3章 1.新しい旅
エルフルーラさんから事件の詳細を聞いてから、3日が経過した。
現在俺達は、渓谷と砂漠地帯を渡る為の道具の調達と、道についての情報収集を行っている。
「それじゃあ、森を抜けた後は街道はないんですか?」
「はい、元々迷いの森の東端を抜けること自体が至難なので、その道を使う人が少ないんです」
「そうですか、分かりました。ありがとうございます!」
俺は現在、冒険者ギルドの受付にて渓谷から砂漠へ向かうルートを聞き出していたところだ。
しかし受付のお姉さんの話によると、森を抜けた後は街道は無く多数の魔獣も生息しており、進むのは困難だということらしい。
ただ、俺は体質上魔獣に襲われる可能性は低く、襲われても命を取られることは無いので、警戒するなら旅路の環境面だけでいい。
「灯君とももうすぐお別れかー。寂しくなるなぁー」
先程、受付に向かう前にティシャさんと出会い、彼女も暇だからと一緒に話を聞いていた。
「そうですね。でもまたいつか会えますよ」
「ふふっ、そうね。その時は一緒に冒険でもしましょっ!」
「はい、是非お願いします!」
ティシャさんは俺にとって、この街では数少ない知り合いの1人だ。
再びこの街に来ることがあれば、是非とも再会したい。
「そうそう、渓谷には古竜種系の魔獣が多いから気をつけるのよ」
「はい、その辺も昨日調べ回ったので大丈夫です」
古竜種系の魔獣とは、はるか昔から姿を変えずに渓谷に生息する魔獣のことだ。
外見はトカゲのような爬虫類系が多い。
昨日買った魔獣図鑑のイラストを見た限りでも、元の世界で言うところの、恐竜のような生き物だった。
ただし、この古竜種達も例外なく魔力を持っているので、恐竜だとは思わない方がいいだろう。
「ならいいわ。気をつけてね」
「はい、ありがとうございました」
ティシャさんに渓谷でのアドバイスを貰った後、冒険者ギルド出て彼女と別れた。
俺達の出発は明日。だから多分もう、しばらくは会うことは無いだろう。
俺は歩き去るティシャさんの背中に、深々と頭を下げた。
「さて、ドロシー達と合流するか」
現在ドロシーとシンリーとは別行動を取っている。
その理由は、シンリーの洋服を着買ってきてもらうためだ。
女性用の服屋に男の俺が入るのは少し恥ずかしいので、買い物は2人に任せて俺は冒険者ギルドに1人でやって来ていた。
それに、前に冒険者ギルドに来た時、シンリーのせいでかなり目立ってしまったからな。
シンリーとティシャさんは、どうにも相性が悪いみたいだし、合わない方が得策だと判断したのだ。
「あ、ご主人様いた」
「ダーリーン!買い物終わったわよー!」
そんなことを考えながら街を歩いていると、あっという間にドロシー達と合流出来た。
彼女らは両手に買い物袋を抱えており、その様子から良いものを買えたのが伺える。
「無事に買えたみたいだな」
「うん!ありがとうねダーリン!」
「これから渓谷に砂漠と、旅続きになるんだし1着じゃ不便だからな」
「こんなに沢山服買ったのは初めてだから、凄く嬉しいわ!」
シンリーは満面の笑みで、幸せそうに服の入った袋を抱き締めていた。
これまでずっと森で暮らしてきたから、街での買い物が相当楽しかったのだろう。
「ねぇご主人様、お腹空いた」
「あー、確かにそろそろ日が沈みそうだな。よし、夕飯食いに行くか!」
「やった!」
「行きましょうダーリン!」
今日は街で色々と調べ物をしたせいか、いつの間にか夕暮れになっていた。
俺達は浮かれるドロシーを先頭に、シンリーに腕を組まれながら、リベンダで最後の夕食をすることにした。
「よーし、今日は奮発してやるから、好きな物を食っていいぞ!」
「やった、ご主人様大好き!」
「あっ、ちょっと!ダーリンは私のよ!」
「分かったから落ち着けお前ら!」
明日からは長い旅になるから、ゆっくりと夕食を食べれるのもしばらく先になる。
だから今日くらいは美味しいものを食べようということで、お金のことは気にせず存分に食事を楽しんだ。
――
翌日、いよいよ旅に出発するため俺達は久しぶりに、荷台の所へとやって来た。
リベンダにいる間はずっと宿に預けていたが、ちゃんと手入れをしてくれる宿に泊まっていたので、埃1つ被っていなかった。
「え?これに乗っていくの?」
シンリーは荷台を見るのは初めてだったので、屋根も無いただの荷台に絶句していた。
「まあな、今は新しく馬車を購入するほど金に余裕が無いから」
「はぁ……、しょうがないわね。森へ入ったら私が何とかしてあげるわ」
「どういうことだ?」
「早く行こー」
「そうよ、早く行きましょ!」
シンリーのどうにかするという言葉が気になったが、ドロシーに早く行こうと腕を引っ張られて、結局聞けなかった。
森に新しい馬車でもあるのだろうか。
「分かった、じゃあ荷物を積んだら出発の準備をするぞ!」
「「おー!」」
ドロシー達に荷物を積むのを任せ、その間に俺はグラス達に手網を繋ぐ。
彼らには、昨夜のうちにたっぷりと干し草を与え休みも取らせたので、元気いっぱいだ。
「今日から長旅になるから頼んだぞ」
「「「ブオォー!」」」
グラス達を撫でながら挨拶をすると、体を擦り寄せて頬を舐めてきた。
サラサラでポカポカな体毛が気持ちいい。
「荷物積み終わったよー」
「おっけー、じゃあ早速出発しようか!」
「いよいよね!」
「「「ブオォー!」」」
いつも通り平常運転のドロシーと、ややテンション高めのシンリーとグラス達と共に、いよいよ俺達はリベンダを出発した。
街を出る途中、ティシャさんやエルフルーラさんと出会うこともなく、実にあっさりとした別れだった。
まぁこれが一生の別れという訳でもないだろうし、彼女達とはちゃんと別れの挨拶もしたのだから、気にしないでおこう。
「灯―!」
森の中を駆けていると、俺を呼ぶ声が聞こえた。
「ん、この声はイルかな?少し止まってくれ」
「ブオッ!」
グラス達の手網を引いて止めると、後ろからイルと昆虫型魔獣が飛んできた。
彼女達には結構世話になったし、ちゃんとお礼を言っておきたかったので、また会えてよかった。
「灯よ、もう行ってしまうのか?」
「まあな、イルには沢山世話になったよ。ありがとうな」
「そうか……、寂しくなるな」
イルに礼を言うと、彼女は寂しそうに下を向き、目の端には薄らと涙が溜まっていた。
そんな姿を見ていると俺も別れたくなくなってしまう。
だが、俺達には目的があるのだから、進ままなくちゃいけないんだ。
イルには悪いが、立ち止まっている暇はない。
「あら、引き止めないのね」
「本当は引き止めたいさ。でも我は灯の目的の邪魔をしたくはない」
「ふーん、思ってたよりも理知的なのね。もっと魔獣っぽいのかと思ってたわ」
「我にも一応人間の1部が入っているからな、理性ならあるさ」
イルとシンリーはなにやら、さっぱりとしたテンションで会話をしている。
これでも彼女達は森の支配者としての立場だったため、話が合うところもあるみたいだ。
「ああ、そうそう。実は灯に渡したいものがあったのだ」
イルは思い出したかのように、手をポンと叩いて腰の辺りで何かをまさぐっている。
「へぇ、何をくれるんだ?」
「こいつをそなたらの旅に連れて行ってほしいのだ」
そう言ってイルが差し出してきたのは、何かの虫の幼虫だった。
真っ黒な胴体がうねうねと動いており、頭は血のように真っ赤な色をしている。
「うわあああ!な、何なのよそれ、気持ち悪いわ!」
シンリーは虫の幼虫が苦手なようで、見た瞬間に両手を振り回して近寄らせまいとしている。
ドロシーは彼女とは反対に、美味しそうな獲物を見るような目線で、幼虫を見ていた。本当に雑食だな。
俺はそんな2人は無視して、イルから幼虫を受け取った。
「それでこいつは何の幼虫なんだ?」
「それは羽化してからのお楽しみだ。ただ、必ず役に立つはずだよ」
「そうか、まぁありがたくもらっておくよ」
「餌は草なら何でも食べる。心配はいらないと思うが、大切に育ててやってくれ」
「もちろん、当然だ」
イルからもらった大事な幼虫だ。大切に育てて見事な成虫にしてみせるさ。
元々俺は、小さい頃から虫を育てるのは好きだったしな。
「それじゃあなイル。またいつか会おう!」
「ああ、そなたらも元気でな!」
最後にイルや昆虫型魔獣と別れの挨拶を済ませ、俺達はさらに森を進んだ。
ここから俺達の新しい旅が始まる。
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