。
ちなみに正式名称は蓄魔灯具だ。
「着け心地は悪いかもだけど、申し訳ないが慣れるまで我慢してくれよな」
「ブォッ!」
グラス達は嫌そうな顔1つせず、すんなりと畜魔灯具を受け入れてくれた。
これは魔力チャージ型の魔道具なので、1度魔力を溜めれば俺でも扱える。充電みたいなものだ。
その充電もドロシーとシンリーなら簡単に出来るので、半永久的に使える。
そこそこ高かったが、必要経費と割り切って奮発したものだ。
「よし、あとはロープとかだな」
洞窟には所々に大穴もあるらしいので、もし落ちた時の為のロープとか、落石に備えて皮兜も購入しておいた。
と言っても、ほとんどクウがいれば問題無いけどな。一応念の為の用意だ。
「ダーリーン、ご飯の用意出来たわよー」
「おう、こっちも終わったからすぐ行くよ」
ちょうど準備を終えたところで、シンリーから呼び出された。
今日の昼飯は昨晩狩ってきた、巨大な牛の残りだ。
ハクラン山脈まではサバンナのような地形が続いていて、ヌーの様に群れで動く牛が多かった。
これから洞窟に渓谷と進むと、牛肉はしばらく食べられないだろうから、今のうちに堪能しておく。
グラス達はシンリーの用意してくれた新鮮な植物を食べている。
「シンリーは毎日そんなに植物を出して疲れないのか?」
「あら、心配してくれるのねダーリン。ありがとっ!」
シンリーにはここ数日、毎食グラス達用に植物を用意してもらっている。
その量はそれなりにあるので、毎回出してもらって疲れないのかふと疑問に思い、聞いてみた。
「きついなら無理しなくてもいいんだぞ?」
「魔人はこの程度何の影響も無いわよ。その辺の人間とは魔力が量が桁違いですもの」
無理をしているなら止めさせようと思ったが、シンリーは疲れた様子もなく、本当に平気なのだろう。
魔力の量がどのくらいなのか等は全く分からないが、随分と自信ありげなので、相当差があるんだろうな。
「ご主人様、足りないから狩ってきていい?」
シンリーと話をしていると、いつの間にか大量にあった牛肉が無くなっていた。
うちの仲間は狩る量も凄いが食べる量も凄い。
このままいけば、世界中の獣を食べ尽くすんじゃないだろうか。
「なんだよ、まだ食い足りないのか?」
「うん」
「分かった、行っていいぞ」
「やった、ありがとう」
別に旅を焦っている訳でもないので、ドロシーの狩りを許可した。
彼女なら1時間もしないうちに、獲物を仕留めて戻って来るだろうからな。
「ただし、あんまり遅くなるなよ」
「大丈夫、クウを連れて行くから」
「クウ!?」
ドロシーはそう言って、クウを小脇に抱えて走り出した。
クウも連れていかれるとは思わず驚愕していたが、抵抗する間もなく、遥か彼方へと走り去ってしまっている。
「あらら、クウも可哀想にね」
「ああ、後で慰めてやるか」
シンリーと2人で、ドロシーの走り去った方向に同情の目線を送る。
そういえばここ数日の旅で、シンリーも魔獣達とだいぶ打ち解けたようで安心した。
ドロシーは少々自分勝手なところがあるが、それでも皆仲良くやれているようで、良いチームだと思う。
そうしてしばらく経ち、狩りを終えて昼食を済ませた俺たち一行は、いよいよハクラン山脈の渓谷目指して洞窟へと馬車を進ませた。
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